三月の脇役 その四
世の中にはあからさまに怪しいクセして「おいら怪しいモンじゃないよ」なんて平気でぬかす輩がいる。あれって逆効果だと思うの。特にこの世界みたいに、隙を見せたら即アウト! みたいなところではね。
というわけで、まずは相手の言い分を認め、それから打ち消すべし。
ほら、あれよあれ。イエス、バット法ってやつよ。
「いきなり現れた私は確かに怪しいです。認めます。警戒なさるのは当然のことですし、私だってビックリすると思います。でも、私はけっして、あなた方に害を為そうとする者ではないんです。ただの非力な大学生に過ぎません。ここに来たのも本意ではなく、やむを得ない事故に巻き込まれたためです。こちらにいるクローバーさんが身の潔白を証明してくれるはずです!」
きりっ!
なるべく誠実に見えるように。そしてナメられないように。私はまっすぐ、段上のハートさんに向かって頷いた。
しかしハートさんはやれやれと首をふって、椅子に深ぁく腰かけてしまった。え、なんで? 何がいけなかったの? 即興の演説としてはよくできてたと思うんだけど。
ライオンと一角獣も呆れたように首ふってるし! 解せぬ。
「あのねぇ。ただの非力な大学生が、この状況でそんなにしゃんとしてられるわけないじゃないの」
もうちょっとマシな嘘ついたらどうなの、とハートさん。
「刃物にも殺気にも慣れているようだな」
とても素人とは思えん、とライオンさん。
「警備システムに引っかからずにここに入って来たくらいだしねぇ」
随分かくれんぼの上手な大学生だね、と一角獣さん。
ば、バカな、満場一致でこの上なく怪しい認定されただとぅっ?
いや違うんですよ、堂々としているのは不本意ながら場馴れしちゃってるせいだし、刃物も殺気もなんつーの? 感覚マヒしてるってゆーか。そして警備システム云々はですね、引っかかりようがないんですよ、いきなり現れたもんで。
と、いう主張をなんとか誤解されずに伝えたいのだがどうしたらいいのだろうか。
相手はヤンキーみたいなもので、ナメられたら負けだと思って必要以上にキリッとしすぎたのが敗因なんだろうけど今更下手にはでられにゃい!
おかしいな、クローバーさんの時はこういう態度ですんなり言いくるめられたのに。
「でもスパイにしちゃ、身体がふにゃふにゃだよね」
ぐい、と私の右腕をねじり上げる一角獣。あイタタ、痛い、いたいから!でも悔しいからおびえたり声上げたりなんてぜったいしないぞ!
ぎゅっと眉をしかめる私にライオンが顔を近づけた。
「む? お前……」
そのまま前髪を掴まれ、顔をあげさせられる。ひぃ、なんだこのバイオレンスな図。でも、お蔭で刃物が首から離れた。ほっ。(こんなことでほっとしちゃう女の子ってどうなんだろう)
彼はじーっと私の顔を見つめ、そしてハートさんへと視線を移した。それからもいちど振り返ってこちらをしげしげと見つめる。
あ~、もしかしてアレですか。ハートさんと似てるネタ再びですか?
「マスター、もしかして組織は次世代を作ったのだろうか?」
彼は困惑気味に、首をかしげた。
「次世代ぃ? ん~、そんな話も出てたような気がするけど。なぁに、そのコがそうだって言うの?」
「マスターに、似ている気がする」
「そうかな? どのへんが?」
「目と、唇の形が……」
「パーツだけじゃわからないなぁ」
ライオンを押しのけて、一角獣がこちらにその鼻面を寄せて来た。
いやあの、いいんだけど、あなたたちの視界でこの角度って、かえって見辛くない? だいじょぶ?
それにしても、側近さんにまで指摘されるってことはやっぱりちょっとは似てるんだなぁ。
ハートさんはお色気主体とはいえかわいくて美人さんなキャラだから、似てると言われて悪い気はしませんよ、えへへ。(それによって被る被害についてはこの際おいといて)
「その子がアタシの『娘』だって言うの? 完成したなんて報告はなかったわよ」
とうとうハートさんまで降りて来て、私は3人(という単位で統一する)に囲まれてしまった。
さすがに自分のご主人様のクローンかもしれないということで、私を乱暴に掴むのはやめたようだけど、顎を掴んで右向かせたり左向かせたり上へ下へとくるくる回すのはどうかと思うな! 酔うから!
「正直に答えなさい。あなた、アタシの何?」
唇が触れ合うほど近くに顔を寄せて、ハートさんは私の目を覗きこんだ。ご、ごくり。
わかるぞ、私にはわかる。ここが正念場だ。ここで答えを間違えたら、私の命は、ない。
「あ、私、は……」
なんて答えたらいいんだろう。なんて答えてほしいんだろう。ハートさんの表情からは正解が読めない。
あうあう、どうしよう。あなたのクローンです、って言ったら、カップさんがそうしたみたいに、私を保護してかわいがってくれるんだろうか。
いやしかし、ハートさんも、クローバーさん程ではないけれどクローンである事を悩んでいるような描写があったような気がする。やはりここは無難に、無関係だと思います、が正しい選択肢か?
