三月の脇役 その三
例えば。
頭を強く打った衝撃で記憶を飛ばしていた人物に、同じ衝撃を与えたら思い出した。
ぶつかって気絶して、起きたら人格が入れ替わっていたという二人が、同じ状況を再現したら元に戻った。
或いは(これは応用編になるかもしれないけれども)、Aという装置からBという装置に転送される際に異物が混入し融合してしまったが、逆のプロセスを辿ることで無事に分離に成功した。
……どれもよくあるパターンである。そろそろ古典的パターン、と呼んでもいいかもしれない。
特にこの3番目なんて、似たような事を光山君もやっていたはずだ。えーとほら、あれは確か高校三年の秋祭りの時! 金魚すくいの中に混じっていた、可哀想なお姫様に掛けられた呪いを解くにあたって、彼は確かに「痕跡を辿ってなんちゃら」と言っていた。
うん、絶対言ってた。
だから私は、クローバーさんのトリップ現象も「ちゅどーん」を再現すればいいのだと勝手に思い込んでいたし、実際彼には、一度ソレで『Reincarnation of the last edge』の世界に帰った実績がある。
ところがどうやら、クローバーさんのトリップの引き金は「ちゅど~ん」ではなかったらしい。
降ってくるだろうと思っていたガラス片の衝撃を、なぜだか全く感じなかった私は、それでも用心のために心の中でゆっくり30数えてからそぉっと目を開けた。
初めに目に飛びこんできたのは暴力的な赤、いやむしろ紅。2、3度瞬きして目が慣れると、それは紅い絨毯である事が判明した。
……おかしいよね、だって化学準備室の床は灰色のPタイルだったもん。しゃがんで目を閉じる寸前まで、赤い色なんて目に入らなかった。あ、クローバさんが負傷してたから、ちょこっとはまぁ、見たかもしんないけど。
なにより薄暗いし。そりゃ確かに夕方だったけど、この暗さはむしろ、窓を閉め切ってわざと照明落としている、つまり意図された暗さだ。
とにかく、ここは元の化学準備室ではないな、というのははっきりした。
おーけい。つまりアレだね、またトリップしちゃったんですね、こりゃ。当然あの物騒な漫画の中なんだろうなぁ。
はぁ、とため息をついて立ち上がると、広がった視界の中、倒れたままのクローバーさんと米良さんの姿をとらえた。あぁよかった。単独でトリップしたんじゃなくて。
私は改めて周りを見回した。
絨毯は縦長の部屋の中央にまっすぐ敷かれていて、いわゆるレッドカーペットなのだろうと思われる。床自体は赤と黒の市松模様で、あんまり目に優しくない。
個人的な好みで言わせてもらうと、床は木材で、高級感出すならヘリンボーン張りくらいが上品だと思うよ、うん。いやまぁ、住んでる人の趣味次第だけどさ。
えー、気を取り直して、確認作業の続きだ。右よ~し、左よ~し。(両方とも、赤い壁に規則正しく黒い燭台が並んでいるだけ。ところどころ絵が飾ってあるけど、抽象画って価値がよくわかんにゃー……)
後ろを振り返れば、ここは魔王城か何かですか? と突っ込みたくなる両開きの扉。毒々しいほどの薔薇のレリーフに軽く引いた。
そして、前はというと、ずず~っと絨毯を辿って行った先に5段程上がる緩やかな階段があって、立派な紅いカーテンの向こうにこれまた紅い椅子がでで~んと置いてある。
そんでもって、誰かが腰かけている。
ハートさんですねわかります!
ひいい、どうしようどうしよう! クローバーさん寝てるのに! 多分メインヒロインである米良さんも寝てるのに、私は一体どうしたら!
つーか、なんで黙って座ってるんだよ怖いじゃないか。何か言って! なんでもいいから誰何するなりなんなり、とにかく行動して!
「……あ、ども。お邪魔してます」
心の中でひとしきりテンパった揚句、私の口から出たのは間抜けな挨拶だった。ぐあぁ、私は馬鹿かっ? これじゃ挑発してるみたいじゃないか?
