四月の脇役 その三
「ちょ、ちょっとき、きたまえっ!」
その危ない人は、目白さんの右手を掴みぐいぐい引っ張った。
だ、だれかぁ! 誰かきてー、たすけてー!
周りにはたくさん人がいるのに誰も動こうとしない。
なんてことだ、か弱い女の子が変な人に絡まれてるっていうのに! (まぁ、机の上を食べ物にまみれながらスライディングする生き物に積極的に関わりたくない、というのは等しく人間の本能と言えなくもない)
うぅ、私が助けなきゃダメぇ? もうちょっと待ったら目白さん用のヒーローが颯爽と現れたり、しない?
はたして、目白さんのために私がでしゃばるべきか引っ込んでるべきか。てゆーか引っ込んでいたい、に一票なんだけど。(身体の位置的には既に引っ込んでるんだけど)
でもなぁ、一応形だけでも止めるべきだよね。お友達(候補)として。
「あ、あの、何ですか? 離してあげてくださ……」
「聖女の証だ! 君には天から課せられた使命があるんだ! いや、宿命だ! 我々の『秘蹟革命サークル』に来たまえ!」
聖女の証とか宿命とか秘蹟とか革命とか! 通常会話ではあまり使用しない単語がいくつも入っててどこに突っ込んだらいいのか分からないんだけど。
いやむしろ、「ひせき」と聞いて「秘蹟」とすぐに理解しちゃった自分がすごいとか思ったり思わなかったり? これも昨年度の度重なるファンタジー事件の賜物か。
「同志よ我々は君を歓迎するなに君はまだ本当の力に目覚めていないだけだ我々の元で修行をすればすぐに使命を理解できるはずだ今はまだ草の根的な活動に甘んじているがやがては日本中からそして世界中から覚醒せし民を集めてユートピアをおぉぉうおぉ!」
食べ物まみれの怪しい人は、目白さんの細いお手々を両手でがっちり掴み(あ、うどんの汁が垂れてる)息継ぎもせずにまくし立てた。うわぁ、話が通じそうに無い相手だ。
思わず周囲を見回すと、目が合った数人が残念そうな顔で首を横に振り、うつむいた。え、ちょっと、これどうしたらいいの? 本当に誰も助ける気無いの?
ところが目白さんは何故かこのいかにも怪しい話題に食いついてしまった。
「せいじょ? 宿命?」
「我々は聖痕を持つ同志を集めている。君のその痣は紛れも無く聖痕だ! 共に世界のために働こう!」
目白さんが興味を示したことで少し落ち着いたらしい彼は、安原 信一郎と名乗り、いきなりシャツをめくりお腹を出した。(ここ食堂! あと、これってセクハラに抵触しませんかね?)そしておへその横にあるほくろを指差し、「これが私の聖痕だ! 北極星に選ばれた印だ!」とのたまった。
……まぁ、戦おう、ではなく働こう、であるあたりまだ穏便そうだよね。いやぁ革命なんて言うからてっきり戦でもおこすつもりかと。
でもやめといたほうがいいって。その人には関わらないほうがいいって!
しかし私の心の中の忠告はあっさり無視して(まだ以心伝心するほどの仲じゃないもんなぁ)、目白さんは頷いてしまった。
天使がキスをした痕だって、本当に信じていたのだろうか。確かにそれが本当だったら聖痕なのかもしれないけれど。お姉さんの乙女チックな思いやりの言葉が、彼女をこんな怪しい団体に所属させるきっかけになってしまったなんて、なんだかやりきれないなぁ……。
あぁ、でもなぁ、もう「あり得ない」とは言い切れないしなぁ。
だが、一つだけ言わせてもらおう。目白さんはともかく、安原先輩(だよね、たぶん)のはただのほくろだと思う!
「ところで、君もどうだ? 君には不思議な力はないのか?」
ひぃぃぃ、まさかのとばっちり!
「いえ、あの、残念ですが全く心当たりが……」
いや、まてよ? ある意味、有るっちゃぁ有るよね。トラブルに巻き込まれる特殊能力が。入学早々こんな目に遭ってるんだから間違いなく。
あぁ、それから認めたくないけれど、たまによく分からない生霊とか怨念にとり憑かれたりもしてるみたいだし……。うん。でもね?
