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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
高校生編
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3月の脇役そのよん

 教室に戻ると、光山君が戻ってきていた。学ランを着ていないのはきっと、ボタンというボタンを毟り取られて原型を留めていないからだろう。うわ、寒そう。

 こうなる事は予想できてたんだからセーターの一枚くらい用意しとけばいいのに。(それはそれで自意識過剰過ぎてイヤだな)


「ジャージでも着てたらどうですか? 見てるほうが寒いです」

「それはちょっと……」

 まぁ、卒業のお別れ会にジャージはちょっとやだよね。うん。意地悪言ってみた。


「彼らも大変だね」

 彼ら、が誰を指しているのかは聞かなくても分かる。そうですね、とだけこたえて、窓から空を見上げた。

 竜胆君あんなフラグ立てちゃったけど、無事に帰ってきてくれるといいなぁ。


「浮気はだめよ!」

 いきなりリリア様に怒られた。え、なんで浮気。外も見るなと?わき目も振らずに光山君見つめてろと?(言いかねないな)

「今、任務に向かった騎士を見送る侍女達と良く似た目をしてたわ!」

 ええー!

「わ、私、恋でもしてるんでしょうか?」

「あなたカイトの婚約者でしょう? カイトが好きなんじゃないの?」

 ひぃ、教室でそんなこと言うなって口止めするの忘れてた!


 この人の中ではその設定は事実のままなんだよね。私のせいで光山君への恋心を諦めたのに、他の人間に気があるようなそぶりみせたら怒るのは当たり前だ。でも、そんな大声で怒らないでぇ!


 だってドキドキするのは仕方ないじゃないか、あんなこと言われたらいくら私だって分かる。竜胆君が、ええと、その、つまり、もしかしたら私に気があるんじゃないかって。そしたら意識しちゃうのは仕方ないじゃないかぁ!


 みんなリリア様の発言を聞き逃さなかったようで、一斉に教室どころか廊下まで歓声というか悲鳴というか怨念のこもった泣き声というか、そんなもので騒がしくなってしまった。


 ちょっと、このままだと暴動がおきるってば! 流石に怖くなって光山君に助けを求める視線を送ると、彼はなんだか寂しげな目でこちらを一瞥して、言った。

「……そうだったらいいのにね、ってこと。オレが一方的に、彼女のことを好きなんだよ」

 かあああああああああっ。


 未だかつてこんなに顔が赤くなった事があっただろうか? 別に人前だったから恥ずかしいわけでもない。ギャラリー付きの告白劇なんて既に経験したからな。(そういや葉月さんどこだ?)

 リリア様はよく意味が分からないようで不満げに眉をひそめている。説明しなさいと光山君に訴えていたが、あとでね、と宥められ渋々頷いた。


 なんだか血がのぼりすぎて、目の前の会話を遠くに感じるよ。一枚布を隔てた向こう側のやりとり、みたいに。

 まぁ、最近「アレ、もしかして」と思うことは何度かあったけど、気のせいってことにして直視しないでやり過ごしてきた現実にとうとう直面したというかなんというか。いずれは白黒つけなきゃなぁ、と思ってはいたというか?

 でもそれが今じゃなくてもいいじゃないか! 突然すぎるよ、もっと時間をくれ。10年くらい。


「あう、あ、う」

「うん。わかってるよ」

 私が、心の中に反して言葉を紡げずにいると、光山君はまた、できの悪い生徒を見る先生みたいな顔で頷いた。きぃぃ、ムカつく!


「盛沢さんにはまだ早いんだろうね。だから、ゆっくり考えてくれていいよ」

 まだ早いってどういう意味だコラぁ! と言いたいところだが、じゃぁ即決しろと返されると大変なのでぐっとこらえて頷いた。


 結局、お別れ会終了時間のお知らせの放送が入るまでこの騒ぎは続いた。(いや、私はもう、うつむいてぼーっと突っ立ってただけなんだけど)

 光山君がいつもの笑顔で、詳しく聞きたがる野次馬たちを追い払い続けていたような気がする。なんだこのいたたまれなさ。


 誰かが、どこか別なお店で二次会やろう、と叫んで、ほとんどの人達はそちらについていった。魔女っ娘たちも参加するようだ。私は「約束があるから」と断った。

 光山君も、リリア様をあちらに送り返すついでに上着を取ってくるといって教室から出て行った。多分気を利かせてくれたのだろう。


 一時間ほど待っただろうか。やっと帰ってきた5人戦隊はみな無事だった。いやいや、良かったよ。かなり心配してたからね、特にフラグっぽいもの立てた竜胆君を。

 でも、このあとのお話とやら、聞きたいような聞きたくないような。だって私にはまだ早いんだよぅ。


 竜胆君とのお話を終えて、私は魂が抜けたようにフラフラと玄関までたどり着いた。

 疲れた、疲れたよぉ! ほんと、もういい。しばらくいい。私、お見合いするまで恋愛しない。


 こうしてみると、くっ付いたり別れたりを簡単に繰り返す人達のパワフルさがよく分かるよね。うん、すごいすごい。半ばやけっぱちな気持ちで世の中の恋愛モノ主人公たちに賛辞を送りながらシューズボックスを開けると、靴の上には一通の便箋が置かれていた。


 あら恋文かしら、古風な。まったく、二人ともまずはこの辺から始めてくれないと困るよね! いきなり、あんな、あんな…。(あぁ、早く帰ってベッドの上で思う存分ゴロゴロ悶えたい!)


 また思い出して、あまりのむず痒さにしゃがみこみそうになる足を叱咤しつつ開封してみると、それは葉月さんの弟君からであった。……脱力した。

 目がすべるような内容(卒業のお祝いの言葉は最初の一行で、自分がいかにルミちゃんと幸せにやっているか、あんたも早く彼氏作れよ、的内容)で、今日みたいな日に読まされると、なんだか怒りがわくような手紙だ。


 普段なら人様から届いた手紙にこんなことをしようとは考えないんだけど、今の私はなんだかテンションがおかしくなっている。

 そうだ、捨てて帰ろう、と思いついた。一番近いダストボックスはスクールバス発着所横にある。ちょっと遠回りすればいいだけだ。


 バス発着所には、何故か若い親子連れが立っていた。卒業式に参列したにしては、こんな時間まで残っているのはおかしい。

 近所の人が散歩ついでに入ったにしては、よりによって一番つまらない場所に来てしまったものだ。なにせ、他の場所と違ってここだけは常緑樹しか植えられていない。せっかくなんだから桃でも見ていけばいいのに。


 まぁ、常緑樹マニア(いるのか?)の親子なのかも知れんしなぁ、どうでもいいや、と思いながら横をすり抜けようとしたときに、母親らしき女性が小さく「あ」と声を上げた。

「モリサワさん……?」

 んあ?


「モリサワさん、盛沢、クミさん、よね?」

 えーっと。どちらさまだろう。ここは頷いて良いんだろうか?

 子供連れだし、誘拐犯とかじゃなさそうだけど。いや、なぜか我が家はお金があると勘違いされてる場合があってね。たまにちょっと怖い思いをすることが無くも無いというか。この歳になっても「知らない人に簡単に名乗ってはいけません」と母から言い聞かせられているんですよ。


「すみません、どちらさまでしょうか?」

 警戒心むき出しの私を見て、女性はあぁ、とため息をついた。

「そう、そうよね。……私はマリ。ホヅミ、マリよ」


「うええええええええええええええええ!」

 私は思わず、絶叫した。


 手の中の手紙がグシャリ、と音を立てた。


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