12月の脇役そのろく
学校に着いて、二人をなんとか保健室のベッドに運び込んだ。鍵? ケセラン様って結構便利なんだよ。(にこっ)
「まったく、人使いが荒いなう。夕食はオムライスを所望するなう」
たかが鍵を開けさせたくらいで夕食メニューの変更を言い渡された。
ちくしょー、こいつうちにお泊りするのに結構乗り気だな。でもオムライスくらいなら可愛いものだ。良かった、最高級ヒレステーキのフォアグラソテー乗せトリュフソース添えとか言われなくて。
材料調達が大変だからな。トリュフソースはさすがに作った事ないし。
さて用も済んだし帰ろうか、となった頃タイミング悪くアラームが作動した。今度はケセラン様が何かしたのではなく、自動アラームらしい。ということは悪い宇宙人が来ちゃったんだなぁ。
「ごめん、家まで送れないけど。気をつけろよー」
福島君は何の躊躇もなく廊下の窓から飛び出して行った。ケセラン様もくっ付いていく。「ポタージュスープも用意しとくなうー」とか言いながら。そうか、戻ってきてしまうのか……。
ところで福島君も大分正義の味方生活に慣れたんだね。立派だよ。
こうして気がつくと、私は一人ぽつんと、真っ暗な学校に取り残されていた。
その事を意識して私は突然ぞわっとした。
だってさ、なんか怖いじゃないか。夜の学校なんてホラー映画の舞台として最適だ。しかもこの世には吸血鬼も悪い宇宙人も悪い妖精も実在しちゃってるのだ。もっと怖い何かがいないなんて、誰が保証してくれる?
うぅ、考えたら滅茶苦茶怖くなってきた。はやく、はやく帰らないと! 私は早足で廊下を歩いた。姿の見えない得体の知れない何かに追いかけられているような気がして。
はやく、はやく、はやく! って、なんで私こんなに怖がってるの?
だって、影が。足元の影が異常に長いんだもん。廊下の向こう側までのびてるんだよ、なにこれえええええ!
私はもう半泣きになって全力で走りはじめた。まぁ大した速度ではないんだけれど。ところで今気が付いたんだけど廊下がループしてはいませんか?
参った、本当にまた非常識なことに巻き込まれてるらしいぞ。
いけないとわかっていても、怖いもの見たさで後ろを振り返りたくなる。いやいや、だめだよ。それって一番まずいパターンだって。こういう時は繰り返している状態を打破するのが正解だ。
私は思い切って、保健室と書かれたドアを開いた。何回この前を走り過ぎただろう。中に倒れこむとすやすやと寝ている篠崎さんと野島さんが見えた。あぁ、一人じゃないっていいなぁ。
安心したのもつかの間、何かが私の右足を掴んだ。ひぃ、本当になんなの?
おそるおそる見ると、それは真っ黒い手だった。影のような。それが何本も伸びてきて、あっというまに腰の辺りまでが飲み込まれた。気を失いそう。というか、失いたい。
胸にも腕にも黒い手が伸びてきて、やがて顔にまでそれが届きかけたとき、突然空気を切るような音が響いた。
同時にあの気味の悪い手がずぞぞぞぞ、と音を立てて引いてゆく。けれどももう一度あの鋭い音が響いて、それは霧散した。
「……村山君?」
黒い霧の向こうに立っていたのは、村山君だった。たぶん。
真っ白な長い髪を振り乱し、長い爪をはやし、おまけに額からは角のようなものが生えていたけれど。さっきの影を切り裂いたのってもしかしなくてもその爪ですか。
「やぁ。よく気絶しないで耐えたもんだねぇ」
彼はククク、と嗤った。
こ、こわっ! 多分助けてくれたんだろうけど、でもそういう物騒な笑い方はちょっと。
「まぁ吸血鬼のエサなんてやってるんだから、そのくらいの耐性はあるってことか」
エサ……。
「貫井さんの事も、知ってるんだ」
「昔からな」
昔って言うとやっぱりあれですか、村山君も実は長生きさんですか。
しかし、貫井さんめぇ、なんで彼のことは教えてくれなかったんだよ! いや、確かに篠崎さんと野島さんについてしか聞かなかったけど。でも三人セットじゃんか。教えてくれてもいいはずだ!
「いまの、なんだったの?」
「嫉妬とか、憎悪とか、そういうののカタマリ。生霊も混じってたかな。あんた、今年になってからかなり憑かれてたんだ」
……なんか悪いものに憑かれてるのかもしれないと思ったのは間違いじゃなかったのか!
「杏樹には確かに力が無いけど、俺の傍にいると見えることがあるんだよ」
村山君のいうことにゃ、篠崎さんには霊的な力は無いけれど感応する力があるそうな。むしろ何の力もない分、力あるものに反応するとか何とか。
それで、村山君の力に引きずられて私に憑いている黒い影をたびたび見るようになってしまった、と。
「まぁ、そこから何故狸という事になったのかはわからないが」
「……変わった人だからね」
「あぁ、あいつのひぃばーさんもそうだった」
村山君はかつて篠崎さんの曾お祖母様の杏さんに退治されかけた鬼で、命と引き換えに篠崎家に仕えることを誓った。
彼は次第に杏さんに惹かれていったが、彼女には既に夫がいたために実らぬ恋と諦めた。ところが亡くなる間際、杏さんは言った。
「次に生まれ変わったら、その時こそ結ばれましょう」
そして村山君は、杏さんに瓜二つな杏樹さんを生まれ変わりと信じて傍にいるのである。
はー。ロマンチストな鬼だなぁ。篠崎さんちの霊的な力は、杏さんが全て持っていってしまったかのように途絶えたらしい。
村山君は「生まれ変わるために力が必要だったんだろう」とか解釈しているが。……生まれ変わりとか、本当にあるのか?思わず10月の悪夢を思い出してしまったよ。
昼間眠いのは、かつての篠崎家への恨みで襲ってくるアヤカシたちと毎晩のように戦っているからで……なにそのバットマンみたいな設定。
とにかく、私に憑いていたものが消えたので篠崎さんの嫌疑もそのうち晴れるだろうと村山君が言うので、とりあえずはこれで一件落着、なのかなぁ。
「まぁ、どうせまたとり憑かれるんだろうけどな」
嫌な事いうなっ!
後日、貫井さんに苦情を申し立ててみた。
「なんで村山君のことは教えてくれなかったの!」
「だってぇ、聞かれなかったし? それに、お互いヒミツっていう約束もあったしぃ。なにより」
ぞわっ。
「ねぇ、これ以上聞きたいなら、ご褒美ちょーだい?」
私はまた、脱兎の如く逃げ出すしかなかった。退却だ、退却!