3月の脇役そのに
夕方になって、予定通り魔女っ娘達がお泊りにやってきた。
彼女たちには流石に後輩だと誤魔化す事ができないので、(だってこんなに目立つ子がいたらみんな知ってるよ)仕方なく「光山君に所縁のある子で、ご両親に内緒でコッソリ遊びにきちゃったのを預かった」と紹介した。……嘘はついてないよね?
相変わらず私の恋愛事情(本人だけがおいてけぼりにされて、噂と憶測だけで構成されてるんだけど)に興味深々の3人は、光山君のところに押しかけてきた謎の美少女という存在に食いついた。
確か君たち、うちのお雛様見ながら一日早いひな祭りパーティーがしたい、とか言って本日のお泊りを企画してたよねぇ? うちのお雛様よりリリア様に注目するなんて、お人形に失礼じゃないかな!
リリア様も彼女たちに大層興味をお持ちになったようで、既に打ち解けつつある。さっきまでのお澄ましさんの仮面が剥がれてきている。
すごく不安だ。頼むから、頼むからフォーローできないような爆弾発言は……。
「この人たちはカイトとクミさんの学友なの?」
「学友?」
だからっ、そういう一般人にそぐわない単語を出すなと!
「ええと、クラスメイト、って言いたかったの。リリアさ……ん、は日本語お勉強中だから」
危ない、リリア様と呼びそうになった。魔女っ娘達が来る前に、「さん」付けでお呼びする許可をいただいたのに自分がウッカリしたらダメだよね。
……魔法も使わないでほしいと言い含めてあるんだけど、大丈夫かなぁ。この方、呼吸するみたいに魔法使っちゃうタイプでしょう? (天才って、きっとそういうことだよね)
リリア様をちらりと見ると、別に今のやり取りでご機嫌を損ねてはいないようだった。むしろお雛様を見て目をキラキラさせている。
まぁ、おおらかというか物事に頓着しない性格みたいだし、そもそもご本人がいまいちお姫様としてはお転婆すぎる方だからな。
「あの人形はなに?」
特に一番上の一対に目が釘付けだ。まぁ、8段も上にあるとお顔がよく見えないよね。取って差し上げようと、脚立を目で探していた隙に、さっそくリリア様はやらかした。
男雛と女雛がふわっと浮いたかと思うと、次の瞬間は彼女の手元へ。キャアアアアア。
魔女っ娘たちは目を点にして、ぴたりと動きを止めた。
うぁー、もうだめだー。せめて手前の従者のおじさん達なら、「あれーおかしいなぁ、落ちちゃったのかな」ってとぼけられたかも知れないのに。
そして更に事態を悪化させるできごとが。
「強い魔法の気配きゅぴー!」
キャベツが飛んできた。……そういえばこんなのいたよね。肌身離さず連れ歩いてるんだからお泊り会にも当然持参するよね。
一体どう収拾つけたらいいのか、頭が真っ白になってしまった。せめて母だけでも夕食の買い物に出ていてくれてよかった。
しかしリリア様は飛んできたキュピルを見て目を丸くしたものの、あれぇ珍しい、と首をかしげるにとどまった。
「妖精がいるなんて。なにかあったの?」
「きゅぴー? フォレンディアの王族が、なんでここにいるきゅぴー?」
誰か、説明を求む。
魔女っ娘たちも私と同じような状態だったので、とりあえず母が戻る前に、と全員で私の部屋に移動した。
あ、リリア様、とりあえずお人形戻して下さい。……だめです、あげません。いいえ、カイト君には似てません! それより右大臣様がちょっと竜胆君に似てるような……げふげふ。
「つまり、光山君はその世界とこっちを行き来してるんだ?」
「すごぉい、宰相様だって」
「彼も魔法が使えるなんて、ビックリしたわ」
「フォレンディアではこのキャベツが妖精として認定されてるんですか」
リリア様とキュピルによる、説明というよりはただの世間話から、私達はそれぞれ自分なりに必要な情報を読み取るしかなかった。