ええい、ままよ、と思い切って口を開いたところで、私の決死の覚悟は台無しにされた。
「やめとけよ、ハート。そいつは無関係、他人の空似ってやつだ」
「う……ここは……?」
はい、このタイミングでクローバーさんと米良さんがお目ざめになられました。
私がっ、私が命を掛けた一世一代の大博打を打とうとしたこの瞬間にっ!
「よぉ、邪魔するぜ」
「え、ここって? えっ、えぇっ?」
「はぁい、クローバー。無様ねぇ。なぁにそのカッコ。ボロボロじゃない」
お腹の傷を押さえながら無理に嗤うクローバーさん。
トリップ初心者らしく、ここはどこ状態で混乱する米良さん。
私からすっかり興味をなくして、嫌そうに眉をしかめるハートさん。
……わ、私の立場は?
「バカだバカだと思ってはいたけど、アナタってばすっかりオカシクなっちゃったのねぇ」
一通りクローバーさんから事情説明を聞いた後、ハートさんはものすごくかわいそうなものを見るような目でため息をついた。
「思えば、どっかの工場ごと吹き飛んだ時もしばらく様子がおかしかったし。まぁ、休んだら? ここも、いつまでもつかわかったもんじゃないけど」
そう言って立ち去ろうとするハートさんに、米良さんが追いすがる。
「まってくださいっ! ほんと、ほんとなんです! クローバーさんが言ってる事は本当で、わたしの世界で、あなた達は……きゃっ」
「漫画のキャラクターだって言うのっ? バカにしないでよっ!」
ハートさんにふりほどかれて、米良さんが壁に激突した。さ、さすが悪の組織の女幹部、容赦ない力だぜ……。
「つまりこう言いたいの? ワタシ達はアナタ方の娯楽のために、こんな目に遭ってるんだって! スペードもダイヤも、アナタ達を楽しませるために死んじゃったっていうの? フザけないでよ!」
だよな。うん、わかるよ。その気持すっごくわかる。
ほのぼの日常系漫画ならともかく(それだってプライバシーの侵害だと暴れたくなるけど)、こういう殺伐とした世界だからなぁ。この世界で起こる悲劇のすべては、漫画を盛り上げるための演出だったのです、とか言われたらショックどころじゃないよなぁ。
受け入れちゃったクローバーさんのほうがすごいと思うの。
「そんな……。そういうわけじゃ……。わたし、『Nobody』の皆さんが大好きで。そりゃ、悪い事もしてるけど、みんな一生懸命運命と戦ってて、すごいなって尊敬してたんです」
うんまぁ、画面外で起こる非道徳なアレコレとか、なんの感情移入もなかったモブがどうにかなってしまったとか、そういうのって読者にとっては割とどうでもよかったりするよね。
そもそも、日本の漫画では特に悪役がカッコいいんだ……! どんな悪人でも性格が気持ち悪くても変態的趣味があっても、美形だったら上方修正が付くんだ。
「だから、クローバーさんがわたしの世界に来た時、助けたいって思ったんです。そのまま残って、幸せになってほしいって。でも、クローバーさんは帰ってしまいました。あなた達を、捨てられないからって」
ほうほぅ、そんな理由で説得したんですか。
……滝川君との言い争いを立ち聞きしてた事は一生胸にしまっておこう。しかもクローバーさんも聞いてたんだよ、な~んて絶対に言えない言えない。
「でも、今度は! 今度は本当に、絶対しんじゃうから、だからっ!」
米良さんは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、床に膝をついた。
「だから、私の話をちゃんと聞いて……。それで、みんなでわたしの世界に逃げましょう」
「……ハートよぉ。俺は、確かにバカだ。勝手に作っておいて失敗作だなんてフザけた事言われて、ムカついて、何もかも放り出してた。でもな」
クローバーさんは優しい手つきで、米良さんの頭を撫でる。
「バカでもわかるぜ。ここが漫画の世界だっていうなら、作者の思い通りに踊るなんて御免だ。そりゃ、負けるって事だ。違うか?」
どこからともなくとりだした帽子を被り、彼はキメッキメな角度でウィンクした。う、うわぁ。
「クローバー……」
「死んだはずの俺がまだ生きてンだ。世界に、ひと泡吹かせてやろうぜ!」
「うん……。うん、クローバーさん」
クローバーさんを中心に心が一つになっていく様子を眺めつつ、私はふと思った。
……私、さっきから空気扱いされてないか?
*クローンは、あくまでも一卵性双生児の妹、弟を作る技術ですが、カップさんはハートさんを『娘』と称しています。
故に、ハートさんも次世代かもしれない盛沢さんの事を『娘』と言いました。
……まぁ、クローンと言っても遺伝子いじったり混ぜたりしているので、本人そのものではないんです。