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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
63/180

四月の脇役 その四

 色々考えて準備を整えていたのに(紅茶の蒸らし時間だってほぼ完璧だったのに!)、引越しのご挨拶は玄関先で終わってしまった。……まぁ、そういうもんだよね、ふつー。

 真っ赤なスーツを着てオシャレなピンヒールでカツカツと歩く樋口さんの姿はかっこよかった。残念だけど私はあんなふうにはなれないな。路線が違う。あーぁ。


 でもいいんだ、コンビニで買ったものよりずーっとおいしいクッキーもらっちゃったから。えへへ~、私、このお店のクッキー大好きなんだよねぇ。今日は夕食代わりにこれでいいや。


 頬を緩ませて階段で(ホームエレベーターは、荷物がある時と二人以上の時にしか使わないように心がけようと思う)3階まで駆け上がる。スライド式の一枚ガラスの扉を開けてすぐにリビング、というつくりなので、緩みきった顔のまま部屋に入るとそこには……。

「お、お邪魔してます……」

 ものすごく申し訳なさそうな顔をした5人戦隊の面々と、宙に浮く毛玉がいた。


 一瞬幻覚かと思った。水橋さんが消え入りそうな声で挨拶しなければ、扉を閉めるところだった。

 アレぇ、招待した覚えはないんだけどな? (3階のこの部屋にどうやって侵入したか、という疑問はもはや湧かない)

「え、えーっと」

「喜ぶなう、しもべの助手。今日からここを秘密基地と定めるなう!」

「ハァ?」

 おっといけない、思わずドスのきいた声で返答してしまった。や、でも、しょうがなくない? 嬉しくないどころか心底遠慮したい事態を「喜ぶなう」とか言われたらこんな声でるよね?


「私は、反対したのよ。したんだけど……」

 根岸さんが眼鏡のフレームを落ち着きなくいじりながら、小さな声で言った。そりゃぁ、そうだろう。まさかこの5人の提案であるはずがない。毛玉の思い付きだ。

 どうせ中山君に借りてこさせた特撮モノのDVDでも見て、秘密基地なんてものを思いついちゃったんだ。絶対そうだ。あぁ、困った。


 五人(と一匹)が帰った後には、空になったクッキーの箱。あうぅ、結局ひとかけらも食べられなかった。夕食、どうしよう。


 翌日、一限目。

 私の隣には目白さんが座っている。


 …………えーっと、この人は確か昨日、私にはちょっと足を踏み入れにくい世界に旅立ったはずでしたよね? 何故、当たり前のように近くにいるのですかね?

 いや、違うんだよ、私も少し距離を置いて見守ろうとは思ってたんだよ? でもね、しょうがないじゃない! 私、一回仲良くなった人をそんな簡単に切り捨てたりできない性格だったんだもの!


 彼女はもう時計で痣を隠す気はなくなったらしく(それはけっして悪い変化ではないのだが)むしろうっとりとした表情で手首をなぞり、たまにため息までついている。心なしか頬を染めたりなんかしちゃって。

 なにがあったんだろう。絶対例のサークル絡みなんだろうなぁ。


 まぁ、あれだ。お友達が聖なる使命に目覚めて修行を始めるなんて、よくあることだ。うん、よくあるよくある。……稀に。(だめだ、自分でも何言ってるのかわからなくなった)


「……はぁ」

 あ、ため息がこれ見よがしになってきた。やばい、聞いてほしいことがあるっぽい。負けないぞ、スルーしてみせるぞ!


 しかし、私の気持ちを酌んでくれない目白さんは、授業が終わったとたん、一方的に説明を始めた。あぁあ、もう、どうあっても関われと言うのか!

 なんだか夢見心地で散文的に語るものだからどうにも要領を得なかったのだが、彼女が言いたいのは多分こんな感じの事だ。


 昨日「秘蹟革命サークル」とやらに連れて行かれた彼女は、例の安原先輩に一人の男性(当然、サークルのメンバー)を紹介されたらしい。彼は涼やかな目をした好青年風(ここがかなりのポイントみたい。熱心に教えてくれた)で、その左手にはなんと彼女の「聖痕」と対になるような印があった。

 彼女は確信した。「天使が二人を巡りあわせたのだ」と。

 そして決心した。天使の御心に従い、世界をより良くするために努力しよう、と。


「私ね、今まで男の人って、怖いなって思ってたの。でも彼は……あ!」

 崇高な使命よりも運命の相手にご執心、というのが丸わかりの説明の途中で、彼女は唐突に声をあげた。そして、さらに頬を染めて教室の入り口の方へ手を振る。


 あぁなるほど、そのパートナーさんが通りかかったのだな、と理解した私の頭に、突如何かが当たった。

「ぃたっ」

 ぺけん、と音をたてて何かがおちてきたのである。それは、私の頭の上でぽんとはねた後、机に落下した。


 え、なになに、なに? 誰かが何か投げた?

