10月の脇役そのさん
私に抱きついたまま泣き出してしまった手越さんをもてあましていると、また教室の扉が開いた。入ってきたのは平井君と山岸君!
天の助け! あなたたちの幼馴染がよくわからんけど大変ですよー? あ、言っときますけど私が泣かせたんじゃないからね? いじめたりしてないからね?
「またか、晶」
平井君が、まるでうんざりした、というような声を出した。あんたちょっと、一応(理由は分からんが)泣いてる女の子にそんな声で話しかけちゃいかんでしょう。
「ごめーん、盛沢さん。あとは俺らが落ち着かせるから、気にしないでいーよ」
山岸君がべりっと、私から手越さんを引き剥がした。そして3人はどこかに去っていった。
何だったんだ、ありゃぁ?
「なんだったと思う、キュピル?」
「うーん、ダークフェアリーの気配は無かったきゅぴー」
お前にはそれしか判断基準がないのか。その頭をむいたらほんとにスッカスカか!
「そうじゃなくて……ああ、もういい。さ、鞄に戻って」
「使うだけ使ってポイ捨てなんてひどいきゅぴ」
大変人聞きの悪い事を言ったので、容赦なく押し込めてやった。
まぁ、手越さんのことはとりあえず幼馴染達が回収してくれたので、良しとしよう。キュピルのこともうやむやになったしな。さ、戻ってさっきの漫画読もう。
クラブ棟に入ると、米良さんはいなくなっていた。あぁ、よかった。これなら解説の続きを聞かずに落ち着いて読めそうだ。
えーっとなんだっけ、『Reincarnation of the last edge』?最後の刃の転生? なんかもう、タイトルだけで内容が分かるよね。ラストエッジさんが転生するんでしょ? とりあえずそれは確実だね!
読み進めてみると、まぁ想像を裏切らない話だった。(ごめん、米良さんの話よく聞いてなかった)
ラストエッジの二つ名で恐れられていた天才暗殺者が、現代日本に転生する。普通の高校生として生活していた彼は、ある日謎の美青年に銃を突きつけられ、死を覚悟した瞬間に前世の記憶が蘇る。そして、その美青年『クローバー』が所属する謎の組織との戦いが幕を開けた……。
とゆー、大変スタイリッシュなポーズで銃をぶっ放したり仕込み武器をふりまわしたりするアクション漫画(?)であった。登場人物が男女ともセクシーだし、魅力的だよね。微妙にBLっぽさを匂わす表現なんかもあって、うん、ほんと今風。カッコイイよ。
できる事なら米良さんが勧めてくれた通り、この話にのめり込んでしまいたかったが、5巻に入ったあたりで大変な事に気が付いてしまった。(擬音とカッコイイポーズだけでページがぐんぐん進むので、ここまであっという間だったよ)
敵の組織の幹部がそれぞれ『スペード』『クローバー』『ハート』『ダイヤ』と名乗っていて、さらにその幹部たちは実はクローンで、オリジナルの人たちは『ソード』『クラブ』『カップ』『コイン』と名乗ってる!
なんかさっき聞いたよねー、ハートとかカップとかきいたよねええええ?
え、じゃぁもしかしてさっき手越さんは、自分がこの『カップ』さんで、私が彼女のクローンの『ハート』だと、そう言ってたの? なんで? どこが?
ハートさんって、ツインテールをくるんくるんに巻いて、やたら「んふ」って笑いながら唇舐めてナイフ投げる人だよ? すぐに意味も無く半裸にひん剥かれてるし。(攻撃を受けるたびになぜあんなふうに服が吹き飛ぶのかよく分からん)
私より、そう、むしろ貫井さんにピッタリな役だよ? (またもや失礼)
もしかして、ハートがサイコキネシスで物を浮かせることができるから、キャベツ浮かせてた(あれは自力で浮いてたのに)私を当てはめちゃったのか……? 百歩譲ってそれはわかるとして、なんで手越さんが私のオリジナルなんだ……? 私達、これっぽっちも似てないよ?
オリジナルとクローンの関係は様々で、カップはハートを溺愛している、らしい。(よくわかんないけど)
えー、いや、クローバーさんのとこみたいに憎みあって何かと言えば殴りあう関係じゃなくて良かったけど……どうしよう。しかもこれ、現在連載中で、ここにあるだけで18巻まであるんだけど。とにかく今、読めるだけ読まないと。
そして私は、一番貢献できると思っていた綱引きを気が付いたらエスケープしてしまっていたのでした……。うぅ、ごめんねみんな。(最近こればっかり)
翌日。私は平井君と山岸君に呼び出された。
昨日の手越さんの奇行について説明してくれるらしい。いや、なんていうか……。説明しとかなきゃいけないくらい、アレは長引くんだろうか。一時的な錯乱とかじゃないのか。
「悪いな、盛沢」
「昨日はびっくりしただろー?」
「うん、ちょっと……」
いや、かなり。
元ネタも読んでなかったし、ほんと何がなんだか分からなかったからね。読んだら読んだでますます混乱したけどな。なんで私があんなお色気キャラなんだよ! せめて清純派っぽいダイヤさんでしょー?
「晶は昔から、不思議な事を言い出すヤツなんだ。大体、本やらテレビやらに影響されるみたいで」
「ガキのころは、オレたちもアニメのキャラとかになりきって一緒に遊んだんだけどさー。あいつ、まだやめられねーんだ」
あー、うん、幼稚園の頃はそれこそ5人戦隊(何故だろう、今この言葉を思うだけで涙が滲みそう)の役割分担なんかして、遊んだりもしたよ。懐かしい。
「最近もさぁ。前世の記憶がどーのとか言い出してさぁ」
それは、あの漫画が前世の記憶がどーの、という内容のせいじゃありませんかね?
「あれとは違うと思う。おっそろしーことに、俺と篤が実は前世で恋人同士だったとか気色悪ィ事ゆーの。何読んだんだろうなぁ?」
「しかも俺が女だったそうだ。最近おそらく、前世が出てくる話を気に入って読み漁っているんだな。それにしても俺が女……」
ぅ。それはまた、きっついですなぁ……。平井君が元女性ですか。こんなガッシリした体系で、どっちかっていうと強面の平井君が。本人もかなりの違和感とショックがあったようだ。
山岸君のほうは、愛嬌のある顔で、身長もそんなに高くないんだけど。ミスキャストじゃないですか? せめて役柄入れ替え……ても意味無いよね、うん、ごめん。
「バーカ、篤、どっちが女でもお断りだっつーの」
「まぁ、そりゃそうだよな」
「なんか、大変なのはわかった」
しかし、だ。異世界の巫女様の話だって最初聞いたときは妄想かと思える内容だったんだから、手越さんの言う事が妄想であると決め付けてしまうのも可哀想かもしれないよな。
……私もほんと、不可思議な世界に寛容になったものだよ。自分の将来が不安だよ。