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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
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四月の脇役 その二

 入学式での予想を違えることは無く、私の大学生活は微妙な騒がしさを伴って始まった。

 オリエンテーションの会場では早くも「ほらあの子。入学式の後……」なんて指差されたりしちゃって、もう! (地団駄)


 校門前でのサークル勧誘も光山君狙いらしいお姉さん達(この人たちは近隣の女子大からわざわざ勧誘に来ているらしいと聞いてビックリした。すごいなぁ)から「彼氏も連れてきてよ」なんて言われたりしちゃって!

 いや、彼氏じゃないけど、もし仮に連れてったら最後私を押しのけて群がる気満々でしょ? ……まぁ、それはそれでアリかもなぁ。


 新学期が始まった今もかけられる言葉は常に「入学式の日に光山君と手を繋いでた子だよね?」から始まるものだから、私は早速腹を立てている。ちくしょー、どいつもこいつも私をおまけみたいに扱うなんてしつれーな!

 その次に続く言葉は「どういう関係?」だし! 腐れ縁だよ、ぺっ! とか言いたい、叫びたい。(でもできない)


 今のところ「高校のクラスメイトだったの」「私が転びそうだったから心配して支えてくれてただけ」とニッコリ笑って答えることでかわしている。

 このとき一瞬たりとも表情を崩してはならないし、ムキになってはいけない。ひたすらオットリ(みえるように)微笑んで、「なんでそんな事聞かれるのか、本気でわかんな~い」という態度を貫くのがポイントだ。

 がんばれ~、頑張れ私。人の噂も75日だ、がんばれー。


「盛沢さん、お昼どこで食べる?」

 ギリギリと奥歯をかみ締めていると、隣から声が掛かった。新しい環境に馴染むまでにできるいわゆる「暫定オトモダチ」で、名前を目白 優奈さんという。

 出席番号が前後しているという理由でお話するようになったんだけど、名前の通り優しい雰囲気の子で、このままちゃんとお友達になりたいなぁと思っている。


「あ、うん。学食、行ってみたいなぁって」

 入学してからこちら、私はまだ学食に入った事がない。学校の周りにカフェやらファストフード店やらがたくさんあるものだから、なんとなくそっちに足を運んじゃってて。外からのぞいた限り、明るくて広くて、結構良さそうだったから気になってたんだ。

「うん、いいよ~。そういえばいったことなかったよね」


 たどり着いた食堂は混雑のピークだった。うわぁ、なんだかすごいなぁ。どうみてもパジャマ兼部屋着にしか見えない服装で座ってる人もいるし。食事の時間だけ学校に来る人がいるらしいって噂、あれ、本当なのかもしれない。


「ごめんね……。まさかこんなに混んでるなんて思わなくて」

 やっとこさ食券を買い、なんとか席を確保して(食べ終わっているのになかなか立ち去らない人たちの後ろをうろうろしてプレッシャーを与えてみた)、私達はため息をついた。

 いやぁ、高校の学食とはだいぶ違うね。なんといっても食券の販売機の長蛇の列が。高校ではお弁当か、そうでなければパンを買う人がほとんどで、ランチセット頼むのは結構楽だったのになぁ。


 うどんと迷ったけどご飯物にしてよかった。こんなに待たされたら麺がのびてしまう。

「ううん、私も一回来てみたかったから。次の講義までまだ時間あるし」

 そう言いながらチラっと腕時計を見た目白さんに、私はなんだか違和感を覚えた。んー?

「さ、食べちゃお? まだ待ってる人もいるんだし」

 あ。

「そういえば、目白さんって効き手に時計してるのね」

 彼女が割り箸を取り上げたところで気が付いた。

 そうだ、彼女は右効きで、右手に時計をしているんだ。私は右利きで左手に時計をつける。そのほうがつけやすいから、なんだけど。


 もちろん時計をどちらにつけるかなんて人それぞれだし、5人戦隊の腕輪だって右手についているんだから「おかしい」とかケチをつけるわけではない。ただ、アレ? と思っただけだ。

 しかし彼女ははっとしたような顔でその時計を押さえ、小さな声で「うん……」と頷いた。

 あー、もしかして私、地雷踏んだ? うわぁ、やっちまった?


 そのまま会話もなく、ちょっと気まずい食事が終わった。うぅ、ごめんよぅ、悪気なんてなかったんだ。ただ、その、こだわりとかのお話に繋がったら仲良くなれるかなって思って。うぅ。

「あ、あの、ほんとかさねがさねごめんね。私、無神経だったみたい……」

 おずおずと謝ってみる。お願い、許して。なんだか分からないけどほんとごめんなさい。詮索する気なんて毛頭ないので、どうか、どうか水に流してください。という気持ちで。


 すると目白さんは、ううん、と首を振った。

「大した事じゃないの。ただ、ちょっと……」

 そうしておもむろに時計を外した。ひぃ、そこまで立ち入った事情知りたいわけじゃなかったのに。

「私ね、生まれつき、ここに痣があるの……。そんなに大きいものじゃないし、気にするほどじゃないとは思うんだけど」

 そう言って見せてくれたのは、彼女の右手首。

 なるほど、ちょうど文字盤で隠せる程度の大きさの赤い痣がある。そんなに濃いものではなかったけれど、お年頃の女の子には複雑かもしれない。


 なんて言ったらいいだろう。きっと目白さんは繊細な子だ。あぁ、私がもっと豪快に「気にする事ないってぇ」とか笑いながら背中をぺしぺし叩けるような性格だったら良いのに!

「お姉ちゃんがね、『優奈が赤ちゃんの頃、天使がやってきてキスした痕なのよ』って言ってくれたの。それからはあんまり悩まなくなったんだけど……」

 彼女はそっと痣を撫でた。むしろ愛しそうに。なるほど、彼女自身は「身体の一部」として受け入れたんだな。色々葛藤もあったみたいだけど。お姉さん、ナイスフォーロー! おとめちっく!


「そういえば、天使の羽根みたいな形だね」

 そうだ、それは天使に祝福された証だ。そう思えば思うほどなんかそんな感じに見えてくるじゃぁないか。

「うん、私もそう思うの」

 そこで私達は顔を見合わせてにこっと笑った。これで、ほんわか友情が芽生え……

「そ、その痣はっ!」

 ……る、はずだったんだけどなぁ。

 がっしゃーん、と音を立て、机の上の食器をなぎ払い、私達の斜め向かい側の席でカレーを食べていた人がスライディングしてやってこなければ。


「きみっ! き、君っ! その痣はっ!」

 自身が食べていたカレーは言うまでもなく、間で食事を取っていた人々のお味噌汁、うどん、ごはん。そんなものにまみれながら、彼は目白さんに手を伸ばした。


 眼鏡越しに見開かれた目は爛々と光り、尋常ではない迫力をかもし出している。うわー、関わっちゃいけない人だー、早速来たー!

 あぁ……ちょっと油断したとたんにこれだよ。そもそも学食でカミングアウトするべきではなかったかもね、目白さん。

 いや、きっかけ作っちゃったのは私だけど。えぇと、まぁ、うん、ごめん。(言葉が見つからないんだ)


 とりあえず、ほんとーにうどんじゃなくてよかったなぁ、なんてしみじみ思いながら(だってうどんだったら今頃頭からかぶる羽目になってる)目白さんの後ろにこっそり引っ込んだ。

 決して薄情だからじゃないよ? 主人公を立てようと思って。(ぷるぷる)


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