「オキャクサマを招いた覚えはないんだけどぉ?」
ハートさんはつまらなそうにそう言うと、足を組み替えた。
ほわぁ、今日の衣装のコンセプトはなんですか? 小悪魔ですか? 綺麗なあんよが丸出しですよ。
「ねぇ、そこに転がってるのって、もしかしてクローバー?」
「あ、はい、そうです」
「ふぅん……。てっきり死んじゃったと思ってたのに」
「生きてますよ……たぶん」
少なくともさっきまでは割と元気だったはず。怪我してフラフラだったけど。
アレ、生きてるよね? 息してるよね?(つんつん)
「アナタ、仮にも『Nobody』の幹部を足でつつくなんて正気? ソイツ、目を覚ましたらアナタなんかすぐヤられちゃうわよ?」
「え、だって、近付き過ぎるの怖いですし……」
お行儀の悪さはこの際おいといて、手でつつくよりはまだ距離をとりやすいじゃないか。防衛本能ですよ。お、唸った。じゃぁ生きてるな。
「よかった、生きてますよ」
「そ。それでぇ?」
ちゃき、と右後ろから銀色の何か、って回りくどいな。この世界じゃ刃物に決まってる。刃物が右後ろから首すれすれに突き付けられた。続いて左側からも。
うふふ、もうヤだこんな生活。
「お前は誰だ?」
「嘘ついちゃダメだよ?」
説明しよう!
この『Reincarnation of the last edge』という作品は、基本的にトランプ、タロットカードをメインモチーフにしているのだが、ハートさんエピソードには更に、かの有名なアリスの要素が付随してくるのである!
まぁ、ハートときたらやっぱりハートの女王だよね、うん。
アリスをモチーフにした作品でありがちなのは、『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』を混ぜてしまうことなんだけど、これも例によって混ぜ混ぜである。
一番広く知られている、某ネズミ王国のアリス自体がそうだったし、その手法に文句があるわけじゃないんだけど。(でもなんか、もったいないよなぁ、と思ったり思わなかったり?)
んで、ハートさんは普段、トランプの兵隊(これがまた本当にトランプで、イキモノじゃぁないんだなぁ)に守られたお屋敷にいるわけです。
お付きのトランプ達には基本的に意思などなく、人工霊魂(?)とかいうのを憑依させて動かしている、という設定だ。
でもやっぱりそれだけじゃぁ寂しいので、一応意思をもったお付きの者が二人いる。
ここまできたら「あぁ、アレね?」って思うよね。双子だろ? って。ディーさんとダムさんだろって。そんでもって、可愛い系の美少年なんだろって。
ぶぶー。正解はライオンと一角獣でした~。ははは、残念でした!(おもに私が)
……うぅ、直立した怖い顔のライオンと、しゃべり方がいかにもSっぽい馬(角アリ)に刃物突き付けられてもこれっぽっちもときめかないよぉ。こわいだけだよぉ。
「黙っているとためにならんぞ」
「マスター、ねぇ、早く命令して?」
なんで敵同士のはずのライオンと一角獣が同僚で、しかも他作品のキャラクターであるハートの女王に仕えているのかはわかんないけど、たぶん作者さんが無駄にひねった結果なんだろうなぁ。 いまいちマイナーなキャラ出して、気付ける人だけ気付けばいいわ、みたいな? めんどくさい構ってちゃんか! と言いたい。まどろっこしい。
なんでも意味深にして適当なところで放り投げておけば、世間さまが勝手に「謎解き本」出して、それっぽい理由を後付けしてくれる世の中だからなぁ。
実際出てたし。『Reincarnation of the last edge 666の謎』とかいうの出てたし。多すぎ! 放り投げ過ぎ!(とか言いつつちょっと立ち読みしちゃったぜちくしょー。時間の無駄だった)
首まわりにちりちりと痛みが走る。あ、こいつら本気だ。現実逃避する時間なんて与えずに、私の首刎ねる気だ。ヤだぁ!
「何も言わんのか。ますます怪しいな」
「怪しいよね。怪しくない要素が見当たらないよね」
それはもっともだと思ったので、私は精一杯の誠意を込めて叫んだ。
「私、怪しいけど怪しい者じゃないんですっ!」
本文中にちょこっと出て来た「秋祭り云々」は、8月末発売予定の『脇役の分際』2巻書き下ろしのお話です。
11月の大幅改稿、他、エピソードの付け足し等々がんばりました!
……と、宣伝してみる。