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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
高校生編
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8月の脇役そのじゅうろく

 土。あぁ、お久しぶり、地面さん。ここの所ずっと絨毯の上しか歩かなかったものねぇ……。しゃがみこんで再会を喜びたいところだが、服が汚れてしまう。


 図書館の裏手は雑木林みたいになっていて、もちろん舗装なんてされていない。パンプスで歩くには非常に都合の悪い場所だ。ヒールをめり込ませながら会長の後をよたよた歩く。

 ちょっと会長、こんな時こそ手を貸してよ、引っ張って歩いてよ、肝心な時に気の利かない男だなっ! と背中からにらみつけてやると、まるで心の声が聞こえたかのように彼が立ち止まった。


「あぁ、ごめん、ちょっと考え事してて」

 そうでしょうとも。私は差し出された彼の手に遠慮なくしがみついた。羞恥心? 二週間で克服したよ。これはほら、杖みたいなものだから。


「ところで、こんな時間に帰って家の人は大丈夫?」

「うちは二人とも旅行中ですから。か……光山君は大丈夫ですか?」

「オレは、友達の所に泊まってくるかもって言ってあるから」

 こいつ、元々計画的に私を連れて有無を言わさずフォレンディアに行くつもりだったんだな、と確信した。

 その際には私の家に対する言い訳はどうするつもりだったんだろう。

 まぁ、会長の用事だけだったら数時間で済んで、先に私だけ帰す事もできたのか。


「じゃぁ問題は穂積さんだけか」

 あー、そうだよ、お姫様達の一件ですっかり記憶の彼方になってたけど、穂積さんどうなったんだろう。


 巫女姫召喚なんだからあっちではそれなりにやってるだろうけど。こっちの世界ではどうなる? もしかしたら明日の昼くらいには「女子高生、謎の失踪事件」になってしまうじゃないか。


「彼女は、たまたま私を見つけて声をかけたって言ってました。ということは、本当に突然消えたことになります」

 そして、彼女と最後に会っていたのは間違いなく私達だ。足取りを追えばきっと誰かが私達を思い出すだろう。

 だって会長目立つから! 無駄に!


「とりあえず、この時間にその格好で外にいるのはちょっとまずいよね。家まで送るよ。それで、悪いけど朝まで時間潰させてもらえるかな」

 ……ものすごく断りたいお願いを、よくもまぁぬけぬけと。お前なんか庭で夜露にぬれて風邪引いて「夏風邪をひいたバカ」扱いされたらいい!

「流石に家の中まではご遠慮いただきたいなー、と思います」

 にこっ。もう遠慮しないぞ、私は生まれ変わった。会長に対しては「ノー」と言える子になるんだ。


「でも穂積さんが戻ってこなかったら、そのうち警察が来るよ。何て答えるか話し合っておいた方がいいんじゃないかなぁ? 穂積さんが失踪する直前に会っていた二人が、明け方雑木林で話し合っているのを目撃されたらまずいよね?」

 会長も負けずににこっと笑った。あなたも穂積さんの行く末についてはスルーなんですね。


 まぁ自分でも分の悪い抵抗だったとは思うけど、結局今回も押し負けてリビングで紅茶をお出ししております。

 明日があるさ。きっと、いつか、たぶん。……うん。どうかご近所の方に目撃されていませんように。変な噂が立ちませんように!


「いっそのこと、光山君が戻って彼女を連れ帰ってください。一晩くらいなら穂積さんは我が家に泊まっていた事にできますから。さぁ早く!」

「うーん、まぁ、それも良いけど」

 けど、なんだよ。

「彼女はあちらでやるべき事があって呼ばれたんだから、事が終われば自力で帰ってくると思うんだよ。彼女がそれを選択すればね」

 それは、私も全く同意見ですが。


「盛沢さんもそれが解っているから、彼女を置いて逃げるのを躊躇わなかったんだよね?」

 いいえ、そんな難しい理屈考えてませんでした。

 あえて言うなら旅立ちの前に、身代わりの私を心配した穂積さん(どう考えたって彼女の方が大変だろうに)を安心させようと「死ぬような目にあったら会長と逃げるから大丈夫」って言って送り出したという経緯があったから、なんです。

 まさかほんとにそんな事になると思ってなかったし、まさか世界を飛び越えて逃げるなんて芸当ができると思ってなかったんだけど。せいぜい会長に守られながら逃亡するくらいだと思ってたんだけど!


「だからここは、無理やり連れ戻すよりも待つべきだと思うんだ。もしかしたら既に戻っているのかもしれないし、このまま帰ってこないかもしれない。そもそも、オレも穂積さんを連れて跳べと言われるとちょっと自信が無い」

 えっ?


「オレの知っている魔法とは違うけど、彼女には何かの力が作用していた。ああいう状態の相手を連れて世界を越えるのは多分無理だと思う」

「そうなんですか……」

 流石巫女姫主人公、なんかの加護までついてるのか。お持ち帰り不可なら、じゃぁ待つしかないか。


「では仕方ないですね。何て答えましょう?」

「そうだな……」

 会長はこれみよがしに(嫉妬)長い足を組みなおして、膝の上で頬杖をついた。うーん、と若干気だるげに唸ると、またいつもの表情を取り戻す。

 この人って、いつもこうやって何でも心の奥底に隠すんだなぁ。

「たまたま会ってちょっと話をした、で基本は良いと思うんだ。何か将来について悩んでいたようだった、って言った方が自分で失踪したみたいで、ご両親は犯罪の可能性を考えるよりは安心するんじゃないかな」

「悩みの内容は?」

「進路について、で良いんじゃない?自分がやりたい事がはっきりわからなくて、とかなんとか。あとは、そんなに親しかったわけでもないから詳しくは分からない、で」

 投げやりだな。でも、実際そんなに親しくも無かったし、詳しすぎてもおかしいか。

 受験生なら誰もが突き当たりやすい悩みだしな。


「せめて彼女の無事だけでも確認できたら良いんですけど」

「あぁ、まぁ、そのうちこっそり様子を見てくるよ」

 えぇ、えぇお願いしますよ、私のようなしがない脇役にはできない芸当ですからね。


「ところで、本当に紅茶入れるの上手なんだね」

「あの、それ、どこからの情報なんですか?」

「瀬名さんと氷見さんと由良さん」

 あの魔女っ娘どもか!


 一見何の変身効果もなさそうだったが、あの姿になるとオレンジと苺と桃をそれぞれいくらでも呼び出せるという特典がついていた。(実はそれを雨あられの如く降らせて敵をやっつける目的の技らしい。スイカとかパイナップルとかドリアンとか硬くて重い果物ならともかくなぁ……。オレンジはちょっと痛いかもしれない?)

 果物を手土産にやってこられるとどうしても、家に上げないといけない気になっちゃうじゃないか。桃も苺も好きだし、オレンジは母の好物だし。ってそれはどうでもいい。


「最近仲良いみたいだよね。オレに盛沢さんの事色々教えてくれるんだ。楽しい子達だね」

 まーだ何か勘違いしてるんだな、連中は。それともまさか私と会長の仲を取り持とうとしてるのか。ちょー余計なお世話! 迷惑!


「まぁ、悪い人たちではないんですけど、ちょっと勘違いが過ぎてしまうところがあるようですね」

 恋に恋するお年頃だしな。本当なら私もそうなんだけど。でもなんかもう今回の事でお腹一杯になった。自分の恋愛でもなかったのに、恋愛に疲れた。

 しばらくいいよ。少なくとも、もっと穏やかな恋をしたい。できれば、腹黒くなくて、頭が回りすぎないで、聡くない相手とね!


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