8月の脇役そのじゅう
と、いうわけで会長には「気分が優れないので夕食はお一人でどうぞ」と伝えてもらった。気分が優れないのは本当なので、またしても嘘はついていない。私、嘘って苦手だから! (にこにこ)会長みたいにしれっと嘘つけないから。(にこっ)
……と、ヤツに言いたいなぁ、いつか。
そして全然くつろげそうに無い食事が始まった。会長と一緒でも大してくつろげないけどな、地を隠すのに苦労して。(なんか最近色々ばれてる気がするけど、悪あがきを止めたらそこで試合終了だ)
給仕には下がってもらい、完全に二人きりになると、悪巧みのお時間が開始した。
「単刀直入に申し上げますと、騎士殿ではなく私と結婚していただきたいのです」
……ふ、こんなことで今更私が飲み物を噴出すると思ったか! この程度、予測済みよ!
「私の父は現王の第一子であり、正当な王位継承者なのですが……」
恨み言とか日々の愚痴とかが長いので割愛して纏めると、こうだ。
穂積さんと一緒に旅立った第二王子(赤の筋肉達磨)の人望がすごすぎて、自分の父の王位継承権が脅かされている。(気がする)
そこで、月の巫女と婚姻を結ぶ事で自分の地位を確実なものにし、できれば第二王子を「軍部を悪戯に扇動しクーデターを企てた罪」で失脚させ、闇に葬りたい、と。
……あぁ、うん、体育会系のノリってたまにすごいもんね。いかにも文科系っぽい君がドン引きして危機感覚えるのも解るよ。すごく。
正直な所、動機も結果もどうでもいい(だって結果は穂積さんがついた人が勝つに決まってる)私は、脇役らしく利用されるべく、頷こうとした。だって断って実力行使とかされたらやだもーん。それに、大変単刀直入に悪巧みの内容を話してくれた根性も気に入った。
もし彼が、しらじらしく「お姿を初めて見た時から私の心はあなたに捕らえられて……」とか懐柔策で来たらこっちも「私には心に決めた方が……」とか「けれども私はいずれ帰らねばならぬ身です」とかあしらおうとしたかもしれないけど。
けれども大変手っ取り早く事を進めようとするその合理性、私に通じるものがある。(4月の赤井君と青井さんの時みたいにね!)
そして、王族でそれなりに美形、なのに表舞台に立てない、というところにもなんだかとても共感を覚える。
そう、私達は踏み台なのだ。仲良くしようじゃぁないか。コテンパンに伸される役でもな。
確かに、私は頷こうとしたのである。
「お断りします」
頷こうとしたんだけど、扉の内側に、いつの間にかにっこり笑って立っている誰かさんの姿を見つけて心にも無いことを言ってしまったんですよ、この口が。
コワイヨ。いつからそこにいたんだ、どこから聞いてたんだ、とにかく怖いよ!
「姫君、ご気分が優れないとのこと、心配でたまらずお顔を見に参りました。思いのほかお元気そうで何よりです」
よく見てください、青ざめていませんか? あなたを認識してから、私の顔は青ざめて、引きつってはいませんか?元気そうにみえますかぁ?
「私という婚約者がありながら、このような時間に、いくら王族の方とはいえ異性を部屋に招きいれてしまうとは……いけない方だ」
流し目をされて一気に鳥肌がたった。ぞわあああああっ。
あんた、ほんといくらなんでも演技上手すぎるから! なんだその色っぽい目つきとかああもうこわいよきもちわるいよ。一体どこでそんなことおぼえたの、私はそんな子に育てたおぼえはありませんよっ! (そりゃぁそうだ)
ちょっと様子のおかしい会長は、そのまますたすたと長い足を動かしてこちらにやってきて、さっと私達「脇役同盟」の間に入り込んだ。
「失礼ですが、姫君は私の唯一のお方。この愛らしさに心奪われるお気持ちはわかりますが、どうぞ諦めてお引き取り下さい」
もにょっとする。心臓の後ろの辺りがもにょっとしてかゆい。居心地悪い。きーもーちーわーるーいー!
