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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
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六月の脇役 その二

 あー……。うん、重い。今回はうつぶせですか、おなかがゴリゴリします。そしてクロスするように竜胆君がのっかっています。プロレスの技かなんかか! 内臓が出る!


 おまけに「ご子息様」が私の腕を潰している。前回の巻き込まれ召喚のときも大概だと思ったけど、今回のほうがヒドイよ。前回は光山君を蹴り落として、穂積さんもずり落とすという方法が使えたのに、これはキツイ。


 しかし、アーチェリーで鍛えた(たかが2ヶ月弱だけど)私の腕は思いのほか力がついていたようで、上に乗っていた男の子をなんとか転がす事に成功した。よっしゃ!

 ごろ、ごちっ、と音がしたけど、どんまい。


 続いて腕をついて上体を起こし、身体をひねって竜胆君を落っことす。こっちも結構いい音がしたけど、きっと大丈夫。気にしない。

 そもそもレディーを潰して気絶しているほうが悪い。


 二人が意識を取り戻す前に、私はささっと身繕いをした。そして何食わぬ顔で石の上に座りなおした。降りなかったのは前回みたいに怖かったからではなくて、靴を履いてなかったからだ。スリッパは脱げてどこかにいっちゃったみたいだ。気に入ってたのになぁ。

 二人とも石頭なのか、あんないい音をさせておいてまだ目覚めない。さて、どうしよう。


 月の騎士から解放云々、というのは、あの絵本の物語の事だよなぁ。

 月神様が地上の争いを憂いて地上に遣わした二人の巫女姫。その片方が、地上の人間を見限った月の騎士に攫われて、遠くの世界に連れて行かれた、というエピソード。


 攫われた巫女姫は私(あぁ恥ずかしい!)で、騎士は光山君の事だったんだけど……。もしかしてあの子ったら、竜胆君を騎士だと思い込んでしまったのだろうか。

 まいったなぁ。何もかも、最初から最後まで勘違いしているってことだ。だって、あの童話自体が捏造だもの。穂積さんパートなんて、昔話のミックスみたいだったし……。


 あぁ、跳ぶ寸前に叫んだ言葉は、水橋さんに届いただろうか。「光山君に連絡して、迎えに来てって伝えて」と言いたかったんだけど、「こうやまくんに」までしか間に合わなかったし。そもそも彼女、光山君の連絡先知ってたっけ?


 もう、ため息しか出ない、ほんとどーしよー、と途方に暮れていると、突然ガラスが割れるような音が響き渡った。そして、悲鳴。


「だれか、だれか! 殿下が! 殿下が!」

 そして……人を呼び寄せる、甲高い声。周りが騒がしくなったお蔭で、やっと二人が意識を取り戻したけれどもう遅い。

「殿下が二の巫女姫を連れて戻られましたぁ! 宴の用意を!」


 と、そんなこんながありまして、今の状況に陥ってるわけです。……やっぱり、私は悪くないよね。


 穂積さんの息子さんはほぼ一日行方不明になっていたらしくて、城中大騒ぎだったそうな。あっちにいたのはせいぜい一時間くらいなのになぁ。相変わらずとんでもないズレだ。

 そんな殿下は現在教育係からお説教の真っ最中。私と竜胆君は誤解を解く間も与えられず、貴賓室に押し込まれてお茶を飲んでいるというわけだ。


 しかし出されたお茶にはバニラのような香りがついていて、私は好きだけど竜胆君は一口飲んでぴくりと眉を寄せ、以来口をつけていない。彼は甘いものが苦手なのでお茶菓子にも手を出さない。

 結果として断続的に、私がカップを持ち上げたり下ろしたりする音だけが部屋に響く。

 このなんとも気まずく説明しがたい状況を、誰かなんとかして。


「去年の8月、穂積さんが行方不明になったでしょう?」

「あぁ。……ここにいるのか?」

「詳しいことはよくわからないんだけど、彼女はこの世界の、えーと、神様の御遣いみたいな役目があったらしくて、それで私と光山君も巻き込まれて……」


 どう説明しろっちゅーんじゃ! 「巫女姫」なんてちやほやされて、光山君とお手々つないで恋人ごっこして、暗殺者に狙われたりしたあのわけのわからん日々を!

「この国の人達は私を『巫女姫』、光山君を『月の騎士』って呼んでたの。それで、多分今回は、竜胆君が『月の騎士』って事になると思うんだけど……」


 彼の表情は相変わらず読めない。どうしよう、内心「こいつとうとう狂ったのか?」なんて思われてたりしないよね? 竜胆君はそんな人じゃないよね?


