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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
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五月の脇役 その五

 つかれたぁ……。そして身体中が痛い。


 女王収穫祭のえとせとらですっかり忘れてたけど、そういえば私、擦り傷だらけなんだった。どうりで電車でじろじろ見られたわけだ。なにあのこかわいそう、みたいな視線を感じてやっと思い出した。

 傷というのは認識すると痛くなるものだよね。あぁ、ズキズキする。

 今日はお料理する気力もないし、絆創膏とお弁当買って帰ろーっと。


 浅見さんがバイトしているらしいお店をあえて通り過ぎ、1ブロック遠回りして反対方向のコンビニに向かう。駅とは逆方向だけど、実はこっちのほうが我が家に近いので、普段はこちらを愛用している。


 絆創膏と~、ドリアと~、そしてデザート~。今日の気分は杏仁豆腐だ。ふわっとした味に癒されたい。

 そうだ、ついでに野菜スティックも買ってボリボリ齧ってやろう。(腹いせ)


 開いているレジは一つで、ちょうど顔見知りの人がお金を支払っているところだった。お向かいのアパートのおねーさんだ。こちらに引っ越してすぐの頃、彼女には大変お世話になった。


 一見無愛想なんだけどお話してみるととっても親切で、駅までの抜け道だとかおいしいお弁当屋さんだとか品揃えのいい図書館だとか、(これが一番大事なことだけど、と前置きしてから)口うるさいご近所のおばさま方のかわし方なんかを教えてくれた。

 ……すっごく、淡々とした口調で。最初は怒られてるのかと思ったよ。


 こちらにふっと視線を寄越し、目礼だけして彼女はすたすたとコンビニから出て行った。

 うぅん、いつみてもクールっぽいなぁ。隣にいるブレザー姿の男の子は弟さんだろうか? 似てないけど。

 男の子のほうがなにやら話しかけてはそっけなくあしらわれて、というかほぼ無視されている。ちょっと可哀想。


 お会計が終わって、彼女達の後を追うようにお店を出た。お向かいゆえに帰り道も一緒なんだから、わざとじゃないんだ。決して下世話な詮索がしたくてあとをつけてるわけではない。


 でも、何とはなしに目で追ってしまう。関係を詮索したいとかそういうんじゃないんだけど、なぜだか引っ掛かるんだよねぇ。そしてこの引っ掛かりはきっと、あまりよくないことが起こる予兆だ。目白さんの時計の時みたいな。


 気付いてはいけない、なのに気になるぅ。うぅむ。いやいや、やめよう、自ら首を突っ込むような真似はしないほうがいい。

 と、やっと気持ちに整理をつけた瞬間、私は見てしまった。

 むこうからやってきた人が、あの男の子と正面衝突したにもかかわらずまったく気付く様子もなくすり抜けて、それでいて「うおっ?」なんて悲鳴をあげた瞬間を。


 ……あっれぇ?


 えーっと、そういえば男の子が、全く足を動かしていないような気がするんですけど。それどころか、宙に5センチくらい浮いてるような気がするんですけど。浮かぶお野菜ばっかり見続けた副作用かな? 引っ掛かってた違和感はアレかぁ。


 やや歩調を緩めて距離をとる。絶対関わっちゃダメよ、アレに気が付いたって悟られちゃダメよ! ってゆーか、アレはただの幻覚よ、と自分に言い聞かせながら。疲れてるから幻覚を見たのよ、幽霊じゃなくて!


 ああああ、もう。やっぱりあっちで一泊して早朝に戻るべきだったぁ!


 翌朝。私は半分上の空で104号室の住人さんをお出迎えした。

 昨日目撃してしまったあの幽霊(不本意ながら認めよう)さん、最後にこっちを向いてニヤって笑ったんだよねぇ……。そしておねーさんに耳打ちして、彼女はちょっと驚いた顔をしてこっちを振り返ったから、あちらにも気付かれた事はほぼ確定だ。


 あーもー、どうしよう。オカルト系トラブルとは相性悪いのに。あ、いや、オカルトに限らずトラブルとは相性悪いけどね? 悪いよね? うん、悪いはず。中でもオカルト系は特に困るんだって。


 お向かいのことで頭がいっぱいだった私は、新しい住人である九頭竜 貴彦さんのお話を一部聞き逃していた。せっかくお仕事の内容を説明してくれてたのに。


 この九頭竜さんは御歳34歳にして、独立行政法人の「地球平和機構」とかいう、すごく漠然とした名前の組織の所長さんなのだそうだ。


 独立行政法人って、名前から業務が想像しにくいところが多いよねぇ。政府から委託を受けて、「絶対やらなきゃいけない事業」を運営する機関なんだっけ?

 九頭竜さんのお話からは、なんかの研究機関らしい事だけはわかったけど……。


 ああいう機関って、どっかのお役所からむにゃむにゃしてきたおじさん達が退職金を稼ぐところなんだと思ってたんだけど、これってただの偏見? 34歳で、さすがにそれはないよねぇ?


「お若いのに所長さんだなんて、すごいですね」

「はっはっは。ボクはこう見えて、10代の頃にアメリカで学位を三つ取ったんですよ。そのあとは色々な研究所に引っ張りだこでね。むしろ遅いくらいですよ」


 ……実力に基づいているようだけど、えっらい自信家だなぁ。笑い方がアメコミっぽい。「ニカッ!」って効果音が聞こえてきそうだ。(うっとうしい)

 歯がやけに白いのはホワイトニングしてるからだろうか。そして身体も気を遣って鍛えているな!


 あちらでは見た目に気を遣うのもビジネスの一環っていう考え方が浸透しているようだし、研究室に篭りきりのもやしっ子じゃダメなのかもなぁ。


「でも、所長さんがこういうマンションで、いいんですか?」

 そんな天才ならなおさら、もっとこう、セキュリティーがこれでもかってくらいすごくて、コンシェルジュと警備員が常駐している超高級高層マンションの最上階とかのほうがいいんじゃないか?

 研究成果目的で誘拐されたりしないの? うちはそこまで責任とれんよ?

 という意味で聞いたのだが、彼は別な意味でとってくれた。


「いいんですよ。あんまり高級なマンションに住むと、最近世間の目もうるさいですし、このくらいのレベルの部屋で」

 わーるかったなぁ、「このくらいのレベル」の建物で! こっちはこれで気に入ってるんだっちゅーの! って言えない、お客様だから。

 むー、ナチュラルに無礼な人だな。


 104号室は101に次いで広いお部屋で、南と東に窓があって、しかも南側は空き地、という好条件のお部屋だ。使い勝手は101よりむしろよさそうだし、私は気に入ってるのになぁ。妥協しました、みたいな言い方されるとちょっとへこむ。


 私が苦笑いしたのに気が付いたのか、九頭竜さんは慌てて微妙なフォーローをした。

「なにより、仕事場のすぐ近くなんですよ、ここ!」


 ……うん、まぁ、悪い人じゃないんだ。ちょっと人付き合いについて学び損ねた人なんだ、きっと。ということにしておこう。


 ゴミ出しのルールと宅配ボックスについての説明をして、私は彼に鍵を渡し、部屋に引っ込んだ。

 大丈夫かなぁ、ちゃんと生活できるのかなぁ、と不安に思いながら。


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