わざとらしいんだよ、どうせ密談の内容聞いてたくせに。
後ろ手で、会長がちょいちょいっと私を手招きした。それはあれか、ぴったり自分に寄り添えって合図か。芸が細かいですね。
だがことわる! 演出過剰はボロをだす危険性を伴っているぞー。
と抵抗していたらいきなり勝手に身体が動いた。うええええ?まさか、かいちょおおお?
ふらっとよろめくように数歩の距離を歩かされて、会長の背にしがみつくような状態で止まる。
ちょっと、これセクハラですよ。人の身体勝手に操るとか、反則でもやっていい事と悪いことが……あぁ、いいのか反則だから。そうか。
「可哀想に、怯えて……。おそろしい悪巧みを聞かされましたね」
怯えているのは会長に対してですが。
なんだよー、悪巧みって言っても古式ゆかしい定石どおりで、笑えるほど穴だらけで、さすがだぜ脇役、という可愛いものだったじゃないさ。そんなちっさい陰謀一々潰すとか、細かいこと言ってると……って、はっ、そういやコイツ、よその国で宰相様やってるんだった。
そうか、陰謀叩き潰すのも仕事のうちか。こんなところでお仕事スイッチが入っていたのか。苦労性だな!
「いえ、国を憂うあまり、気持ちだけが急いていらっしゃるのでしょう。落ち着いて考えれば、そのような恐ろしい考えは早計であるとお分かりになるはずです」
だから見逃してやって下さい。なんか他人とは思えないんです。ほんとごめんなさい。
未だに名前も知らないけど、その薄緑の人は可哀そうな人なんです。
「……姫君がそうおっしゃるのであれば。賢い選択をなさると信じておりますよ、ユーシウス殿下」
それで、睨み合いは終了した。あーよかった「者共、であえぃ!斬り捨てろ」な展開にならなくて。
ユーシウス(っていう名前だったらしい)殿下は、会長をものすごい目で睨み付けながらも、黙って部屋を出て行った。
あー、こりゃぁ明日から、さらに暗殺の危険度が増したんじゃないですかね……。
「危なかったね、盛沢さん」
一仕事終えた清々しい顔で、会長が振り返った。ちっ、余計なことを。
という態度は微塵も見せずに、そうね、と頷いた。
「二人でお話したいって、まさかあんな内容だったとはね」
「どんな話だと思ってたの?」
「う~ん、世間話とか?」
くてん、と首をかしげてとぼけてやると、会長はできの悪い生徒を見る先生のような顔で笑った。
「だとしても、だめだよ、こんな時間に婚約者でもない異性と二人きりになるなんて。護衛の人があわてて知らせてくれたんだよ。『清らかな巫女様が、手の早い殿下の毒牙に掛かってしまうかもしれない』って」
あぁ、なるほど。それでわざわざ様子見に来てくださったのね、ご苦労様。
「なんとなく、そういう雰囲気ではなさそうだったし、いいかなーって」
いいじゃないか、お話くらい。
それにもし万が一、許容範囲内の王子様が言い寄ってきたなら、私はそれにときめく権利がある!(と、思うんだけどだめかな、脇役はもっと控えめでいるべきなのかな)
「でも、もう少し自分を大事にしないと」
私にとって私以上に大事なものなんか無いからどうぞご心配めさるな。
「はぁい、わかりました。じゃぁ、もう寝るね。おやすみなさい」
お説教は結構ですから早くお部屋に帰るといいですよ?
会長はまだ説教し足りないという顔であったが、大人しく「おやすみ」というと部屋を出て行ってくれた。
うんうん、普段から我侭なお姫様に振り回されている人って諦めが良くて助かるよ。