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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
高校生編
30/180

9月の脇役そのさん

 将来に対する不安が一個(不安の種なんて尽きないものさ)消えたところで、次の話題。

「それで向原君は、えーっと、何なの?」

 失礼な聞き方になってしまった。でも、ニュアンスは分かっていただきたい。つまり彼は、人間なのか、やっぱり人外の何かなのか。

 本人は私の質問の仕方を全く気にしていないようで、貫井さんにべたーっとくっ付いている。あぁ、なんか本当に可愛いかもしれない。貫井さんの気持ちが分かる気がする。


「悟は、あたしの花嫁なの」

「うん。僕、あやめちゃんのお嫁さんになるんだ」

 ちょっとまて。

「お婿さんじゃなくて?」

「あら、だってヴァンパイアの花嫁、のほうがヴァンパイアの花婿より背徳的で、響きがいいじゃないの」

 そんな理由!

「子供の頃、悟はそれはもう可愛くて可愛くて、女の子みたいだったのよ」

「その頃に約束したんだ。高校卒業したら、僕はあやめちゃんのお嫁さんになるって」

 ……本人達が納得しているなら何も言うまいよ。


「思い出すわ。長い間彷徨って、やっと悟を見つけたとき、この子しかいないって思ったのよ」

 どうやら貫井さんは見た目より随分と長生きしているらしい。

 そんなに長生きしてて幼稚園児見つけて求婚するとか、犯罪っぽいよね。人間じゃないからそのへんの感覚に違いあるのかもしれないけど。

「それで、悟と同じ歳の姿になって、それからはず~っと一緒にいるのよ」

 ね~、と幸せそうに二人で笑う姿に、私はもう、突っ込む言葉も持たなかった。

 きっとこれもひとつの、あいのかたち。


 貫井さんは私から、「ほんのちょっと」といいつつ結構な量の血を吸って、嫉妬で顔を真っ赤にさせた向原君の頭を撫でながら、資料室を出て行った。うぅ、うごけない……。


 私は全身を襲う倦怠感に、本棚にもたれながらずるずると床に座り込んだ。これは確かに、何もかもどうでも良くなるだるさだ。高校卒業したら貫井さんと駆け落ちする予定の向原君の立場なら、内申点気にせずサボってしまうのも頷ける。


 しかし、吸われているときは確かに恍惚感があったが、私なら常習者にはならないな、と思う。きっと向原君は、「だいすきなあやめちゃんの役に立っている」気持ち良さがプラスして、あんなにうっとりしていたんだろうな。愛の力って偉大だなぁ。(ふ……)


 目を開けるのも億劫で、そのままべたーっと床に座っていたら、資料室のドアが開く音がした。貫井さん達は鍵を閉めていかなかっただろうから(外から開閉するには鍵をもっていないとね)誰が入ってきてもおかしくはないけれど。でも多分、会長なんだろうなぁ。くそぅ、弱っているところを目撃されるのは屈辱だ。


「大丈夫?」

「……ちょっとした貧血です」

 やっぱり会長だった。

 あのね、人の事とやかく言える立場じゃないけど、この部屋にそう勝手に出入りしちゃだめだと思うんだ。私だって、文化祭が終われば図書委員も引退で、ここの鍵も返上するしさ。あんたもいい加減、新しい会長に鍵渡してやれよ。


 私の「勝手に入ってくんじゃねぇよ」という視線をものともせず、彼はするりとドアの隙間から入り込んできた。

 扉を閉めて、第一声。

「貫井さんには気をつけたほうがいいよ」

 今更かよっ!

 てゆーかなにあんた、千里眼?あーもー、突っ込むのもだるぃ。

「……何のことですか?」

 わざとらしいと言われようと、一応浮世の義理として、ここはしらばっくれておこう。私ってなんて義理堅いのかしら!


「もう何かされた後みたいだね。盛沢さんが良いなら別に好きにすればいいけど。でも一応、ね?」

良くは無いんだけどね。今回は双方同意の上だったから仕方ない。

 しかし、なんという投げやりな警告の仕方だろう。こんなにやる気の無い警告ならしないほうがマシなくらいだ。


「……なんで貫井さんなんですか?」

「彼女、たまにものすごーく飢えたような目で盛沢さんの事見てるから」

 こわっ! 私ほんとに食糧だったんだ!

「で、今朝から『一口、一口』って騒いでたでしょ? これは何か起こるだろうなって、楽し……心配してたんだ」

「今楽しみにしてたって言いかけたでしょう、ねぇ、絶対言いかけたでしょう!」

「やだなぁ、最近盛沢さん、オレに対して厳しすぎない?」

 お前が私に無礼すぎるんだっつーの! くそー、お前なんか美青年好きのダンディなおじさま吸血鬼の餌食にでもなってしまえ。……私ときっちり縁がきれてからな。


 大体、私が、ではなくどう考えても会長が私に対して容赦なくなってきてると思うんだ。便利に利用させてもらうね、という態度をもはや隠しもしないじゃぁないか。


「噂では恋人同士らしいし、もうちょっと軟化してくれていいと思うんだけどなぁ」

「光山君は、噂を無責任に放置しすぎです。すごく迷惑してるんですけど!」

 最近たまに殺気を帯びた視線を感じるんだよ。ビクっとして振り返ると女の子の集団がこっちを見てるんだよ。女避けに便利だからって勘違いを利用するなんて……。

 しかもこの男の一番性質の悪いところは、嘘をつかないで誤魔化せるテクニックを持っているってとこだ。あ、いや、私もそういう傾向はあるけど。似たもの同士とか言わないで!


 とにかく、こいつは最近の「二人は付き合ってるの?」に対して肯定も否定もせず、ただ関係(ないない、無いったら無い!)を匂わすような言い方でのらりくらりとかわすのだ。朝食を一緒に食べたことや、家で紅茶を出したことなんかを、まるで話の都合でぽろっともらしちゃった、みたいにな! お年頃の皆さんが深読みするの、分かってるだろうに!


 これから受験本番だっていうのに、こんな時期にイジメでも始まったらどうしてくれるんだ。

 ……まぁ、私は大人しく「誰にも相談できない」とか悩まないタイプだけどな。やられたらその足で職員室に向かうし、親にも言うし、本当に会長が原因だったら会長にも言いつけるけどな。だって私は非力な女の子ですもの。一人で解決なんかできません。使えるものはなんだって使うさ。


「女の子の嫉妬はとても恐ろしいんですよ? 私、そろそろ廊下を歩くのにも不自由してるんですけど」

「男の嫉妬だって結構怖いものだよ? お互い様だって」

 それはもしかして、私のことを多少は想ってくれている誰かさんがいるってことか?

 ちょっとおおおお、それ、もったいないから! お願い、紹介して、誰? できれば普通の人がいいんだけど。全体的に無難な感じなら尚良いんだけど。


「じゃぁ、お互い残り少ない高校生活を安全に過ごせるように、きちっと否定しましょうよ」

 にこっ。

「オレはこのままで全然構わないから、盛沢さん頑張ってね」

 にこっ。


 ……あぁ、頑張るとも。腹を立てたら貧血も治ったしな。この怒りを糧に、明日も頑張って生きてやるんだからっ! (ヤケ)


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