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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
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五月の脇役 その一

 五月。五月といえばGWだ。といっても、今年のGWは正確には繋がっておらず、少なくとも私にとっては「小さな連休が連続して来た」という認識だった。


 一人暮らしを始めてまだ一ヶ月弱。この時期にわざわざ里帰りする学生は珍しく、サークル主催の親睦会やら小旅行やらを行う絶好の機会である。と、いうわけで、前半の連休はアーチェリー部の先輩に連れられ、ラフティングに行って、見事川に流された。


 ……順を追って話そうか。


 大学に入って早々雲行きが怪しい事に気付いた私は、万が一ではあるが、今後また異世界にでも飛ばされたりなんかしちゃって、更に万が一ではあるが、戦に巻き込まれたりする最悪の事態を想定して、最低限の戦闘能力を身につけておこうと思い立った。

 かといって私は絶対に接近戦向きではない。遠隔攻撃だ、それしかない。


 そこで、それっぽいことを習えそうな団体をピックアップしてみた。「弓道部」「アーチェリーサークル」「ライフル射撃部」「サバイバル同好会」などなど。

 うち、「部」と名の付くところは練習が厳しそうなので候補から外す。

 サバイバル同好会は、なんだか生き抜けそうにないので(毎回最初から的にされて終わるだろうことが十分予測できる)却下。


 で、「走るトレーニングはしないし、室内で活動するよー」という甘い言葉に釣られて、アーチェリーサークルに入ってみたのだ。大会などには参加しないということで、それもすごく魅力的だ。気楽に楽しめそうで。


 アーチェリーサークルには毎年恒例の行事がいくつかあって、今回のラフティングもその一つだった。


 ラフティングは楽しかった。大きな岩の上から川へ飛び込んだり、小さな滝をボートごと跳び越したり。ガイドのおにーさんの巧みな話術にも、随分笑わせてもらった。

 しかし、昼食会場へ移動する際、悲劇は起こった。


 前々日の雨の影響で、会場までの徒歩ルートの水深が私の身長より深くなっていたのである。

 おかげで私は何度も流され、そのたびに先行していた誰かに回収される、ということを繰り返し、あげく「もうそのまま浮いてて。引っ張ってくから」と言われ、ライフジャケット任せに仰向けに浮いたまま、首根っこを先輩に掴まれて運ばれるハメになったのだ。


 あれはもう、屈辱だった。ウェットスーツにライフジャケットを羽織り、疲れ果てて死んだ魚みたいにお腹を見せてぷかーっと浮かんだ私を、先輩が黙々と引っ張っていく光景はさぞや滑稽だったことだろうよ。

 誰かがボソッと「ラッコみたい」と言ったけれど、犯人を捜す気力さえ沸かなかった。

 あぁ、もう!


 本当だったら、後半の休みはそんな心の傷と疲れきった(筋肉痛がヒドイ)身体を癒す事に費やしたかったのだけれど、そうもいかない。

 魔女っ娘達による女王収穫祭(って言うとキュピルは怒るんだけど、他になんて言ったらいいのかわかんないんだもん)のために、実家に帰らなくては。


 我が家の牡丹はGWが盛りなので、このチャンスを逃したらまた来年まで女王様に間借りされるハメになってしまうのだ。絶対、絶対に今年中におひきとり願いたい。我が家とご近所の平和のために。


 さて、気が進まないけど帰るかぁ、とマンションの中庭に出ると、エントランスの内側に大きなトランクケースがで~んと置かれていた。

 どなたのかしら、ここに置かれるとちょっと出入りに迷惑だ。


 困ったなぁ、としばらく眺めていると、小学生くらいの男の子を連れた神宮司さんが入って来て、すみません、と謝った。


「こんにちは」

「こんにちは。すみません、人を見送っていたもので」

 そういえばさっき車の音がした。きっとお母様だ。大方GWを利用して遊びに来た弟さんを送っていらしたんだろう。……それにしちゃ、トランクが大きいけど。人が一人ぐらい入れそうな大きさだけど。


 男の子はすたすたとこちらへやってきて、そのまま私の周りを一周して、言った。

「誰?」

「こちらのマンションのオーナーの、お嬢さんですよ」

 な~んか生意気そうだなぁ。でも、お客様の身内の方だし、とりあえず愛想を振りまいておこう。

「はじめまして。弟さんですか? おいくつ?」

 えーっと確か、子供相手には少しかがんで、視線を合わせてにこっと笑ってあげるといいんだっけ? 少なくともフィフィーちゃんはそうすると喜んでたはずだ。


 しかし、男の子はバカにしたように「ふんっ」と鼻で笑い、言った。

「子ども扱いしないでほしいな。ボクより背が少し高いからといって偉いわけじゃないんだから」

 ……ハァ?

