12月の脇役そのご
パンドラの箱というのは神話の中でも色々謎めいていて諸説云々あるようだが「開けてはいけない」事だけは共通している。開けると災いが訪れると。そして、大抵の説ではその箱を開けてしまうのは女である。
「……今の、なに?」
たっぷりの沈黙の後、篠崎さんが地の底を這うような声で言った。
「空耳じゃない?」
「誤魔化しても無駄よっ!翠!」
「はい、お嬢様!」
野島さんが私を羽交い絞めにした。いたいいたい、力入れ過ぎだってば!
篠崎さんは私のエプロンのポケットに躊躇なく手を突っ込み、あの箱を見つけてしまった。何でそこだと分かったんだよ、変なとこだけ勘が鋭いな。ああああ、開けちゃだめええええ!
「ふん、やっぱりね。油断したわね盛沢さん! この中に手下でも飼っているんでしょう!」
手下として使えるような可愛いモンじゃないって。
「ちょっと、人のものを勝手に……」
私のじゃなくて中山君のだけどな。
「さぁ、あなたの正体暴いてあげるっ」
そう言って彼女は躊躇することなく、開けてしまった。あーあーぁ……。
まぁ、私も軽率だったけどさぁ。ほんとこの子達、ダメだ。
「んー……? オマエはだれなう? しもべはどこなう?」
ケセラン様、戦隊の事「しもべ」って呼んでるんだ。
みんな腹が立つのも当然だよね。篠崎さんと野崎さんはケセラン様を見て硬直している。だよねー、これ何? って思うよねー。
「こ、これは……」
「これは、なんでしょう……」
なんだと思う?
篠崎さんは考えた。かなりの時間を費やして。
野島さんは期待に満ちた目で彼女を見つめている。ところでそろそろ離してもらえませんかね?
「……分かったわ、ウィル・オ・ウィスプね!」
「お見事です、杏樹お嬢様!」
ちょっと待て。うっすら発光して丸いとはいえ、それは飛躍しすぎだ。
「ウィル・オ・ウィスプって、多分もうちょっと幻想的なものだと思うよ? 湖面に浮かぶ青っぽい火みたいな……」
「し、知っているわよ! これでも勉強してるんだから。漫画で!」
漫画で!
「え、えーっと、おうちにある古い文献とかじゃないの? 代々陰陽師とか言ってたよね?」
「字が古すぎて読めないのよ! 悪いっ?」
悪いとは言わないけど……けど……。
それにしたって化け狸がウィル・オ・ウィスプを飼ってるとか、どういう発想だよ。確かにケセランパセランよりはメジャーというか、ファンタジーに出てきやすいけどさぁ。せめて国籍合わせようよ。
「わけがわからんなう。おい、しもべの助手! 説明するなう」
私だってようわからんわっ!
ってゆーか、こいつの中では私の立場ってしもべの助手なのか。しもべそのものよりはマシと考えるべきか……?
「えーっと、ちょっと複雑な事情が絡み合っていて」
中山君のお母様が発端というべきか、夜中にゲームして騒ぐのが悪かったのか、いいやそもそも私を妖怪扱いするこの人達が悪いんだよな!
「簡単に言うと、そちらの二人が悪いんです!」
「わかったなう!」
ケセラン様はいきなりカメラのフラッシュのような光を二人に向けて発射した。
ちょっとおおおお! まさかその怪光線、物騒なものじゃないですよね? 違うって言って!
二人はバタバタと倒れた。どうやら気を失ったらしい。だよね? 呼吸してるよねぇ? してるしてる。あぁよかった。
「今の光は……」
「一応現地人は庇護対象なう。傷つけると査定に響くから気絶させただけなう。ちっ、残念なう」
最後に一言怖い事言ったよ、この毛玉。
査定って、給料の? 地球に来て可哀想な高校生捕獲してこき使って、自分はゲームして寝てるだけなのに給料もらってんの?
「ついでに一時間分の記憶を消したなう。今のうちに遠くに捨ててくるなう」
一時間分消したという事は、少なくともうちに来てからのことは忘れたね。そいつは何より。
ケセラン様のおっしゃるとおり今のうちに遠くに捨ててきたいところだけど、さてどうしたものかね。いや、遠くっていうか学校で良いんだけど。
「一人で運べないなう? これだから地球人はそのままでは使えないなう。役立たずなう」
ケセラン様が懐をゴソゴソする気配(手足ないけど、なんかわかるんだよ!)を察して、私は戦慄した。
まさか、まさかこんなことで私を6人目の戦士にしようなんて展開が待ってるんじゃなかろうな? いやだー、絶対いやだぁ!
しかしケセラン様が取り出したのは、戦隊呼び出し装置だった。(正式名称はまた発音できないので用途を分かりやすく名付けてみた)
「しもべを呼んでやるなう。感謝するなう」
「……ありがとうございます」
ごめんみんな。こんなあほな事で呼び出して。でもお願い、たすけて!
ちょっと意外だった事に、最初に到着したのはブルーこと福島君であった。
目に優しいとは言いがたい光沢のある青の全身スーツ姿で、宙に浮かぶボードのようなものに乗ってやってきた。あれー、それ新作?
「盛沢? なんで?」
「えーっと、中山君から預かってるんだけど」
一体どうやって説明したらいいんだろう。福島君って一番よくわかんないんだよね。
飄々としていると言えば聞こえはいいけど、何事にも熱を持てないタイプにも見える。こういう人って、会話も表面的に取り繕って「いーんじゃん? (どうでも)」みたいな答えしかくれないよね! (偏見)
……まぁ、竜胆君に話しかけていても暖簾に腕押し的な虚しさがあるんだけどさ。タイプが違うよね。
とりあえず最低限の情報だけ伝えよう。
「ちょっとした事故で、篠崎さんと野島さんがケセラン様見ちゃったの。それで、ケセラン様が記憶を消して気絶させたんだけど……」
「あー、またか……。で、どっかに捨てろって言われたんだ?」
「そうなの。それで、ええと、ごめんなさい」
またか、という言い方が気にならないわけでもないがそこに突っ込むよりまずは謝るのが筋だ。私が頼んだわけでもないけど、ケセラン様は(こう考えると驚くべき事に)私のために呼び出してくれたのだから。
「ん。おっけー。他の奴らには来ないでいいって伝えるから。ボードに乗せて、二人で運べるだろ。学校でイイ?」
「ありがとう!」
なんだ、福島君ってけっこう良いヤツじゃん! ごめん、色眼鏡で見てました。これからは心を入れ替えます。
福島君は変身を解除して、ボードに気絶している二人を乗せた。
ボード自体に迷彩機能がついているらしく、一見しただけでは二人の姿は見えない。意識して見ればなんとなく空間がゆがんで見えるけど、この時間ならそんなに目立たないだろう。なるほど、あとはずり落ちないように両側で気をつけてやりながら運べば良いんだな。
私達は大分暗くなった道を、傍目からは二人で(実際には四人で)学校へ向かった。やれやれ、とりあえず助かった。