8月の脇役そのじゅうご
「カイトは……カイトは、クミさんを選んでも、この国を見捨てたりはしないですわね?」
小さな声だった。けれども、静まり返ったお茶の席で、その声はよく通った。
「わたくしたち、わかっていましたの。カイトは、わたくしたちを大切にして甘やかしてくれるけれど、愛してはくれないだろうって」
……ぇー?
え、ちょっと、え、レミア様?
「もともと、わたくしはカイトにとって妹以上にはなれなかったもの。カイトがこれからもこの国に来ると約束してくれるなら、わたくしは諦めるわ」
ひぃぃ、リリア様あぁぁ?
ちょ、頼みの綱のルビア様! あなた何とか言ってやって! 「堂々と愛せないのなら身を引きなさい!」って私に言ってやってえぇぇ!
「……こればかりは、どうしようもないですわね」
んぎゃああああああ!
な、なんで、なんでそんな物分りがいいの!
ねぇ、聞いてた? 私の話聞いてた? こいつといるのが辛いって言ってるでしょおおお? これ、紛れもない本心だから。
自分とどこか似てる、でも自分より出来が良い人間とか、ほんっと腹が立つだけなんだって。お願いだからボランティア精神で引き取ってよ。
会長、笑ったよね? 今、ちゅーの時みたいに「ふっ」って笑ったよね? ちぃっきしょおおおおおお!
「しっかりなさい! カイトはあなたを選んだのよ、このわたくしたちを差し置いて。あなたはそれを誇るべきよ!」
な、なんで励ますのさああ!
「けれどもクミさん、今後もし、また弱気になるようでしたら、その時こそ遠慮はしませんわよ」
そしてルビア様は、持ち前の負けん気で最後に宣戦布告をして、立ち去っていった。レミアさまとリリア様も、それに続く。
ぁーあ、泣くんだろうな、こっそり。図らずも、私が女の子を泣かせてしまった……。
後には、目論見が外れて茫然自失となった私と、目論見通りになって満足げな会長が残された。
「あぁ、ほんと、盛沢さんはやればできる子だった」
あんたもしかして私を憤死させたいのか。だから次から次へと私を怒らせるようなことばかりするのか?
「罪悪感は無いんですか?」
「最初は遠まわしに、だんだんはっきりと、何度も断ってたんだよ? それでも諦めてくれなかった。だからこういう方法に頼るしかなかった。オレ、この国での仕事は続けたいんだ」
建国シミュレーションみたいで楽しい、とさらっと付け足したのは聞かなかったことにする。そんな理由で運営される国って可哀想だ。
あぁ、でも、そんな理由でも会長のお陰で大分生活水準が向上しているのなら、いいのかなぁ、うぅん……。
「断るのに難航していたわりに、今日はずいぶんアッサリと引いてくれましたね」
「盛沢さんのお陰だよ、ありがとう。一番納得してくれなかったのがルビア様だったんだけど、多分盛沢さんなら彼女のお眼鏡に適うと思ったんだ。思った通りだったね」
きいぃ、この悪党っ!
ものすごい悪事の片棒を担いでしまった。あの、ユーシウス殿下の可愛いたくらみなんかよりずっと罪が重い気がする。
「……それより、もっと怒ってるかと思ったんだけどな?」
「何がですか?」
「キス」
「あぁ」
私はフっと鼻で笑ってやった。
「あんなの、別に挨拶じゃないですか」
そもそもあれはキスとは認めん。ただの「ほっぺにちゅー」だ。
「じゃぁ、改めてやりなおす?」
冗談めかして会長が手を伸ばしてきたので、今度こそ私は後ずさった。
「ご遠慮いたします」
「試してみたくなったら言ってね」
そしていつもの、底の知れない笑みを浮かべた会長によって、部屋に送ってもらい、この件はかたがついた。(はずだ。第二部はお断りしますよほんと、私これ以上付き合えないからね!)
それから数日、会長には溜まっていた仕事があるとかで、数日をフォレンディアで過ごした。先に帰してくれたらいいものを、私まで足止めされてしまった。
まぁ、明け方の3時4時に一人で図書館に放り出されるのもちょっとアレなので、文句は言えないけどさー。
でも一回帰って私を送り届けて、改めて一人で仕事しに来たらいいじゃない。(ごろごろ)
私はする事も無く、姫君達と結託する事を警戒した会長により宰相室に缶詰状態のまま、一日中本を読んだりして過ごしていた。
つまり穂積さんのとこ(もう世界の名前も何もわからないし、どうせ彼女が何かおっきなことをするんだからこう呼んでいいよね)にいた頃と一緒。
朝起きて、一緒に朝食食べて、一緒のお部屋で過ごして、寝室まで送ってもらって、寝る、という……。息が詰まるわ!
あんまり退屈で、助手としてちょこっと手伝わせてもらったけど、まぁ確かにこの仕事は楽しいかもしれない。なにせ全体的に水準が低すぎて、ちょっと手を入れてやっただけで目に見えて成果が出る。
魔法を使える人間が王都のみに集結して特権階級の世界を構築する一方、一般の人々は教育も受けられず識字率も低く、貧しさの中で悪循環に陥る傾向にあるようだ。土木技術も未熟、衛生観念も未熟。
これは、なんか手が離せないという気持ちはわかる……。
そしてやっとお仕事の終わった会長に連れられて、私は地球に帰ってきた。ばんざい!
えー、現在時刻、朝の4時少し前です。いっそのこともう少しあっちで時間を潰して、もうちょっと常識的な時間に帰って来ればいいんじゃ……とも思ったんですけどね。
あんまり長居するとお勉強の内容どんどん忘れちゃう気がするし。会長も、私があっちに長くいるとボロが出そうで気が休まらないという事情もあるのだろう。
それに何より、私があの見張られ生活に耐えられない。監禁より性質悪くないですか?
サマードレスは泣く泣く諦めた。フォレンディアで似たようなものを仕立て直してもらったので、まぁ、いいさ。さすがオーダーメイドだけあって着心地も悪くは無い。
日傘とバッグは……ええ、なんとなく予感してた通り、会長がしっかり回収済みでした。ふ。ふふふ。ほんともう、なんですぐに帰してくれなかったんだろう。あぁ、恋人役に仕立て上げるためでしたね、アハハ。
館内は真っ暗で、当然人っ子一人いない。記憶する限り、この図書館で監視カメラが設置してあるのはカウンターの中だけだ。ということはその辺を避けて外に出れば、まぁ、大丈夫、かな?
「盛沢さん、こっち」
会長は手のひらにボールくらいの大きさの光の珠を乗せてすたすたと歩いていく。
その光の珠を見ているとケセラン様を思い出します。叩き落したくなります。でも正直懐かしいです。ケセラン様でさえ懐かしいのです。重症だね。
廊下の突き当たりに不自然に貼り付けてあるダンボールをめくると、そこには忘れられたような窓があった。あ、ガラス割れてる。なるほど、ここから出て、外からダンボールを戻しておけばバレないと。……なんでこんなの知ってるんですか、会長。
「子供の頃、オレの友達が割ったんだよ。それ以来ああやって誤魔化してあるけど、知ってる連中は今も利用してるんだ」
塞げよ。
まぁ、男の子たちってそういう、秘密の出入り口とか好きだよね……と思いつつ、会長に続いて窓をくぐった。
そうして、体感では2週間とちょっとぶりに、足の下に土を感じたのであった。