3月の脇役そのさん
卒業生代表の答辞に大喝采しつつ女の子たちが興奮のあまり号泣すること30分、という前代未聞の珍事件を除けば、卒業式自体はつつがなく終了したと言ってもいいだろう。まぁ、この事件は伝説として語り継がれることだろうけど。
このあとは、教室でクラスごとのお別れ会である。生徒だけのイベントなので、多少メンバーに入れ替えが生じるのも毎年の恒例らしい。
というわけで、何故かリリア様が参加している。
さらに、野次馬が紛れ込んでいる。
なのに光山君がいない。確か第一体育館の裏(告白用の名所。なぜか桜、桃、梅が揃って植えてある)のほうに行列ができてたね。いっそ整理券とか配ったらいいのに。
今朝の噂がまた広まっているようで、ちくちくと視線を感じる。あぁ、帰りたい。本当は自由に抜けていいのだけれど、リリア様を放り出しては帰れないんだよぅ。なんでここにいるの。連れてきたのは……魔女っ娘どもか!
学校及び保護者の皆様が手配して下さったケータリングのお料理と、それぞれ持ち寄ったお菓子などを囲んで、立食パーティー形式のお別れ会が始まった。会、というほどのものでもなく、それぞれ親しい人同士で集まっておしゃべりするのだ。
クラスの半分は内部進学組だから、そんなにお別れムードは漂っていない。ごくごくいつもどおりの雰囲気である。
……誰か私とのお別れを悲しんで?
桂木さんと新渡戸君が教室の真ん中で早速恒例のあれを始めた。あぁ、鬱陶しかったけれど、すごく腹の立つ事もあったけれど、もうあのやり取りを聞くことができないのかと思うとなんだか寂しいなぁ。
な~んて感傷に浸れたのは最初の5分だけだった。
まずは手越さんがやってきて、涙ながらに卒業と別れを悲しんでくれた。
いや、うん、ありがとう。メアド交換はいいけど、あの、私、筆不精だからお返事毎回送るとは限らないけどゴメンね?
彼女の中では、私が外部の大学へ行くのは潜入任務のため、ということになっているらしい。
なんとしてもあの漫画の設定のまま貫く気なんだな。なぜそんなにこだわるんだ。そもそも幼馴染たちの話では、数ヶ月もすれば飽きて別な作品に目移りするはずじゃなかったのか?
やっぱりクローバーさんがこっちにきちゃったせいで延長されたのかなぁ。
そこへ米良さんまで加わった。ひとしきりクローバーさんの思い出話などをしつつも、(傍から聞いてると微妙にかみ合ってない。手越さんは漫画の中の彼を、米良さんはこちらにいたときの彼を語っているからだと思われる)彼女の興味はリリア様に移行した。
漫画に出すライバルキャラに理想的、らしい。
あぁ、まだあの漫画描いてるんだ? えーと、書きあがったら送ってくれるの? いや、送料掛かっちゃうし、かえって悪いから! いいから! (必死)
……ともあれ失恋からは立ち直ったみたいで良かった。滝川君のおかげだね。
そこへなんと菊池君と松澤君もやってきて、許可もなくリリア様の写真を取り出した。
もちろん姫君のお目付け役(不本意)として、問いただしましたよ。全く、マナーのなってない連中だよな!
どうやら中川君が作っているギャルゲーのキャラの参考にしたいらしい。……懲りないなぁ。(記憶がないから仕方ないんだけど)ところで何故本人が来ないの? あぁ、リアルの女の子はキライだったね。
青井さんと赤井君は、お付き合いを始めて一年も経つのにまだ初々しい二人の世界(同じタイミングで同じお菓子に手を伸ばした、というだけで見詰め合って赤くなってる)を展開中で、そうかと思えば先月の破局再生カップル二組は、ちょっと学校では遠慮してほしいほどのいちゃつきっぷりを見せ付けてくれる。
お前ら全員とっとと帰れ。二人っきりでラブラブしてればいいじゃない! 私に対する挑戦ですか?
魔女っ娘達とうち解けきってはしゃいでいるリリア様には悪いけれど、もう連れて帰ろう。(置いて帰ったりしませんよ、色々怖いから)
そう決心したのも束の間、がしっと根岸さんに腕を掴まれ、そのまま空き教室に引っ張っていかれた。
「盛沢さん、みんなには急用で帰ったって言っといて。あと、教室の荷物お願い」
あー、緊急呼び出しきちゃいましたか。こんな晴れの日になんて難儀な。でも私、ちょうど帰りたいと思ってたところなんですけど。……ごめんなさいなんでもないです。
「早く帰って来てね?」
いまだかつてないほど心をこめて5人を見上げると、私の真剣さに押されてか竜胆君がちょっと後ずさった。
いや、別に遅くなったからってどうするわけでもないけどさ。帰りたいんだよ。
左手で右腕を押さえてぷるぷるしているけど、そんなに痛いの? ごめん、そんな目に遭ってまで地球を守ってる人達に勝手な理由で早く終わらせろとか言って。
「……盛沢は、罪作りだと思う」
何故か福島君がぼそっと暴言はいた! なんだよ、いきなり失礼だな!
「うん。わざとかって思えてきた」
何がですか、中山君。あなた、私のお陰で内部進学認められたんだからね? もうちょっと感謝して、できれば庇ってよ。……国語が壊滅的なあなたには難しいですかね。
「流石にちょっと、鈍いような気がするの」
「無意識に、ラインを引いてるんじゃない?」
水橋さんと根岸さんにまで攻められて、私は立つ瀬がない。何故今、そんなことを言われなくてはいかんのだ。
それよりさぁ、みんな腕は大丈夫なの? 竜胆君がぷるぷるするくらい痛いんでしょう? 話は後で聞くから早く行ってらっしゃい、というとうつむいていた竜胆君がため息をついて、言った。
「……いや、俺が悪い」
何が悪いんだろう、言葉が少ない彼については、わからないことが多すぎる。
視線から読み取れないものかと目を合わせると、彼はもう一度ゆっくり息を吐き出して、いつものように私に手をのばしてきた。
大きな骨ばった手がぽふっ、と、躊躇うように頭の上に乗る。最初はビックリしたものだけど、慣れてくると心地良い。それから2、3回ぽんぽん、とされて、その後何故か、手をとられた。
そっと手の甲を指でなぞられる。アレ、え?
「後で、伝えたい事がある」
ぇ……。
私は目をパチパチさせた。最初の頃光山君にやってた演技的なものではなく、ごく自然に。
え、なになに、今の。少女漫画のような少年漫画のような、このよく分からない一連の行動は何! しかもみんなの前で。竜胆君、どうしちゃったのさ?
……は、そもそも今のセリフってかなりアレだ、「おれ、この戦いが終わったら結婚するんだ」みたいな匂いがした。
やばいって、変なフラグ立っちゃうって!
私が不吉な事を考えておろおろしている間に、5人は変身して窓から飛び立っていった。
もう全身スーツに対する抵抗がうすれてしまったんだなぁ。まぁ、彼らはスタイルが悪くないからな。某遊園地で僕と握手できるくらいには見られるんだけど。
……彼らがケセラン様から解放される日は、果たして来るのであろうか? でも可哀想だけど、ごめん、ケセラン様よりはあなた達に未来を託したいので、これからも当分頑張って欲しいと思います。