1月の脇役そのよん
結論から言うと、本誌のクローバーさんは行方不明になっていた。
化学工場での戦いのさなかに、最近台頭してきた新しい敵勢力の妨害を受けて戦線離脱したあと、そのまま見つからないらしい。ハートさんが(またもや)半裸でそのように説明していた。
ハートさんは最近準ヒロイン的な位置にいるよね。敵対してるくせに妙に主人公に好意的だ。
うーむ、化学工場で行方不明か。それで満身創痍でうちの学校の化学室にとんできちゃったのか? じゃぁこのまま彼がこっちにいたら、漫画のほうのクローバーさんはずっと出てこなくなるのかな?
だめだろ、それは。だって彼は人気投票で常に上位の人だよ? 主人公を喰うくらいの人気を誇る人だよ。連載が危うくなってしまうじゃないか。
もし彼がこっちにトリップしたせいで連載打ち切りとかになったらどうなっちゃうんだろう。なんだかすごくパラドックス的なことが起こりそうだ。うぅ、頭が痛くなってきた。
漫画の雑誌を見つめながらうんうん唸っている私の後ろに、影が差した。
おっと、すみません、邪魔でしたね。急いでそこからどこうと顔を上げると、立っていたのは光山君だった。(いい加減呼び方統一することにした)
「盛沢さんって、この漫画読むときはいつも難しい顔してるよね」
彼はすっと私の手から雑誌を取り上げ、ぺらぺらとめくった。
み、見られてたのか……。よりによって一番あられもないかっこうしたハートさんが大写しになっているページを開きっ放しだったんですけど。だってだって、そのページでクローバーさんのこと説明してたんだもん。しかし言い訳するのも不自然だし、あぁ、恥ずかしい! 赤面ものだ。
「手越さんが、盛沢さんに似てるって言ってるの、この子?」
流石にそつのない彼は、ハートさんの顔のアップだけが映っているページを指して私と見比べた。それはそれで恥ずかしいです、やめてください……。
「えーっと、そのようです」
「ふぅん。盛沢さんのほうが可愛いのにね」
ひっ!
「何を企んでるんですか!」
そんなストレートに褒めるタイプじゃないだろ、あんた。しかもそんな見え透いたお世辞なんか言って、なにが望みだ!
「……ほんと、オレに対しては遠慮がないなぁ」
威嚇する小犬みたいだよ、と言いながら彼は苦笑した。
こ、小犬だとぅ! 失礼な! (9月に向原君をチワワ呼ばわりした事については、まぁ、あれだ。過ぎた事だ)
「光山君こそ、私に対して本性を包み隠さないじゃないですか。お互い様です」
「そういう相手って希少だと思うんだけど?」
まぁそうだけどさ。
こうしてなし崩し的に私はこの人に慣れていくのかと思うと、複雑な気分になるんだ。だって、昔はあんなに敵視していたのに。
「それに婚約した仲じゃないか」
「しっつこいですよ!」
ここはコンビニ! 学校の最寄り駅の目の前にあるコンビニだからね? 誰が聞いてるかわかんないんだからね?
あ、ちょっと、レジのバイトの子が目を真ん丸くしてこっち見てるよ。違うってそうじゃないんだ、いや、ある意味嘘ではないけれど説明し難いなぁ、もう!
