8月の脇役そのじゅうさん
「きゃあああああああああ」
悲鳴は私からではなく、扉の方から上がった。
ふ、やるじゃねぇか、会長さんよ。逃げられないように、あたかも、く、唇を重ねた(若干の動揺により言い回しが古い)かのように見せかけるとは。
実際は唇の横だったが、なまじ「意中の相手が恋人を連れてきた」ショックで混乱している姫君達に勘違いさせるには十分だった。
「……あらあら、まぁまぁ」
「か、カイトっ、なんて破廉恥なっ! 身支度もしていない女性の部屋で、そ、そんなっ」
うん、聞いていた情報の通りならば、多分悲鳴あげたのは三女で、暢気な声あげたのが長女、そして最後の、常識的なんだけど落ち着いて欲しい、非常に惜しいコメントが次女ですね?
あー、もー、またしても他人が先にパニックになったせいで冷めちゃったよ。私って本当に損な性格だなぁ。
まぁ、唇じゃなかったし、そもそもふぁーすときすとかじゃ無いし、犬に噛まれたと思っておくしかないかな……。てゆーかカウントしたくない。
ふ、私だって「ひとなつのこい」くらい経験済みよ! ……幼稚園の頃に。
祖父母の家の近所のお寺の子だった。2歳年下だったかな?それはもう可愛い子で、「くみちゃん、けっこんしてね?」「うん、いいよ~」ちゅー「えへへー」という、微笑ましいやり取りがあったのだ。
あぁ、想い出は絶対に壊したくないので、その子とは今後一生会うつもりは無い。だってきっとがっかりするから。
とにかく、ファーストキスでもないし、そもそもこれは厳密に言えばほっぺにちゅーの一種だ。外国に行って、そのくらい何度かされた事もあるし、べっつにぃ! けっ!
だからこれ以上動揺なんてしないもんねー。まいったか!(誰を負かせたいのかわかんなくなってきたけど)
そもそもあの「ごめんね?」は、ちゅーに対するものではなくて、「絶対、何が何でも協力してもらうよ」の謝罪だよね?
「あぁ、ちょうど彼女が目覚めたところなんですよ」
見られちゃったー、参ったな、みたいな顔するなよ、見せたくせに。
会長はぬけぬけと私を紹介しだした。
「ご紹介します。彼女はクミ。オレの恋人です」
馴れ馴れしく名前呼ばないで欲しいなー?
「クミ、こちらはフォレンディアの姫君方。右からレミア様、ルビア様、リリア様だよ」
ところで衝撃の事実です。お姫様達、見分けがつかないほどそっくりです。私には判別つきません。どうしろと。
全員、透けるような金髪でお目目はサファイアブルー。当然お人形さんのように整ったお顔で、背丈も同じくらいだし。髪型やら顔つき(これは性格によるものだろうなぁ)が違うので、慣れれば、しかも3人横に並んでれば区別はつくかもしれませんが。廊下でばったり単独で遭遇したらわからんなぁ。
それぞれが髪型を固定してくれてればいいんだけど。長女がシニョンっぽく結い上げていて、次女がストレートの腰まで、三女がくっるんくるんの典型的お姫様結い、と、これが決まってるのなら。
しかしこの3姉妹に迫られるなんて贅沢極まりないですよ。ある意味、同じ顔で性格の選択が可能、みたいな。
「は、初めまして姫君方。こんな格好で失礼します。クミと申します。えっと、か、かいちょ……うっ」
会長、と呼ぼうとした所で肩に置いてある手に心なしか力が入った。ひいぃ、プレッシャー! てゆーかいい加減どけろっ、そこをのけっ!
「か、カイト君からお噂はかねがね……」
「わたくしたちも、あなたのお噂は聞いておりましてよ。ねぇ、カイト?」
いち早く正気を取り戻した次女……えーとルビア様? が、なんか怒ったような口調で答えてくれた。いや、気持ちはわかるけど、わかるけど、理不尽だぁあ。
「とにかく、そのようななりではお茶もできませんわ。誰か! 支度を」
私の意見や都合など端から知ったこっちゃないようで、またしても寄ってたかってやってきた侍女の皆様にお支度させられました。
あぁ、そんな気合入れて飾り立てなくていいんで、ほんと。
で、お茶会です。ガーデンパーティのようなお茶会です。あぁ、風が気持ち良い。あっちとは気候が違っていて、お外で過ごすのに理想的な季節みたいですよ? 幸せー。
……のはずなのに、お茶会というより尋問会みたいな雰囲気が漂っているのは私の気のせいでしょうか?
隣に座っている会長からは「わかってるよね? おねがいしたよね?」という笑顔。
正面に座っているお姫様達からは「わたくしたちが見定めねば!」みたいな視線。
なんかちょっと胃のあたりがキリっとしたような……。やめてよー、空腹にそんなプレッシャーかけないでよぅ。あ、すみませんあそこのシフォンケーキ切り分けて下さい。どうもどうも。(もぐもぐ)
常にイニシアチブを取るのが身上なのか、ルビア様からの質問が始まった。
「それで、あなた方はいつ頃から恋人になりましたの?」
まず根本的に間違っています。私達は秘密を(不可抗力で)共有する仲なんです。あと、最近笑顔で無茶なお願いを強引に通そうとされる仲になりつつあります。助けて下さい。
「いえ、私達は別に……」
「あちらの時間で言うと、4ヶ月ほど前からです」
遮ったああああ!
「まぁ! たった四ヶ月で寝所に出入りする仲になるなんて!」
違っ! いや、確かに出入りされてたけど、そんな語弊のある言い方やめて、ちがうのにっ!
「あ、あの、私そんな」
「別にやましい事はありませんよ? それに、既に婚約した仲ですし、ねぇ?」
意味深に言うなっ! あと、とにかく遮るなっ!
「婚約なんてしてませんっ」
はぁ、やっと言えた。
「やだなぁ、クミ。あっちで婚約したじゃないか」
「あ、あれは……」
ただのロールプレイでしょ! と続けようとしたが、今度は暢気そうな声に遮られた。
「まぁまぁ、カイトがプロポーズしたのに、クミさんはまだちゃんとお返事なさってないのねぇ」
あのさ、みんな何で私にちゃんと話をさせてくれないのかな? 私に15分位お話させてくれれば、今回のこれが性質の悪い男に仕組まれた茶番だとわかりやすく説明できるんだけどなぁ……。
「えー、カイトふられちゃったの?」
ぷくーっ、と頬を膨らませて三女が言った。うわぁ、こんな顔しても可愛いなぁ。じゃなくて。しっかりしろ、私。なんとか糸口を見つけて誤解をとくのよ!
「いえ、振ったとか振らないとかいう話ではなくて……」
「ちょっとケンカしたんですよ」
……そろそろ拳で語り合おうか。手加減しろとか女の子殴るなんて最低とか、言わないからさ。一発でも貴様を殴れるのならもうボロ負けしてもいい。
私は机の下でぐっと自分の手のひらに爪を立てた。