6月の脇役そのに
私のクラスには、校内に知られたツンデレカップルが一組。出席番号3番、桂木 蓉子さんと、15番、新渡戸 哲夫君である。
この二人、デレるときは周りが引くほど甘ったるい空気をかもし出すくせに、普段は寄ると触るとケンカが絶えない。「もう別れよっかなぁ」が桂木さんの口癖で「ぺたんこのクセに」が新渡戸君の口癖である。
ぺたんこって、アンタ……。確かに桂木さんの胸はペッタンコと言って差し支えない。
体育の授業の時、着替えで何度か見たが、本人も開き直ってブラさえつけていない。タンクトップ一枚である。
私に言わせてもらえばものすごくうらやましいが、逆にうらやましがられるのだからやりきれない。
ツインテールでぺったんこ、猫目ときたら、これもまたマニア垂涎じゃぁないか。スーツ着たら社会人にしか見えないような、大人びた新渡戸君と歩いている姿は思わず「おまわりさああん」と叫びたくなるほどだ。
実際私服のデート中に何度か警察に呼び止められたこともあるらしい。ロリコンの誘拐犯とか、小学生の援助交際と間違われて。
傍から見ている分には新渡戸君は桂木さんにベタ惚れで、でも素直になれなくて意地悪しちゃう、という小学生みたいなパターン(つまり中身の年齢は釣り合ってるんだな)なのだが、両方ともとってもおこちゃまなのでうまく愛情の疎通ができないらしい。もう18歳なのに……。
そんな二人にとって、ケンカも愛情表現の一種なのだろうと周囲は認識しており、本人たちとていつもの「別れよっかなぁ」「ぺたんこのクセに」が、どちらも全く本気ではないことなど承知の上であったはずだ。
ケンカして、どちらともなく謝って、そしてデレる、というのがこの二人の儀式のようなものであったはずだ。
なのにその日は、桂木さんが爆発してしまった。
「なによ、てっちゃんのバカっ! どうせわたしは盛沢さんみたいに、胸おっきくないもん! そんなにおっぱいおっきい子がいいなら盛沢さんと付き合ってもらえばっ!」
ある、晴れた日の。昼休み、教室の、真ん中で。
私はポカンと、読んでいた本から顔を上げた。え、今私の名前叫んだ? 何て言った?
流石に思考は麻痺していた。一斉に、クラス中の視線が私の胸に集中したような気がした。(被害妄想かもしれないけど)そして、次に桂木さんへ。
桂木さんは真っ赤になって泣きながら教室を走り去っていった。……足、速いね。
おいおい、待ってくれよ子猫ちゃん。私がキミの気に触るような事をしたなら謝るよ。でもだからって、これは無いよ。どんな羞恥プレイだよ、殺す気か!
あと、悪いけど新渡戸君は私の好みとチガウ。私、見た目は会長みたいな正統派が好みなんだ。新渡戸君みたいな、苦虫の噛み潰し世界記録に挑戦中、って感じの渋い魅力は理解しがたいんだ。
新渡戸君も、多分私は好みじゃないよ、だって彼は真性のろりこんだもの。(たぶん)
逃げ出すタイミングを逸してくたりと机に突っ伏した私の頭を、誰かがポフっと撫でてくれた。慰めてくれてありがとう、誰かさん。でも放っておいて。
その日から桂木さんによる、新渡戸君なんかだいっきらい攻撃(内容は主に、彼だけをいないものとして扱う。つまり無視)が一週間ほど続いた。
私はあのとんでもない発言について謝罪さえしてもらえずに、なんだか居心地の悪い思いで毎日それを観察していた。
うぅむ、つまり今回は、私の役割は当て馬、なのかなぁ。赤井君と青井さんの時なんか、ちょっとお話しただけで、チョコまでくれたのに! 今度は大恥かかされた上にまさかのボランティア? 「二人の元通りの姿が見られてなによりだよ」、とか思えと。うがぁ。
4月に、「積極的に脇役としてのお役目を果たそう」と誓ったけれど、すでにレギュラー脇役のお仕事(レギュラーになったと思っていいんだよね? 流石にもう、モブじゃないよね?)を2件抱えているわたしは、これ以上自分から動く気にはなれなかった。
なるようになるがいいさ、あはは! 壊れるものなら壊れちまえー、といささか乱暴な気持ちになっていたので、罰が当たったのかもしれない。
結論から言うと、雨降って地固まる、といういつものパターンであった。ただ、今回は規模が大きすぎただけで。実質とばっちりを受けたのは私だけで、あとはみんな多少ハラハラしたものの、大きな影響は無く元の鞘に収まったわけだ。ヨカッタデスネー。
詳しく思い出したくもないような仲直りイベント(ベタ甘)のあと、桂木さんと新渡戸君がやっと私に謝りに来た。遅いよ。はっきり言ってもう君たちどうでもいいよ。
「ゴメンね、いつもうらやましいなーって思ってて、つい名前出しちゃったの。ほんと、わたしって無神経だったね」
と、にゃんこが目をうるっとさせながら謝るのを前に、「うっせーばーか、一生根に持ってやる」とか言える人間がいようか。
例え本音の所がどうであれ、受け入れるしかあるまい。
私は粛々として謝罪を受け取った。手作りのクッキーだった。確か桂木さんの家庭科の腕はむしろマイナスだった気がするので、これは……どうしよう。砕いて植物に肥料として与えても枯れるんじゃなかろうか。(言い過ぎ)
お手手つないで遠ざかる二人を見送りながら、私の地獄耳は聞こえなくていいセリフを拾ってしまった。
「残念だったね、てっちゃん。ほんとはあのくらいのおっぱいがいいんでしょ?」
「ばーか。過ぎたるは及ばざるが如し、って言うだろ。俺はお前の方が良い」
……。てめええええ新渡戸えぇぇぇ! いや、むしろ桂木いぃぃ! 謝りに来といてまだ人をダシにするか! なんなんだその無神経さはコンチクショー!
てゆーか、「過ぎたる」とか、きいいいいいい、呪ってやるぅぅ! 貴様ら二人とも、「絶対遅刻してはまずい時に限って必ず交通機関に乗り遅れる呪い」をかけてやる! 一生タイミングの悪さに苦しむがいい。もしくは「子孫が代々若いうちから毛根死滅する呪い」か。
まぁ、心で思うだけですけどね。どうせ不思議な力なんて無い脇役の私には、幸せなお二人を生涯苦しめる呪いなんかかけられませんけどね。どーせ馬に蹴られるからねっ。畜生、悔しい。
いつか私も主人公になってやるんだ……。あ、これってもしかして死亡フラグ?