三月の脇役 その十
ヒロインの「おかえりなさいっ」には、にこっ、でもにやっ、でもにぃっ、でもいいから、とにかく笑顔で「ただいま」が基本だと思うの。
ところが何故か、帰って来た主人公チームおよび米良さん連合は、真顔でこちらを凝視した。
な、なんだよぅ。
「なぁ、この子ハートのいもーとかなんか?」
ちょっと高めの可愛い声。
真ん中の男の子(この子がラストエッジ君なんだと思う。男の子にしてはちっちゃめで、童顔だし)が、私をまっすぐ指さした。
あぁ、なるほど、そゆことね。私がハートさんに似てるからビックリしたのね。
「いや、他人の空似だぜ?」
「え、でもさぁ……」
なぁ、と主人公チームが頷きあう。えー、そんなに似てるかなぁ?(照れ照れ)
「じゃあなんで、そんなカッコしてんだよ」
「え」
ラストエッジ君の言葉に、もしや、と気付く。おそるおそる自分の身体を見下ろした。
……ああああ! 猫耳尻尾付きメイド服肉球グローブのまんまだったあああああ!
どうりでっ! どうりで窓が開けにくいと!
「ち、ちがっ! これはちょっとその、出来心でっ!」
いやほんと人間って思い込みの生き物だよねっ!
なんかさぁ、みんなが無事に帰って来たと思ったら色々吹っ飛んじゃって。直前まで自分が何をしていたか忘れちゃって!
すっかり通常モードのつもりで降りてきちゃったよこんちくしょー。
「どーしたの盛沢さん。かわい~。似合う似合う」
米良さんが非常に「女友達」らしい褒め方をしてくれた。そうだよね、他にコメントのしようがないよね。でも、違うんだ……!
「ちがうの、違うんです。私……」
駄目だ、私今パニクってる。だってもう、「違う」以外の言葉が出てこないもん。あぁいっそ、この場で地中深くに埋まってしまいたい!
「私、わたしっ……。き、着替えてきますっ!」
耐えられなくなった私は、資料用にあとで写真、という米良さんを振り切って、とりあえずその場から逃走することにした。
そして、主人公チームが帰るまで(ハートさんの)部屋のドアにバリケードを築いてひきこもった。
いーんだもん、主人公達と親交を深める必要なんてないんだもん。だって私、原作介入トリップもののヒロインじゃないもの。(めそめそ)
*****
翌日。空白の三日間についての報告会が始まった。
まぁ、私もずっとひきこもってるわけにもいかなかったしね。出席することにしたよ。ってゆーか昨日もお客様が帰ったあとはちゃんと出てきてたし! 恥ずかしかったけど。
でも、クローバーさんがここぞとばかりにからかおうとするから開き直る事にしたんだ。
あぁそうさ、興味があったさ! だってハートさんの服かわいいんだも~ん。
開き直ってしまえばこちらのもので、ハートさんと米良さんと、初対面のダイヤさんまで一緒になって加勢してくれて、見事クローバーさんをやりこめることに成功した。ふふふ、思い知ったか女の恐ろしさを!
そういう方向で一致団結したお蔭で、私はあっさりと『Nobody』の(女性陣の)皆様に、馴染んだのである。
そう、そうなんだよ。米良さん達ってば『Nobody』の幹部さん全員連れて帰って来ちゃったんだよ、オリジナル含めて。
ご挨拶させてもらっちゃったよ、みなさんと。
カップさんはまず、私を見て大げさなほど驚いた。そんで、目を潤ませた。
あ、アレ、なんか手越さんの反応に似てる。手越さんしゅげぇ! と変なところで感心させられた。
コインさんは、なんというか……。私の周りにはあまりいなかったタイプだなぁ。口調は下町のおばちゃん風で、割と体格がいい。腰のところにしがみついているダイヤさんのオリジナルだなんて、どうしても信じらんないんだよ……。
ダイヤさんは一見、人見知りで恥ずかしがり屋さんのロリっ娘だからな。中身はえげつない系だけど。
クラブさんは、クローバーさんと見た目は瓜二つながらインテリだったりする。
部屋の中でも白衣着てるとか、キャラ作り必死ですね、って心の中だけで言っておいた! 腹が立つと銃をぶっ放すところだけはそっくり、っていう設定だったから。
ソードさんは紳士風だけど何考えてるのかわからないをじさま(あえて旧カナ)で、スペードさんはその若かりし頃の姿で、感情が欠落したキャラ。この二人は挨拶だけですませた。怖かったんだもん。
原作通りだと複雑な感情と憎しみで大変なことになるからあまり長時間同じ部屋になんて置いておけないんだけど、狭間の世界とやらで色々氷解したのか、憎まれ口をたたき合いながらもみなさん雰囲気は和やか。
だけど夜通しおしゃべりするわけにもいかないし、さすがに寝室が足りなかったから、オリジナルのみなさんはどこかのホテルに泊まるために夕食前にいなくなっちゃったんだよね。
ちなみに私と米良さん、リビングのソファで寝たよ。
ハートさんの部屋は広いから、ほんとは4人で眠られたかもしれないんだけどさ。肝心の布団がね……。そうだよね、敷布団常備してるような家じゃないよね、ここ。
クイーンサイズのベッドにきゅうきゅうに詰めるという案もあったんだけど、米良さんがどうも、寝相悪いらしくて。
今朝も、足だけソファーにのせて、頭は床に落っこちた状態になってたしなぁ。ビックリしたぁ。
そんなわけで一晩明けての報告会となったのでした~。
参加者はオリジナル4名、クローン4名、米良さんと私。
ライオンと一角獣は、完全に召使い状態で、無言のままお茶をサーブしたりお菓子を取り分けたりお皿を下げたりと、忙しそう。
私は居残り組代表として、グリフォンを倒したこと、逃げて潜伏していた事をかいつまんで説明した。
と言っても、計画通りだったから特にこれといって報告する事なんかないんだけどなぁ。
「貴女の存在はイレギュラーだったけれど、よくやってくれたわね」
ふんわりと、カップさんが微笑む。窓の近くの揺り椅子にゆったり座っているその姿はどこかの聖女様みたい。とても犯罪組織の幹部には見えない!