「現在、『月の騎士』は、私を攫って逃げてしまった悪い人扱い、されてるみたい、です、ごめんなさいっ!」

 竜胆君の眉が再びぴくっとしたので、私はまた謝った。私が悪いんじゃないのにぃ!


「それで、さっきの子供は?」

「穂積さんの息子さんみたい。えーっとね、この世界と地球ではかなり時間の流れに差があるの。大体、こっちの一日が地球では一時間弱、なのかな……」

 少なくともこの国に2週間いたとき、地球では半日くらいしか経っていなかったのでそんなものだろう。丼勘定だけど。


「光山君が言うには、『身体は所属している世界に準じて歳をとる』らしくて、穂積さんはこの世界を選んだから、こちらの時間で成長してるの。でも私達は、万が一ここに長くいることになっても地球時間に換算した分しか成長しないんですって」

「穂積の……」


 そうか、元気なんだな、と竜胆君は呟いた。

 そうだよね、行方不明になったクラスメイトの行く末はやっぱり心に引っ掛かってたよね。ごめんね、今まで本当のこと隠してて。でも言えなかった私の事情も理解してくれるよね?


「失礼いたします。陛下より、お手紙でございます」

 この世界について、できる限りのアドバイス(食事のマナーだとか、やたらキツい食前酒だとか、うっかり長期滞在になったときに必要な日常用の知識の説明)を竜胆君にしていると、ノックの音がした。


「はい、どうぞ」

 私は思わず去年の「偽の巫女姫」モードの演技に切り替え、少々抑えた声で応える。あ、竜胆君ビックリしてる。こっちも説明しとけばよかったか。


「陛下は先程、ご公務で城を発たれました。お帰りは十日後になります。それまでどうぞごゆるりとお過ごしください、とのことです」

 そんなとんでもない言葉と、差し出された便箋。

 引きつりそうになる(十日って!)顔をなんとか落ち着かせながら、中身を読んだ。そこには一行、走り書きでサラリと。


「お久しぶりです。時間がなくてまだ会えません。息子をよろしくねv 『二の姫』へ」


 わざわざ日本語で書いてあるのに、二の姫へ、ということは、アレですね。「よけーな事言ってせっかく捏造した物語をぶちこわすようなマネしないでね」という脅しが入ってますね?

 あくまで私に「二の姫」としてふるまえと。そういう事ですね?


 忙しいのはわかるけどさぁ、ちょっとだけ顔出してくれたらなぁ。竜胆君の事、どう扱うべきなのか相談したかったのに。穂積さんも、まさか自分の息子が光山君と竜胆君を取り違えて連れて来たとは思ってもいまい。くぁー、私がなんとかしなければっ!


「ありがとう。一の姫に会えるのを楽しみにしています」

 とりあえず絵本では、二人の姫君は親しげだったので、あまりへりくだった口調ではおかしいよね? それとも帝国の女帝陛下に対して不遜だろうか? あぁもぉめんどくしゃー!


 幸いな事にお手紙を持ってきてくれた人は特に不快を顔に表すでもなく、「何かご入用なものがありましたらなんなりとお申し付けください」と言って出て行った。

 まぁ、お城勤めの人がポーカーフェイスくらいできないと、それはそれで問題だからなぁ。うーむ。


「穂積さんとしては、やっぱり私を『巫女姫』ということにしておきたいみたい。竜胆君も、『月の騎士』として通す事になると思うの。言葉も通じなくて不便だろうけど、私が通訳するから……」

「いや。さっき解析が終わった」


 解析? なんのこと、と首を傾げた私に、彼は右腕を差し出した。

 あー。あー、あぁ。アレか。うちぅの超技術か! それ、そんな便利機能ついてたのか。……なのになぜ戦隊の英語の成績はあまりふるわなかったのだろう、と思わなくもないが、きっとフェアに勝負したんだね。テストは実力で受けてこそだもんね。


「会話のパターンを学習するらしい」

 もしかしてリビングで小難しい顔してたのは、その機能の調整のためだったんだろーか。

「便利なのね」

「……あぁ」

 相変わらず、ケセラン様がらみで褒めると複雑そうな顔をするなぁ。おもしろい。


「それで」

 もうちょっとからかってみようかな、なんて意地悪な事を考えている私に、彼はとても真剣な顔で、言った。


「俺は、おまえを守ればいいんだな?」


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