みんな興味を持つポイントが違うんだね。
そこから更に、キュピルによるお涙頂戴の苦労話とか(ごめん、泣けなかった。欠伸が出た)リリア様によるカイトちょーすてきカッコイイ話とか(美化されきってて微妙に引きつった笑顔になりました)を聞かされていたら、いつの間にか夕食の時間になっていた。
今日は母が全部作ってくれる予定だったので思わず甘えてしまったが、片付けは引き受けよう。
チラシ寿司と蛤のお吸い物、春巻き風のサラダに、鯛の酒蒸しというメニューはこれまたリリア様に大うけで、母もまんざらではなかったようだ。
それにしてもナイフとフォークであのメニューを綺麗に食べられるリリア様の技術は見ものであった。
翌朝。グッタリとうなだれた私の横を、生き生きとはしゃぐリリア様、そして少し前をやっぱりはしゃいで歩く魔女っ娘たち、という構図で登校した。
何故私がこんなにグッタリしているかというと、それは昨夜繰り広げられた所謂恋バナ疲れだ。
せっかくだからみんなで一緒に寝たいと魔女っ娘達がいうので、私もリリア様も客間で寝る事にしたのだ。
ところが氷見さんが「盛沢さんはモテるんだよ」なんて言い出すから、リリア様が私にお説教し始めちゃってさぁ大変。「カイトと婚約しているんだから、他の男なんか近づけちゃダメ!」と怒り出してしまった。
そこで瀬名さんが「ええー、婚約してたのー?」とテンションを上げて、由良さんが「詳しく聞きたいです」と援護射撃をしてくれたのだ。後はもう、とても私の手に負える状態では……。
光山君、元はといえば全部あなたのせいなんだからね!
昨夜のうちに、光山君には一言だけメールを送っておいた。「ごめんなさい、ばれました」とだけ。誰に何がばれたのかは一切書いていない。一晩ヤキモキすればいいと思って。
というわけで予想はついていたのだが、彼は校門のところで私たちを待っていた。そんな光山君に、さっそくリリア様が食って掛かる。
「カイト! あなたがしっかりしないと、クミさんをリンドウとかいう男に取られてしまうわよ!」
校門ですから。登校時間ですから。と、止める暇もなかった。
彼女の美しく良く通る声があたりに響き渡り、皆がぎょっとしてこちらに注目した。卒業式までこんな目にあうとは、私ってなんて不幸なんだろう。外部受験しといて本当に、本当によかった!
そして、卒業式が平日だから保護者の皆様の参列が少なくて本当によかった!
うちの母? 遅れてくるんじゃないかな。じっと座って退屈な話聞いてるのに耐えられない人だから。
「オレも頑張って捕まえておこうとしてるんですけど。彼女は照れ屋だから」
「そんな余裕を見せてちゃダメよ! もう、お姉様たちに言いつけちゃうからね!」
あぁ……。このまま地面に穴を掘って埋まってしまいたい。
幸い、このやり取りはここで中断された。卒業生向けのアナウンスが流れたためである。
とりあえずリリア様を父兄席にご案内して、「お願いですから、式の最中はあまりしゃべったりせずに静かに座っていて下さいね」と念を押し(そういうのは得意だと言われた。考えてみればお姫様の主な仕事とかぶってるよね)私達は一度教室へ向かった。
式の間中、リリア様はほぼ大人しくしていらしたのだが、卒業生代表で光山君が壇に上がった時はちょっとヤバかった。
彼が答辞を読み終えた途端一人立ち上がり、スタンディングオベーションを始めてしまったのだ。
やがて在校生の中から、おそらく光山君のファンと思われる女の子たちがちらほらと立ち上がり彼女に続き、結局気が付いたら全員が立ち上がっての大喝采になっていた。
流石に光山君も恥ずかしかったようで苦笑いして降りてきた。
……やっぱり彼に勝てるのは姫君達しかいないと思うんだ。