とりあえず彼女がうちの学生じゃなくて良かった。
「まぁ冗談はともかく、オレも少し心を入れ替える事にしたんだ」
「……へぇ」
「あれ、感動薄いね。先月、盛沢さんに改善しろって言われたからなのに」
ほぉ、そうですか。
「じゃぁ、期待してますよ。……そろそろ帰りますね」
これ以上誤解を生んでまた変な憑き物に襲われたらたまらないので、私はまた彼から逃げ出した。
逃げることばかりだなぁ、私の人生って。でも逃がしてもらえるうちは逃げていいよね。いつかは対峙しなくちゃいけないんだろうけど。
家まで送るという申し出を断って、最初の目的通りゴディバのアイスを買って(目的の順位が入れ替わってるね!)家に帰った。お風呂上りに食べるアイスっておいしいんだよねぇ。
お釣りもらうときちょっと引っかかれたような気がしなくも無いけど気のせいだ。
……村山君に何か有効な憑き物対策でも教えてもらったほうが良いかもしれないな。あ、また雑誌買ってないや。
それから私は、部外者ながらもはらはらしながら逆トリップ組を観察し続けた。
幸い手越さんは「記憶の無い」私よりも「記憶のある」クローバーさんに構うのが楽しいらしい。
毎回「うっせーな! てめーにゃ関係ねぇだろうが!」と邪険にされるけど、もともと原作でも彼はカップさん含めオリジナル組にいい感情を持っていないのであんな態度なのだ。
というわけで手越さんは大喜び。平井君と山岸君は、ただでさえ微妙な三角関係なのに彼女が他の男に構いっぱなしなので気が気ではない模様。
なんて罪な女だろう。いいなぁ、もてて。羨ましい!
三角関係といえば、米良さんと滝川君とクローバーさんもなんとなくそれっぽいかもしれない。
滝川君が米良さんのフォローしているうちに絆されたんだな、あれは。でも米良さんはクローバーさんに夢中で、クローバーさんも米良さんにはちょっと態度が柔らかい。
まぁ刷り込みの一種なのかもしれないけどね。今の彼は彼女の家の居候だし。
金曜日、待ちに待った例の雑誌の発売日。
どうなってるのか気になっていた私は、かなり早起きしてコンビニに寄り道した。さて目的の漫画は、と探してみると、作者急病につき休載とのお知らせが!
……これは偶然なのか、それとも恐れていた事態の始まりなのか。私は暗澹たる気分で学校に向かった。(あ、また雑誌買ってないや。ごめんなさい)
教室のドアを開けようと手を掛けると、嫌な予感がした。なんか、今開けちゃ駄目な気がする。こんな早い時間なのに、中から人の気配がするということは……。
「だから俺は、彼を戻すべきだと言っている! このままだと彼の世界とこの世界が混じりかねないんだ。何故分からない!」
「だってそんなのクローバーさんが悪いわけじゃないじゃん! 彼はこっちで幸せになるために来たんだよ。それだけだよ。あっちに戻ったらまた怪我したり、辛い思いするだけだもん。なんでこのままじゃいけないの!」
あー、うん。滝川君も今日のアレみて私と同じ事考えたんだね。
いつの間にかあの漫画の存在が薄れて、こちらに具現化してしまうのではないかと。あんな物騒な設定がこちらに融合したら大変だ。私、生きていられないよ。
しかもクローバーさんが間違う程度にハートさんに似てるなんて、不都合なフラグが乱立しそうじゃないか。
だからできれば彼を戻した方がいいとは思うのだけど、具体的にどうしようってんだ?
とにかく私はギリギリまで部外者であり続けるために、そーっと教室から離れた。ホームルームまで図書室にでもいるさ。
週明けて、またもや化学室であの「ちゅどーん」が鳴り響いた。
今度こそ犯人を捕まえようと、先生方は奉仕活動中の私たちまでかりだして校内を捜索したけれど、結局犯人は見つからないまま解散となった。
そして次の日、梨院君は急用でアメリカに帰ったらしいと噂が流れた。あの独特な雰囲気の彼がいなくなったせいか、教室はいつもより精彩を欠いている気がする。
米良さんはかなり落ち込んでいたけれど、滝川君が朝も帰りも一緒にいるのでそのうち元気になるんじゃないかなぁ、と思う。……失恋の痛みってどのくらいで癒えるものなんだろう?
その週の金曜日の例の雑誌は『Reincarnation of the last edge』が表紙で、主人公の右上にいるクローバーさんがかっこつけてニヤリと笑っていた。
私は今度こそ、その雑誌を買って帰った。
あ、……アイス買うの忘れた。