「ありません!」
きっぱりと。「嘘をつかずに煙に巻いてごまかす」というモットーを捻じ曲げて、否定しておいた。
目白さんはそんな私にはお構いなしで、活動内容のパンフレットを渡すからと誘われて、安原先輩について行ってしまった。
「遅れたら代返お願い」と私に言い残す理性はあったようだから、きっと大丈夫じゃないかなとは思うんだけど。なんだか、目的を見つけたような目をしていたからなぁ……。
「君、新入生?」
二人が出て行くとまるで何事も無かったかのように食堂の雰囲気が元に戻り、隣の席の人が話しかけてきた。ごはんとお漬物ひっくり返されたことはスルーなんだ、そうなんだ?
もしかしてあれって珍しくない光景だったりするんですか?
「彼、有名なんだよ。ちょっと使命感に燃えすぎてて……。あのサークル、名前はちょっとアレだけどやってることは普通のボランティアだから。心配しなくて大丈夫だよ、多分」
「あ、そ、そうなんですか。ありがとうございます」
多分て何だ。てゆーか、助けろよ。とは言えなかった。
午後の講義をさっそくサボった目白さん(代返は私がするとバレてしまいかねなかったので、前の席に座っていた子にお願いした。彼女への借りは本人が返せばいいと思う)の行く末もかなり気になるところではあるが、私にはこのあと用事があるのでとっとと帰らねばならない。
平日の、しかも夕方からというイレギュラーな時間にも関わらず新たな入居者さんがやってくるのだ。鍵はもう渡してあるし、特に手続きが必要というわけでもないんだけど、先方が忙しい方で、できれば本日中にご挨拶をとのご希望だったので。
どうやら今度の人はうちに住むわけではないらしい。あくまでも「仮眠室および趣味室」と考えているようだ。ぜーたくな。
……そういや、光山君が今住んでるのもお父様の仮眠室なんだっけ。駅から直通のご立派なマンションの一室を仮眠室と称するあたり、世界が違う。
借主さんは、樋口 美緒さんという。彼女のお気に召したのは107号室、中くらいのサイズのメゾネットのお部屋だ。確か職業は飲食店オーナーで、ご案内の時に見た限りではなんだか大人の色気漂う美人さんだった。まだ若そうなのに複数のお店を経営しているやり手のおねーさんだ。
いいなぁ、実業家かぁ。憧れる。
少なくとも、私は聖女より実業家に向いていると思う。機会さえあれば、一度ゆっくりお仕事のお話を聞いてみたいものだ。(まぁ、無いだろうけど)
最寄駅から徒歩10分の距離は、余裕がある時には丁度良いけれど予定が詰まっている時にはもどかしく感じる。
わざわざお仕事を抜けてご挨拶にいらっしゃるお客様に対し、玄関先で軽くご挨拶で済ませるべきか、それともリビングにお通ししてお茶を出すべきなのか。お茶をお出しするなら、紅茶の蒸らし時間その他を考えるとせめて15分の猶予が欲しいところだ。
あぁ、そういえばお茶菓子になりそうなものがない! 仕方ない、コンビニに寄ろう。
お店に入ってお菓子の棚を探していると、目の前にペットボトルが落ちてきた。と、同時に悲鳴。更なる雪崩。
がったーん「きゃーすみませんすみませ」ぼとぼとぼとぼとっ!
どうやら、裏からペットボトルの補給をしようとしてドジったらしい。もう一歩踏み出していたら危なかった。当たったら結構痛そうだ。せーふ。ところで、今の声、なんだか聞き覚えがある気がするんだけど。
棚越しに店員さんの姿を覗き見ると、それは先月入居した浅見さんだった。パニックに陥っている彼女はまだこちらに気付いていないようだ。私はそっと目を逸らし、クッキーを購入して外に出た。
しばらくこのコンビニには近寄らないほうがよさそう。(今度こそ巻き込まれるかもしれないし、それ以前になんだか気まずいじゃないか)