11月の脇役そのいち
11月。憂鬱だとかなんだとか言っていられない月である。いや、でもやっぱりすごく憂鬱なのは確かなんだけど。何故かって? 推薦入試のテストがあったからだ。
流石に結果が出るまでは私もちょっとピリピリしている。放課後の学校というのは気だるい空気が漂っているので、不安がこみ上げやすいものだ。試験の結果が発表されるまでの時間というのはただでさえ心臓が落ち着かないというのに。
そもそも、内容が簡単すぎたというか……いいの? あれでいいの? 小論文はともかく、学科試験があまりに、こう、一般常識問題が多すぎたというか。あれなら私、多分去年の学力でも受けられたと思う。
ああも簡単だと、コネがある人間だけを入れるために表向き試験をやった事にしてるんじゃないかとさえ思えてくるよ。どうなんだろう。私が優秀だっただけだといいんだけどな!
面接の時もビックリする事があったしね。集団面接の形式で「友達を作るにはどうしていますか?」という題を与えられたんだけど、同じグループの一人が「コンパにいってぇ、そんでぇケータイきいたりィ?」とか、うん、あの、口調も内容も場所をわきまえようね、という話を始めてくれて大変困った。
あのせいでグループごと評価が下がってたらどうしよう……。なんであんなことやらかせる人まで推薦受けられたんだろう。
と、うだうだ考えながら階段をおりていたら思い切り足を踏み外した。
あっ、と思ったが、鈍い私は手すりにつかまる事さえできずに、そのまま宙に投げ出される。うぎゃー、下に人がいるのにいいいい! しかもスカートはいてるよ、ってことは女の子だよ、どうしよう!
「あ、あぶないいいいいい」
せめてもの警告に、私は叫んだ。彼女が振り返る。
驚いたようなその顔は、出席番号19番、葉月 千賀子さんだった。あぁ、こういう時ってほんとにスローモーションみたいに感じるんだなぁ、と感心しながら、私は彼女の胸に飛び込んだ。(だって何故か受け止めようとしてくれたんだもの)
葉月さんが立っていたのは不幸中の幸い、あと一段で踊り場という位置で、私の重みが加わったので心配は心配だが、どうやら頭は打たなかったようだ。代わりに背中をしこたま打ったようだけど。どうしよう、彼女ただでさえ風邪気味らしいのに。
葉月さんというのは、何を隠そう6月の一件以来私のアコガレの人である。主に体型的な意味で。
上から下までスレンダーで、しかも背がスラリと高い。顔立ちはキレイで凛々しい。なんというか美少年顔? で、中性的な魅力がある。いいなぁ、このストイックな胸。ちょっと硬いけど。ぺったんこどころか、なんか硬いけど。
……アレ、ほんと硬いよ?こんなもんか?
「ってててて……」
首をひねって悩んでいると、葉月さんが呻く声が聞こえた。あぁ、ごめんごめん、乗っかったままだった。
「ご、ごめんね、大丈夫?」
「ぅー、だいじょー、ぶ」
どうみても大丈夫そうではない。上背があっても細い彼女に、申し訳ないことをしてしまった。
「どうしよう、立てる?保健室いこう」
「や、へーき……っつ」
彼女は立ち上がろうとしたが、右足を酷くひねっているようで再びしりもちをついてしまった。
うぅ、ほんとにごめんよ。仕方ないのでひねったらしい方に回り込んで、肩の下に身体を入れて引っ張り上げた。あ、結構重い。いや正直に言うと大分重い。ごめんなさい。
まぁ、背が高いからな。骨もしっかりしてそうだし、っていうか、腕も硬いよ? 鍛えてるんだな。
……なんとなく頭の隅によぎったありえない想像は追い払っておこう。ないない。ないから。
異世界トリッパーや巫女様やスーパー戦隊や魔女っ娘や吸血鬼を含め、変わった人をいっぱいみつけたからって、最近私の思考は飛躍しすぎなんだ。
まさかあなた、葉月さんが女装した男の子だったり? なんて、まさか。
アハハ、おもしろいこと考えるよね、私って。彼女の声が若干いつもよりハスキーなのは、風邪気味だからであって……。その証拠にほら、マスクまでしてるじゃないの。
病気なのに私を助けてくれようとした彼女を疑うなんて、私ってなんてイヤなやつなんだ。人生そんなにしょっちゅう変わった事には遭遇しないったら!
とりあえず引きずるようにしてなんとか保健室に運び込み、腫れ上がった足首に湿布を張った。さて、どうやって彼女をおうちに送り届けようか。
「お……私の弟が、近くの中学に通ってるんだ。連絡して、迎えに来てもらうから大丈夫だよ」
この近所にある中学、というと、あの男子校付属ですか。なるほど、中学生ならまだ、女子高生に化けてもそんなに違和感は……げふんげふん。
いや、何考えてるの私。これは正真正銘女の子、葉月さんだから。姉弟で入れ替わってなんかいないったらいない!
「そ、そう? じゃぁ、弟さんが迎えに来るまで付いていようか?」
「あー。……うん、いや、大丈夫。暗くなる前に帰ったほうがいーよ、盛沢サン」
「そっか。ごめんね、本当に。助けてくれてありがとう」
助けてもらったんだし、何も追及する気はないさ。何で入れ替わってるの? なんて……いやいや、だからそもそも、そんな事実はないってば。
心の内にくすぶる疑問を無理やり追い払いながら、私は家に帰った。
翌日、葉月さんの足首は完治していた。
ハハハ、すごい回復力だよね。いやー、スゴイスゴイ。(棒読み)
つーか、隠せよ。私に対してなにかカモフラージュしろよ。やる気あんのか! どいつもこいつも私に口止めしないけど、買い被りすぎなんだよ。わたしがペラッペラしゃべったらどうするんだ!
……しかし抱えているネタが多すぎて正気を失ったとしか思われなそうだな。
わざとらしく「昨日はごめんね、足大丈夫だった?」と聞く事もできずに、私は悶々と一日を過ごした。人の秘密なんてもうお腹いっぱいだからな。でも、あぁ、でも……!
あぁもぉ、王様の耳はロバの耳―っ!
その放課後、校門を通り過ぎた所でいきなり腕をつかまれた。びくぅっ、っとして硬直すると、昨日聞いた声がした。
「あ、悪ぃ」
そう、葉月さんの声を若干ハスキーにしたような声だった。
私は肩の力を抜いて、そちらを振り返った。
どうみても男装した葉月さんにしか見えない男の子が立っている。注目すべきはブレザーの制服の裾から覗く、右足首に巻かれている包帯。
あー、うん。……何しにきたの。いまさら口止めかね? 大丈夫だよ、おねーさんは誰にもいわないよ。こんな多感な年頃に女装していたことなんてバラされたらかなりのダメージを受けること必至だからな。
「おれ、あの、えーっと、なんて言ったらいいかな」
女装してた理由も、入れ替わってた理由も深く聞きたくないんだけど。だからそんな頑張って説明してくれなくっていいんだよ?
「えっと、葉月さんの弟さん? そっくりだったからすぐ分かったよ」
だからここは大人の余裕でとぼけてあげようじゃないか。私は君たちの秘密に気が付かなかった。
「お姉さんと待ち合わせ? 教室にいたと思ったから、もうすぐ来るんじゃないかな」
「や、そうじゃなくて。あー……」
彼は何かを振り払うように頭を振った。そして、聞き間違えようも無く、はっきりと言った。
「おれと付き合ってください!」