11月の脇役そのに
ぴよ、ぴよ、ぴよ、ぴよ……。
校門の目の前に設置してある横断歩道の信号が青に変わり、まぬけにさえずりはじめた。
部活も委員会も無い3年生たちはちょうど今が下校時間だったので、校門周りはなかなか賑わっている。
そんな環境で、この子は。
居合わせた人々がびっくりしてこちらを振り向いた。あ、ひそひそ言ってる! 「光山君の……」とか「浮気?」とか「そういえば本命が別に……」とか聞こえてくる。ごかいだああぁ! あ、いや自分で撒いた噂も混じってるけど、でもそうじゃないんだ!
横断歩道の信号が変わったのに真ん中で立ち止まったままこちらを指差してコソコソ言っていた連中が、車にクラクションを鳴らされて飛び上がった。ざまぁみろ!
いやいやとにかくだよ、なにか行動を起こさなきゃいけませんよ。しかしこれはなかなか難しいな。
だって考えてもみたまえワトソン君。あの「付き合ってください」がどんな意味を持つかを正確に読まなくてはならんのだよ。答え方を違えればこちらが無駄に恥をかいてしまうではないか。
パターン1としては、まぁこれが普通だと思うのだけれど交際を申し込まれている場合。
初対面(いや、前から何度か入れ替わってたのかもしれないけど)の中学生と男女交際……。それはそれで楽しいかもしれないけど、できれば慎重にお友達からお願いしたいところだなぁ。ということはとりあえず「ごめんなさい」だよね。
パターン2。どこか特定の場所に一緒に行ってほしい、という意味だった場合。
場所にもよるが、まぁこれは「いいよ」と答えてあげたいところだ。恩人だしな。でも、なんで私を連れて行きたいのかという疑問はあるけど。
さぁ、どっち! ええと、この場合はパターン2であったことを想定して「いいよ、どこにいくの?」と聞きたいところだが、そういうのって天然系の子にしか許されないと思うんだ。私がやるとちょっとあざといと言うか、自分でもそりゃぁないぜって気がする。まぁとりあえずあれだ。
「とりあえず、場所移そうか」
三十六計逃げるに如かず、だ。私達は、見物人から逃げ出した。
近場のコーヒーショップに入って、私はミルクティーを注文した。邪道なのは分かってるけど紅茶党なんだもん。葉月弟君には(名前知らん)カプチーノを買い与えてやった。年上だからね! (ふふん)
「それで、ちょっと唐突過ぎて色々よく分からないんだけど、順を追って説明してもらえるかな?」
おねーさんらしく穏やかに問いただす。
いいなぁ、この「おねーさん」ていう響き。癖になりそう。あれ、もしかして私年下の男の子好き? そういえばあの子も2歳下だったなぁ。
「ごめん。えーっと、おれ実はたまに姉貴と入れ替わってて。昨日も気づいてたんだろ?」
やはりあれが初めてじゃないのか。葉月さんて月に1回くらい風邪引いたって言ってマスクしてたしね。もしかしなくてもあの時の彼女はこの子だったのか。
「う~ん、ちょっと違和感はあったけど、でもほんとにそっくりだったから確信はなかったかな」
だからわざわざ確信させに来なくて良いと言うに。
「姉貴がさ、おれの学校の先輩と付き合ってて。うちの学校って高校から全寮制だからプライベートではなかなか会えないんだ。それで、おれのふりして会いに行くんだけど」
あー、集団生活を経験する事によって協調性をなんたらかんたらっていう学長先生の信念でそういう決まりになってると聞いたことがあるよ。偏差値は同じくらいなんだけどそれが嫌でうちの学校にした、って男の子が結構いるね。
しかし、そっかぁ、葉月さんって健気だな。恋人と会うために男装して潜入とか、スリリングなことしてんなぁ。
で、そこから何故さっきのような事件が起きたんだ。
「それで、(こほん)さっき言ってた事なんだけど……」
「そーそー。彼女になって!」
軽っ。
「えーとね、まず私、キミの名前も知らないんだけど」
「名前は千明。中3」
うん、まぁ、最低限必要な情報は分かった。
「なんで私と付き合いたいの?」
女と言うのは理由を欲しがる生き物なのだ。17年間彼氏いなかったくせに贅沢ですみませんねぇ。いつか王子様が、とか信じて生きてたもので! そう簡単に飛びつきませんよ。
「えー、盛沢サンっておれの好みだから? 可愛いし、昨日触ったら胸でっかかったし」
このクソガキっ!
「そ、それだけ?」
口元がヒクヒクしそうになるのを必死で堪えつつ、笑顔をキープした。殴り倒しちゃ駄目だ、こんなんでも一応昨日は私を助けてくれたんだから。
「高3でクリスマスにフリーとか、寂しくねぇ?」
ちょー余計なお世話だっ、このマセガキがっ!
……とは言えずに、「ごめんね、間に合ってるから」と答えて、相手の反応も見ずに店を出た。ちっくしょー、期待して損した。乙女のトキメキをかえせーっ!
翌日。何故か学校中に、私が『中学生に告白されていた』という噂が広まっていた。……あのさ、みんなそんなに暇なの? チェーンメールとかの形式で広がったの?
ちょっと責任者! 葉月さんはどこだっ。あ、目をそらした。昼休みになったらとっ捕まえてやる。弟さんをきっちり叱っとくように苦情を言ってやらなきゃ気が済まない。私はかなりイライラしながらその時を待った。
そして待望の昼休み。教室から逃げ出そうとする葉月さんを逃すまいと、普段の運動神経の無さが嘘であるかのように素早く教室の出入り口に回りこんだ私に悲劇が襲い掛かった。中等部の女の子が3人待ち構えていたのである。3人はさっと私を取り囲んだ。両脇の二人が私の腕をそれぞれ掴む。某国の某施設に連行される宇宙人みたいじゃん、私。
「盛沢先輩。お話があります」
ワタシニハナイヨ。
しかし、そんな言い分は通じそうもない。真ん中の女の子が目を真っ赤にして今にも泣きそうだ。なにこれ私が悪いの ?え、行かなきゃだめ? だ、だれか、誰か助けて! この際だから会長でもいい。だれかぁ!
しかし目が合った会長は少し考えるようなそぶりをしたあと、にっこり笑って私に手を振った。ちょっとあんたひどくない? あまりの事に呆然とした私は結局彼女たちに連行されてしまい、葉月さんに抗議し損ねたのであった。
所変わって屋上。もう11月だよ、すごく寒いよ? 今日は風も強いんだし頼むからお話は手短に、そしてお手柔らかに。お話とやらが始まる前からひくひく泣いている子が気になる。なんだってのさ、まぁ葉月弟君絡みなんだろうけど。私だって被害者なんだがな!
「ひっく、あの、きのう、せ、せんぱいに、ち、ちあきくんがぁっ」
落ち着け。呼吸を整えてからゆっくり、主旨だけを簡潔に述べてくれ。付き添いの子達(だよね? この二人は)が「ルミぃ、だいじょーぶ?」とか気遣って肩をさすったりしてやっているがなかなか落ち着かない。困ったなぁ、と眺めていると片方がきっと私を睨みつけた。な、なんだよっ。やるきかっ。思わず身構えた。