10月の脇役そのよん
「で、晶が言うには、晶と盛沢はリインカーネーションオブザラストエッジという漫画の中からこの世に転生しているそうだ」
「連載中の漫画から……」
アトランティス大陸とかムー大陸とか月の王国からじゃないんだなぁ。(は、月の王国っぽいところの巫女様なら一人知ってるじゃん、私!)
「まぁ、ちょい戸惑うかもしれないけど、危ない事はないからさ。あいつ、無理に記憶取り戻せとか言わねーから。それはぜってー保証する。っつーか、あれ、本気じゃねーんだよ。遊んでるつもりなんだ」
「だいたい一ヶ月くらいで言う事が変わるんだ。そのうちあの漫画に飽きれば、また別な漫画に別な相手を適当に当てはめて楽しむだろ」
困ったちゃんだな! そして彼女を庇おうと必死だな。
BLカップリングまで設定されてるのに、なんて健気なんだろうこの人たち。幼馴染の三角関係なのか。困ったクセのある幼馴染に振り回される二人、か。大変ですな。
「えーっと、じゃぁ、私はこのまま、よくわかんない、って態度のままでいのかな?」
「そうそう。それでてきとーにあしらっていーわ。晶は、想像だけで満足すっから」
「いつもなら俺達にしかそういう話はしないんだけどな。盛沢は優しそうだから付き合ってくれるとでも思ったんだろう」
「あはは……」
子供のころからずーっとそんな遊びに付き合ってあげているあなた達ほどの優しさを期待されるとすごく困る。心底困る。だが武士の情けで一ヶ月くらいなら付き合わんでもないよ。本当に実害が無いなら。
しかし、そうか、先月水橋さんのエスカレートしてゆく言い訳(考えたのは彼女じゃないけど)に、何一つ疑問をはさまず「そうか、大変だな」と一人で委員会に出ていられたその我慢強さは、幼い頃から培われていたんだな……。納得したよ平井君。そして尊敬する。
幼馴染二人のおっしゃるとおり、手越さんは一人で楽しんでいるらしく、まぁ、やたら甲斐甲斐しく私の世話をしたがったものの(ちょーよけーなお世話!)基本的に一人で納得しては満足しているようだ。
彼女は多分おままごととかやると、その時のキャスティングを引きずっちゃうタイプだったんだろう。お母さんとお父さんの役を割り振られたあと、そのまま相手の男の子を好きになっちゃった子がいたな、そういえば。そんなわけでカップさんがハートさんを猫可愛がりするのと同じように構ってくる。悪いけど鬱陶しい。
「ねぇ、せっかく長くてキレイなのだから、少し巻いてみましょうよ」
「え、や、私はどっちかというとストレートに憧れてて……」
「まぁ、好みも変わっちゃったのねぇ。でも、少しだけ、いいでしょ?」
「……アハハ」
昔から変わってないよ! なんだその、「仕方ない子ねぇ」っていう慈愛に満ちた目は。
髪くらい多少いじるのは構わんが……ってあぁ、ツインテールはやめてっ。なんかいやだ、だいたいツインテールは一人いるじゃん、桂木さんがさぁ!キャラがかぶるのイヤなんだよ、ただでさえ脇役体質なんだから。
しかし手塚さんはホットカーラーまで持ち込んでいて(絶対にやる気だったんだな)結局私は昼休みのうちに「ツインテールのくるんくるん」、つまりあの『ハート』とおそろいにされてしまった。
首周りが寒い。あと、クラス中の視線が痛い。うん、これだと全然かぶってない。すごく個性的って言うか、目立つよね、ちょっと。……そんなめでみないで。
しかしこの髪形にされて鏡を見て、わたしはなるほどと思った。うん、ちょっと似てる。私、ハートさんになんか似てる。目の形と唇がぽっちゃりしてるところが。
はっきり言って米良さんのあの漫画よりハートさんに似てる。すごいな手越さん。
でも、一番の問題は手越さんがこれっぽっちもカップさんに似てない所だと思うんだ。髪形やしぐさ、口調はかなり意識してるみたいだけど。ある意味役になりきっている。演劇の才能があるんじゃないか? もしかして千の仮面とか持ってる?
平井君と山岸君が申し訳なさそうにこちらを見ている。止めろよ。
あー、いや、傍目にはクラスメイト同士で髪の毛いじって遊んでるだけだから止めようがないのか。彼らはずっとこうやって、手越さんを見守ってきたんだなぁ。……彼女が一線を越えないように。
は、首筋に何か視線を感じる。だれだっ、と見渡すと貫井さんだった。いやあああ、狙われてる! きっと「吸いやすそう」とか思ってる。タスケテ!
放課後、「あなたに似合いそうなお洋服があるの。うちに来て?」という手越さんからのお誘いを幼馴染組の協力を得て断り、私は髪型をそのままに帰路に着こうとした。だってこれ、スプレーでバリバリに固められてるんだもん。学校で無理にほぐすより帰ってシャワー浴びたほうが早いよ、髪が痛むし。
「盛沢、大丈夫か?」
呼びかけられて振り向くと、竜胆君が立っていた。
珍しい、そっちから声かけてくるなんて。とちょっとどきどきしつつ(だって竜胆君って理想的な夫って感じなんだもの。恋人、ではないところがポイントだ)私はコテンと首をかしげた。
うぅむ、この髪型だとなんだか、意識せずに仕草が自動的にコケティッシュになってしまうな。私までなりきってどうするよ。
「えっと、なにが?」
実は竜胆君とコミュニケーションをとるのは結構大変だ。
彼はよく言えば不言実行、悪く言うと言葉が足りない。主語も述語も最低限で、修飾語は知らないのかと思うくらい足りない。ついでに前後の話題が無く唐突に本題に入る。そして唐突に動く。慣れるまではちょっとビクビクしたよ。いきなり頭撫でたりするんだもん。
で、大丈夫かって、この髪型は正気なのかとか、そういう意味かね? だとしたらショック。
「平井から、聞いた」
「手越さんの事?」
竜胆君はこくりと頷いた。
「悪いクセがでたらしいな」
「竜胆君は、知ってたの?」
「いや、今日聞いた」
なんで平井君は竜胆君に話したんだろう。最近私達が仲良しさんだから? (実際はお勉強会してるだけだけどね)
「しばらくしたら飽きるみたいだし、まぁ、しかたないかなーって」
竜胆君はまたいきなり私の頭をぽんぽん、と撫でると、そのままさよならも言わずに立ち去っていった。……うぅん、よく分からん人だなぁ。
とかいいつつも乙女心が満足したので、ちょっと足取りも軽くおうちに帰った。