おいでおいでと手招きされたので、素直に近づくと、やさし~く頬に手を添えられた。
「ほんとうに……。あなたも私の『娘』なんじゃないかって気がするわ」
「あ、ありがとうございます?」
えーと、まぁ、光栄なんですけど私ふつーの人間ですし。父も母も健在ですし。
今回の事もたまたま、本当にたまったま関わっただけですのでだからそんな、組織に勧誘とかやめてください私は日向を生きるんですっ!(びくびく)
「じゃ、今度はわたし達ね。あのね、盛沢さんに連絡するまでは、大体計画通りだったんだけど」
「嘘つけ。桃果、てめーのせいで随分ヤバい橋渡ったじゃねーか」
「そーねぇ。あちこちで物を倒すんだもの。ヒヤヒヤしちゃったわ」
「そっ、それは! でも、ばれなかったからオッケーってことで!」
それに関してはね。わかってた。物を倒すのは米良さんの仕様だから。あー、忠告しといてあげるべきだったかなぁ……。
「私達、主人公チームが最後の説得しようとしてるところで、『白の騎士』を後ろから不意打ちする予定だったじゃない? それがね~、刃クンに気付かれちゃってさぁ」
そりゃ、腐っても前世は凄腕の暗殺者だからねぇ。気配に敏感って設定もあったし。
プロであるクローバーさんとハートさんだけならともかく、米良さんがいたんじゃなぁ。
「あわてて『し~っ』ってしたんだけど、刃クンってばクローバーさん見てすっごいビックリして! 指さして叫んだんだよ。それで『白の騎士』に気付かれて、まず一発喰らっちゃって」
「うわぁ、迷惑な……」
あー、現世の性格は考えなしの無邪気お馬鹿っ子って特性もついてたもんね。表情豊かで可愛いとか。
確かに主人公が突っ走り気味だと、物語が進みやすいからなぁ。でもなんて迷惑な子だろう。特に隠密行動する側にとって。
じゃぁ結局、不意打ちは成功しなくて、正面から戦いを挑む羽目になったわけか。それであんなに満身創痍だったの? 三日間帰って来られないくらいに?
「大変な戦いだったんだね」
「ほんと大変だったぁ。壊したはずの『ネズミ捕り』が、何故か壊れてなくてね」
それ致命的ミス! 「ネズミ捕り」っていうのは「白の騎士」の、いわば奥の手で、漫画ではこれのせいでラストエッジ君以外全員が戦闘不能になるんだよ。
一番、壊しておかなきゃいけないトラップだったのに。
「『白の騎士』も巻き込んで発動しちゃって、ほんと死ぬかと思った~」
「あれもてめぇが変なとこでコケやがるからっ!」
「あら、そこで支えてあげられなかったアンタも不甲斐ないんじゃないの?」
「るっせぇな、本調子じゃなかったんだよっ」
「あっはっは。ごめぇん、クローバーさん」
あっはっは、って。
え、米良さんって、去年までは普通の、漫画家志望の女の子だったよね? 歴戦の戦士とかじゃないよね? なんでそんな順応早いの。
「お蔭でアタシまで『狭間の世界』とかいうのに飛ばされちゃって。……アナタ達、不安だったでしょう」
ハートさんは、まるでカップさんみたいな微笑みを、サーブ中のライオンと一角獣に向けた。
……なるほど、人心掌握ってこうやるんだぁ。(めもめも)