2月の脇役そのいち
2月。チョコレート会社の売り上げのほとんどはこの月に掛かっていると聞くが、社交上その陰謀に加担せねばならないと思うと憂鬱になる。
クラスの9割と何らかの形で関わってしまったので、面倒だが何か用意するしかないだろう。これはあれだ、お中元とかお歳暮の代わりだからな。
外国では男性から女性に花を贈ったりする日のはずなのに、日本だけ不公平だよね。まぁ最近は友チョコだの逆チョコだのまで流行らせて更にチョコレートの売り上げを伸ばそうとしているらしいが。
お手軽にクッキーを大量に焼いて、チョコレートフォンデュの要領でちょっとずつコーティングすればいいや。一見手が込んで見えるしな。
ところで2月になるとやたらそわそわして女子に親切になる男の子ってたまにいるよね? まぁそういうのって、大抵中学生くらいまでだと思うけど。今時チョコレートがそんなに価値のあるものとは思えないけど、面子の問題なのだろうか。
しかしうちのクラスでは一番そういうことに興味の薄そうだった3人組が、ここ最近怪しい動きをしているのが妙に気になるんだ。
出席番号4番、菊池 輝君、12番、中川 真人君、25番、松澤 賢治君の3人。
彼らはいつもゲーム機を持ち歩いていて、その「中の女の子」に夢中だったし、てっきり三次元には興味がないのだとばかり思っていたものだから。(だって教室の中で堂々と「三次元なんて大惨事じゃないか!」とか叫んだ事あるんだもん)
真正面に立っても視線は常に右45度逸らして話すし、前髪も伸ばしっぱなし。理由は「現実なんて見たくないから」だそうだ。不潔にしているとかではないんだけど、感じ悪いんだよね。
だから女の子たちにはあまり好かれていない。全員不健康そうな顔色でほっそりしていて、おそろいの髪型で、似たようなシルバーフレームのメガネを掛けているので、背の高い順に松澤君、菊池君、中川君、と区別している。
そんな彼ら、というか菊池君と松澤君がある日突然女の子たちに親切になったのだ。おかしくない? いや、人としては正しい姿なんだけど。
重いもの持ってあげたり、当番を代わってあげたり、体調悪そうな子にさっと気付いて保健室に送ったり……。
それだけでも驚きだったのに、ちょっと前髪切っただけの子を見つけてそれを褒めたのにはほんとにビックリした。ごめん、私は気が付かなかったよ、水橋さんが前髪を3ミリ切ったことなんて。
とにかく、誰がなんと言おうと彼らは様子がおかしいのだ。何かある。絶対裏に何かあるぞ! 絶対に近付いてはいけないと私の本能が囁いている。
更におかしいのは、そんな彼らの変化を女の子たちが誰一人おかしいと感じていないらしいところだ。男子は「あいつらそんなにチョコ欲しいのかよ」という生暖かい目で見ているんだけど。
あー、もしかして私、考え方が男性的なのだろうか。乙女としてはもっと素直に「最近優しいね。嬉しいなぁ」って受け入れるべきなのか?
大体、人を疑いすぎるのが私の不幸のもとなのだと思う。何事もすんなり受け入れてスルーしていればもうすぐこの学校ともお別れなのだから、自分から首を突っ込む事はないよな。きっと彼らは少し現実と折り合いをつけようと思ったんだよ。大人になったんだよ。
そう自分を納得させて、私は見て見ぬふりを続ける事にした。
ある昼休み、つまり私にとっては下校時間に、先生から教材の運搬を頼まれた。
地球儀と世界地図なんて滅多に使わんものを用途は知らないが中等部の社会科資料室から高等部まで運んできてくれということだったので、よせばいいのに私はその両方を一気に運ぼうとしていた。
だって今日は駅前のケーキ屋さんが2時から限定スイーツ販売する予定だったんだもん。早く帰りたかったんだよ。
地図は私の背と同じくらいの長さの巻物で、地球儀は一抱えほどの大きさ。面倒がらずに分けて運べばよかったんだろうけど、そもそもこんなの女の子一人に運ばせるのもどうかと思うよ。
私は根性で高等部まで戻ってきた。さぁ、これから階段だ。下りは何とかなったけど上りはきっついなぁ。
いっそ一階に片方だけ置いて、戻ってきたほうがいいかなぁ。でも目を放した隙に誰かがいたずらでもしたら私の責任になるよなぁ。それはやだなぁ。
少し考えて、ここまで頑張ったのだから、と両方持ったまま上がる事にした。3段上がっては休憩、みたいなペースで。一人でウサギと亀みたいなことやってるね、私。バカみたい。
こんな時に誰かがさっそうと現れて「持ってあげるよ」とか言ってくれたら……。
「持つよ。社会室?」
そうそう、こんな風に地図だけでも……って、アレ?
菊池君と松澤君だ! 二人はそれぞれ、地図と地球儀を私からとりあげた。うわー、うわぁ、今ちょっとキュンときたような気がする! なるほど、この効果が女の子たちに広がりつつあるんだな、と感心していたら、いきなり変な音が鳴った。
ぷっきゅるぅ~!
……何だ今の? 菊池君、松澤君のそれぞれの胸元から聞こえてきたような。
二人はすぐに胸元からゲーム機を取り出した。え、なになに。
「あ、これ攻略対象外だ」
「おれも。なぁんだ」
二人は謎の言葉を残し、無言で地図と地球儀をそこに置くと、立ち去っていった。
…………何だ、今の?
「でもおかしくない?おれもケンジも対象外って。エラーかな?」
「マサトに聞いてみよう。直ってから試した方が良い」
しつこいがもう一度言おう。何だ? 今の!
階段の上から聞こえてくるあまりといえばあまりな会話に、私はしばらく動きを止めていた。んーと、つまり見捨てられたんだよね? 何かの「攻略対象外」だったから。
……攻略対象外ってなんだよ!
ちょっと、対象外ってつまり私はお話になりませんってこと? 仕組みはわからんがお前らが何をしているのかは分かったぞ! リアルギャルゲーだな! そのゲーム機になにか秘密があるんだな? 攻略対象はうちのクラスの女子か。
それであんたたちは最近みんなに親切だったのか。
……だめだ、対象外とか言われて心底へこんだ。気持ちが浮上しない。
しかしどっちにとっても対象外、というのはどういうことだ? 二人は同じゲームをしているんじゃないのか?
うぅん。何かの基準で攻略対象を分けているのかな。それで、私はその両方の条件に合わなかったということなのかなぁ。(そうよ、私自身がダメなんじゃないわ、きっとゲームの仕様がだめなのよ!)
荷物運びも忘れて一人自分を慰めていると、竜胆君が上から降りてきた。
傍から見れば不審者(地図と地球儀足元において、壁に手をついて俯いていた)な状態の私を見て彼は少し考えるようなそぶりを見せてから、またいつものように無言でぽんぽん、と頭を撫でると地図を抱えあげた。
視線でなんとなく、目的地を聞かれたような気がしたので、とりあえず答えてみた。
「社会科資料室なの」
こくり、と頷いて彼が地球儀にも手を伸ばしたから、私はあわてて拾い上げた。
「大丈夫、こっちは持てるから。ありがとう」
「あぁ」
ゲーム感覚で親切にされるのとはやっぱり違うよね。
こうして、私は教材運びの使命をなんとか果たしたのである。ケーキ? 流石に行く気失せたよ……。