 ビックリして周りを見回したが、みなそれぞれのおしゃべりに興じていて犯人らしき人物は見当たらない。なんだよー、感じ悪いなぁ。

 消しゴムか何かかしら、と思って机をみると、そこには水色の包み紙に包まれたキャンディー。どこから投げられたものなのかわからなかったので、もったいないけどあとで捨てよう、とバッグに放り込んだ。


 それに気を取られたおかげで、目白さんのパートナーさんとやらを見てやろうと廊下に目をやった時にはもう誰もいなかった。ち、見逃したか、涼やかな目元で鼻筋が通っていて笑顔が可愛くて優しい好青年とやらを。


 以来。

 目白さんが私の隣で頬を染めてパートナーさんに手を振るたびに、頭の上に衝撃を感じるようになった。ぺけん、ぺけん、と、それは軽妙な音を立てて落ちてくる。


 被害者は私だけではないみたいで、どうやら目白さんが嬉しそうな顔をして手を振るたびに、その一番近くにいる人の頭にキャンディーが降ってくる仕組みらしかった。

 遠目に観察したところ、本当に唐突に宙にキャンディーが現れて、落下するようだ。そしてみんな、「誰かが投げたのかなぁ?」と首をひねって、バッグにしまいこむ。


 なんとなく捨てがたいものだから、水色、ぴんく、黄緑、クリーム色、レモン色、オレンジ……。私のバッグには正体不明のパステルカラーのキャンディーが増えていった。


 あれ、これってもしかして捨てられない呪いでもかかってる?

 突然空中に現れて落ちてくるキャンディーなんて、絶対まっとうな食べ物じゃないとわかっているのになぜ捨てられないんだろう、困ったな。目白さんに自覚はないみたいだから「これ、食べても平気?」なんて聞けないしなぁ。


 悩んだ私は、人体実験を試みることにした。対象は、私の知る限り一番丈夫そうな連中である。すなわち、5人戦隊だ。


 ケセラン様に無理やり秘密基地にされてしまったあの日から、最初の頃の申し訳なさそうな表情はどこへ行ってしまったのか、今では三日とあけずにやってくる。(もうちょっと遠慮しろ!)

 そんな彼らには正体不明の天使印(包み紙に天使の羽みたいなものがプリントしてあるんだもの)キャンディーの試食要員がぴったりじゃないか?


 私はにこっと笑って、ガラスのお皿に飾り付けたキャンディーをお茶請けに出した。

「なにこれ?」

 早速中山君が興味を示す。ふふふ、彼は甘党だから喰い付くと思ったんだ。かかったな!

「貰い物なの。良かったらどうぞ」

 誰から貰ったかと聞かれると困るけど、貰い物なのは間違いなかろう。

「可愛い色ね」

 キモ怖いグッズ集めに精を出しているとはいえ、ちゃんと可愛いものにも興味を示す水橋さんがそれに続く。

 あ、えぇと、まずは中山君が食べて、30分くらいしてからが良いと思うよ、水橋さん。(って言えないけど)


 二人はそれぞれ、水色、ピンク色のキャンディーを摘み上げ、同時に口に放り込んだ。(どきどき)


 一呼吸おいて、二人は叫んだ。

「な、なにこれっ! スッゴクおいしい!」

「ほんと、すげーうまい! なんだこれ!」

 おいしいおいしいと、なんだかすごいテンションで盛り上がっている。いや、あの、自分で出しておいて今更だけど、大丈夫、なの?


 結局、甘いものが苦手(なんてもったいない)な竜胆君以外、全員が(ケセラン様さえも!)キャンディーを口にして帰って行った。……まぁいいや。喜んでたし。


 後日、被験者達はめいめいが、帰った後になにがあったかを語ってくれた。

 いわく、「懸賞があたった」「犬を飼うことになった」「無くしたはずのピアスが見つかった」「絶版になった本を古書店で安く手に入れた」「昇給のお達しが来た」などなど。

 あのキャンディーには、ちょっとだけ人を幸せにする効果があるのかもしれない。


 相変わらず私の頭の上にはパステルカラーの飴が降る。

 私は決心した。今度は、何色を誰が食べて、なにが起きるのかをきちんと記録しよう、と。

 データを半年くらいとったら、もしかしたら口にする気になるかもしれないなぁ、と思いつつ、今日もせっせと回収に励む私なのであった。


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