10月の脇役そのに
借り物競争は第4グラウンドで行われる。全ての会場のうち一番広くて、観客席もかなり本格的に作られている場所だ。
この競技は毎回かなり無茶なネタが仕込まれているので、すごく盛り上がる。そのスタートラインに、私は立っていた。
なにせネタがネタなので、この競技は足の速さよりも「家が徒歩圏内であるか」が選手の選考基準になる。要は「家から取ってこなくてはいけないもの」を平気で出題するのだ。
過去の例から言うと、「愛用の枕」「子供の頃のアルバム」「今年もらった年賀状」など。
まぁ、そういう無茶な出題が売りというか、盛り上がりの原因なので、学校側も許容しているようだが……。いいのかな。
時間が掛かるのは承知の上、の競技なので、マラソンみたいに参加者全員が一気に走り出し、無造作に机に散らばっているクジの番号を取り、アナウンス席まで走って番号に対応するお題を読み上げてもらい、そこから方々に散らばっていく。完全に運次第だから、なるほど足の速さなんて関係ないのだ。でも私、運も相当悪いよ?
うちのクラスでいうと、(同時刻に第一グラウンドで行われている100M走の選手になった出席番号20番、平井 篤君と31番、山岸 貴史君を抜かせば)残念な事に私の家が2番目に学校から近かった。
もう一人、出席番号11番、手越 晶さんも出場している。
手越さんは中等部からの持ち上がり組で、学校から歩いて5分の距離に住んでいるらしい。中1から高3まで、毎年借り物競争に出場していたという、いわばこの道のプロである。
なんだかいつも夢見心地のような目をしていて(何を隠そう、初めて会長と資料室で遭遇した時の演技の参考にしたのは彼女である)素朴な可愛さのある子だが、恥ずかしがり屋さんのようであまり友達は多くない。
100M走出場の二人とは幼馴染で仲が良いようだ。ほんとはあっちを応援したかっただろうに。お互い家が近いばっかりに、いらん苦労するよね。
スタートの合図で、みんな一斉に走り出した。早くつけば当たりクジ引けるってわけでもないのにさ。ふーんだ。
大して足が速くない、とされる集団において更にビリ争いをしながら、私は何とか机にたどり着いた。いいじゃん、残り物には福があるっていうし。
既に先頭集団はアナウンス係りにクジを渡し始めている。「バナナ一房」「テレビのリモコン」「マヨネーズのチューブ」など、発表されるたびに観衆が大喜びしている。特に、無茶そうなものの時に。このひとでなしどもめっ!
私が引いたのは78番、なんだか惜しいような気がする番号だった。開き直って歩いてアナウンス席に向かう。(どうせ列を作って待ってるんだしさ)当たりでありますように、校内で調達できるものでありますように、と願いながら自分の番を待った。
「最近噂の高等部3年生盛沢さんのお題は……キャベツ一玉だぁぁ!」
いらん紹介の後に発表されたのは、普通に考えればハズレのお題であった。
私は、困ったような顔をしてその場から立ち去った。
ふ、ふふふふふ。しかぁし!
キャベツ一玉。それが常に校内にあることを、私は知っている。急いで持ち主を探すと、氷見さんがニヤニヤして手を振っていた。そのまま校舎の方を指差すので、私もさりげなくそちらへ向かい、合流する。
「いやぁ、盛沢ちゃんがアレひくとはねぇ。なんか運命だよね!」
「もしかしなくても、氷見さんが書いたの? アレ」
「体育祭実行委員全員が、無茶なの1つと無難なの3つ書かなきゃいけなくてねー? どうしようかなって思ってたらキュピルが目に入って、つい」
うん、まぁ、目に付いたら書いちゃうよね。おかげで私、家まで走らなくて済むんだもん。素直に感謝するよ。
さすが一の騎士、フェアリーオレンジだよ。
「くるみには言っとくから。じゃ、私が一緒だとまずいし、いくね。がんばってねー」
そして爽やかに氷見さんは去っていった。うん、あれこそ本物の爽やかさだ。どっかの会長さんとは違うよね。
教室に入ってそっとキュピルを呼ぶと、瀬名さんのバッグがもぞもぞと動いた。
巾着状になっている口を開いてやると「きゅぴー」と言いながらキャベツ頭を持ち上げて、伸びをした。アレ、今のため息みたいなもの? そこまでこだわってんの?
「キュピル、しばらくの間、何の変哲も無いキャベツのふりをして、私と一緒に来て欲しいの」
「キャベツとは失礼きゅぴ!」
「キャベツ以外の何にも見えないって現実をそろそろ認めようよ……」
色々やかましくゴネるキュピルをなだめすかして、やっと会場に戻り、なんとかゴールした。家と往復するほどの時間は掛からなかったけど、結局期待するほど早くは戻れなかったな。
まぁ、キャベツ一玉を持って即座に現れたらそれこそ不自然なので、いいんだけど。ハズレお題を引いた中では早い方だったんじゃないかな? よしよし、これでクラスへの義理は果たせたな。なにせハズレにはハンデとして1.5倍の加算点がつく。
結果にそこそこ満足した私は、キュピルを抱えて教室に向かった。ここですぐにバッグに入れればよかったものを、キュピルが「光合成したい」というので(植物だもんな!)仏心を出し、ちょっとだけなら、と出しっぱなしにしたのがまずかった。
相変わらず変な歌を歌いながらくるくる回っているキュピルをぼーっと眺めていると、突然、教室のドアが開いた。
流石のキュピルも、ぴたっと歌うのをやめて、そのまま机の上に落下。あ、ちょっと痛そう。でも珍しく空気読んだね、いいこいいこ。と、現実逃避してちゃだめだ。誤魔化さないと。
「盛沢さん? いま、誰か歌ってなかった?」
現れたのは借り物競争仲間の手越さんだった。うわぁ、どうしよう。
「え、あ、えっと、私がちょっと鼻歌うたってた、かな?」
アレを自分の歌だというのはかなり恥ずかしいが背に腹は代えられぬ。
「……そのキャベツ、浮かんでなかった?」
「ナンノヘンテツモナイキャベツダヨ」
しまった、声が裏返った。
「こほん。えっと、ちょっと放り投げてみただけなの。変なとこみられちゃって恥ずかしいなぁ、えへへ」
「……やっぱり、そうだったのね」
手越さんの声が、一段低くなった。
ぁー……。もしかしなくても、何かのスイッチが入っちゃいましたかね? 今日は厄日か!
「あなたが、ハートだったのね」
「は?」
「さがしてたの、ずっと……」
「あ、えっと、私に何か用だったの?」
「ううん、いいのよ、覚えてないんでしょう? 思い出さなくて、いいの」
ネットリと纏わりつくような、なんともいえぬ猫なで声で、手越さんが言った言葉の意味を、私はまったく理解できなかった。
何ですか、ハートって。トランプとかのアレですか?
「私は、カップ。思い出してくれなくていいの。逢えて、うれしいから」
そういうと、彼女は感極まったように泣き出してしまった。おーい、どうしろってのさー?