「ま、凡人というのは目に映るものだけが全てだからね。そうやって無意識に自分の優位を主張する様は、いっそアワレだよ。ぬいぐるみのほうがずっと利口だよ。だって、余計な事を口に出したりしないからね」


 おちびさんは一方的にまくし立てると、満足げに頷いてさっさと一号室に入ってしまった。

 か、かんじわるぅ~! そりゃ、幼児に対するのと同じように対応したのは悪かったかもしれないけど、あんなに怒らなくたっていいのに。男の子ってほんっとに扱い辛いな!


「すみません、照れてしまったようです」

「あ、あはは……」

 照れ? 照れてあの反応だとしたら、ものすごいツンキャラってことですかね?

 子供好きだったら「かわいい」と思えるかもしれないけど、私はそんなに人間できてないんだよ! 大人気ないと言われるかもしれないけど、ああいうちびっこは一回逆さにして振るといいとおもう。


 頬がぴくぴく痙攣しているのを十分自覚しつつ、私は駅に向かった。


 翌日。私は何故か、ご近所のダークフェアリー退治「めぐり」(重要)をする魔女っ娘達に同行していた。

 何故かと言うか、そもそもこういうことになったのは私が「儀式とやらの前にできるだけ危険な芽を摘んでおくべきだと思う!」と主張したためで、そんな主張をしたのはキュピルが「女王様の目覚めの儀式中には結界を解く必要があるきゅぴー。きっとダークフェアリーがいっぱい襲ってくるきゅぴー」と言い出したせいで、キュピルがそんなこと言い出したのは、アレだ。多分、「そういうもの」だからだ。


 つまり、一件落着の前に一波乱おこして主人公の見せ場を作っておけ、という不文律が、この世にはあるのだ、きっと。


 大体、なんで妖精界をあげて「女王様ご帰還祭」なんてものを企画してしまうのだろう。パンフレットに儀式の日付まで載せちゃうなんて、妨害してくれといわんばかりに。

 は、もしや妖精界の上層部にも裏切り者がいて、わざとダークフェアリーに情報を流したとか? ……一気に「よーせーさん」のイメージがどす黒くなるね、考えるのやめとこ。


「ダークフェアリーの気配きゅぴ! 変身きゅぴ!」

「「「スクランブル! フルーツバスケット!」」」

 あぁ、このやり取り、今日だけでもう8回目だよ。飽きてきたよ。もう変身しっぱなしでよくない?


 変身する三人の声や動きは、今やぴったり揃っている。いつの間にか決めポーズが、より「らしく」なっていて、なかなか堂に入った魔女っ娘っぷりだ。

 でも相変わらずセーラー服(色違い)なんだよね。だから卒業式前に「ちゃんと話し合おう」って言ったのに。氷見さんたら楽観的に「でもさぁ、どうせ五月までだから」と笑って取り合ってくれなかったんだよね。いいの? 本当に後悔してないの? (あんまりしてなさそう)


 もぐら叩きのようにひょこひょこ飛び出してくる「影」やら、変質者やら(まだ旧型のとり憑かれかたしてる人もいたんだなぁ)を、氷見さんが踵落しで、由良さんがとび蹴りで、瀬名さんがメイスで殴って倒す、倒す、倒す。


 相変わらず眩暈がするほど物理攻撃の力押しだ。あぁ、手馴れてる、暴力に手馴れている。かわいそう! 加害者も被害者もかわいそう! (どっちが加害者でどっちが被害者なのかは、私はあえて口を閉ざそうと思う)


「フェアリー・プリフィケイション!」

 氷見さんのお得意の技が最後の被害者(あ、言っちゃった)の頭に炸裂した。

 あぁ、夕日が眩しい。


 一年間お疲れ様でした。あとは女王様収穫して、任務終了だね。さぁさぁ、善は急げ、それ急げ、と三人と一玉を追い立てるように帰路につこうとしたのだが……。


「随分好き勝手にやってくれたものだな、ライトフェアリーの騎士達よ!」

 私達の行く手を、長い影が遮った。


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