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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
高校生編
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8月の脇役そのじゅういち

 翌朝から、私ではなく会長に対しての(だと思うんだけどどうだろう?)刺客が増えた。

 ざまぁみろ、脇役の意地を思い知れ、と言いたいところだが、会長と私はほぼずーっと一緒にいるわけで私もとばっちりを……喰わなかった。

 すごいなぁ、護衛の皆さん。廊下の端っこに寄ってしばらくぽけーっと立ってるだけで片付いていくよ。


 脇役の意地なんてこんなもんかぁ……と哀しく思っていたら、私がニセモノだと知っている数少ない大臣の一人が、焦った様子でやってきた。

「巫女様、騎士殿。王がお呼びです。すぐにとの仰せです」

 ……なんかとてつもなくまずい事が起きたことだけは、すぐにわかった。


 案内に続いて執務室に入ると、思いのほか派手派手しい装飾が目に飛び込んできた。ミントグリーンと金箔のアラベスク調か……。個人的に嫌いではないけれど、この年齢の王様の執務室にしてはいささか落ち着きが無いというか。


 その部屋の真ん中で、世界が終わったような顔をした王様が天を仰ぎ見て立ち尽くしていた。ほんと、なにがあった。

 王様が、油の切れたブリキの人形(見たことないけど)みたいに首を動かしてこちらを見た。ひぃ、こわっ。

 なに、例の殿下の事と何か関係ある? 断られた逆恨みであること無い事言ってこっちに濡れ衣着せた?


 彼は、どこか焦点の合わないような目でこちらを見つめ、やっと私達を呼び出した理由を話し出した。


 事の次第を聞かされて、私は思わず顔を両手で覆ってしまった。

 穂積さんが、穂積さんが……!

「駆け落ち……」

 しかも相手は黄色の、つまりええと、あれだ、「無精髭がワイルドさを引き立てている」国一番の腕利きの傭兵さんだ。


 ええええ、よりによって、ええええ?

「現在、ミュリウスとアルーシェシアが行方を追っているが……おそらく見つかったとて、そう簡単には姫君を取り戻せまい」

 その、聞いただけだと繊細そうな名前はまさか赤と青のお名前ですかね?


 あぁ、確かにこれはこの世の終わりだ。あんな大人しそうな穂積さんが、ノーメイクで美女と野獣の野獣役(魔法が解けた後の王子役は別人でヨロシク)ができちゃいそうなおじさんと駆け落ちだなんて。じゃない、世界を救う旅を放り出したなんて!

 どうすんだよ、誰がこの世界を救うんだよ。(未だに世界の終わりなんて真実味は無いけど)


 あぁ、でも、これは第二王子様、不祥事ですな。世界を救う旅に出ながら、その護衛対象をロストしたあげく奪還の見込みなしとは。

 よかったね、ユーシウス殿下。あなたが手を汚さなくても、彼は何らかの形で左遷されるんじゃないかな。巫女姫奪還するまで帰国は許さぬ、とかな。

 で、脇役仲間のことは良いとして。どうするおつもりですか?


「こうなっては仕方が無い。そなたも、巫女姫と共にこの国に降り立った乙女。ならば本当の巫女姫はやはりそなただったのかも知れぬ」

 すごく強引に、事件を無かった事にしようとしてる?

 巫女姫は未だわが手の内に、とか思いたいのはわかりますが。ほんとに、私はニセモノだから。役立たずだからぁ!


「月神様の神殿に赴いてもらう。そして月神様の怒りを、その命でもってなだめて欲しい」

 はい、今まずい事聞いたと思う人、手を上げてー。(はぁい)今、命って言ったよね? 命って言ったよねー?


 えーっと、もしかして巫女って、生贄になるものなの? 生贄になって神様ごめんなさい、ゆるしてぇ、ってお願いするのが巫女なの? そりゃ、事実を知ったら穂積さんも逃げるわ。

 そっかぁ、傭兵さんは穂積さんの境遇に同情して、世界が滅びるかもしれないと知りながら、連れて逃げてくれたんだね。それじゃぁ穂積さんも惚れてしまうかもしれませんな……。

 でも現段階の逃避行を駆け落ちと判断するのは勇み足というものだな。傭兵さんのほうも、「幸せにしてやれなかった妹に似ている」とかで逃がしたのかもしれないし。実際のところはどうなんだろうなぁ。

 って、暢気に二人の逃避行に思いを馳せている場合ではない。私、ぴーんち。


「もう体裁を気にしてはおられぬ。わが国の部隊を一緒に派遣いたす。逃れられようとは思わぬことだ」

 王様が手をあげると、大臣の一人がさっと扉を開けて兵士たちを招きいれた。

 私達を護衛してくれてた人達も混ざっている。捕獲するつもりか。


 うわぁ。えー、ちょっと、私が死んでも絶対世界に影響なんてないよ? まさかの無駄死に?

 あぁ、そうか、主人公の行動の陰で失われていく命、そしてそれを主人公が知って罪悪感に苛まれ、償いのために世界を変えようと立ち上がる、というアレの布石か……。


 短けぇ夢だったな……。と諦めのため息をついた。

 そう、脇役の命なんてこんなものさ。この期に及んで未だ現実感をはっきり感じられないのは、心を守るための何かのシステムなのだろうか。

 確か小動物が肉食動物に捕食される時、脳内物質の働きにより身体は弛緩し、思考は鈍ってむしろ幸福感を得られるようになっていると聞いたことが……。って私はウサギさんかっ!


「じゃぁ、帰ろうか、盛沢さん」

 やっぱり大人しくやられてなるものか、と闘志を燃やそうとした矢先、またまた会長の邪魔が入った。帰ろうかって、帰ろうかって……帰ろうか、って。はぁ?


「生贄なんて非生産的な方法でしか救われない世界なんか、放っておけばいいよ。帰ろう」

 え、えー?

「穂積さんは?」

「彼女は、盛沢さんが困った立場になるかもしれない可能性を知ってて逃げたんだから、いいんじゃないかな?」

 ちょっといいですか。

 会長、ちょっと辛辣すぎませんか? 地が出まくってませんか? ここ最近ちらちらっと片鱗が見えてはいたけど、もしかしてものすごーくドライな性格じゃありませんか? 普段みんなに優しいのはその方が簡単だからとかですかっ?


「でも、どうやって」

 まぁ、帰れるなら帰りたい。この世界が滅びそうだからといって命を捨てるほど思い入れは無い。衣食住の恩義はあれども、ギブアンドテイク。私は代役としての務めをきちんと果たした。

 あくまで代役なので、本物のお仕事なんかできません。


「一回、フォレンディアを経由すれば簡単だよ」

 ……文脈から察するにそのフォレンディアとやらは会長が呼び出されるあの国だろう。ってゆーか。

「……もしかしていつでも帰れた?」

「まぁね」

 こっ、殺してやるっ! いまならやれる気がする。後にも先にもこんなチャンス無いくらい、殺れそうな気がする!


 しかしここで殺しては私もそのまま生贄のバッドエンドなのでぐっと我慢した。

「でも、この前お願いした事もよろしくね」

 …………ぁ。


 そうして大変グダグダのまま、警戒して少し遠巻きに取り囲んでいる人々の前から、私達は何の説明も無しに、消えた。

 びっくりしただろうなぁ。私もびっくりしたよ……。

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