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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
170/180

三月の脇役 その二

「3-Lに戻りたいな……」

 カラオケ店から出て、じゃあこれで解散かな~、という雰囲気を打ち破ったのは青井さんのセンチメンタルな一言だった。彼女ってば、歌う曲歌う曲、ぜ~んぶバラード(しかも失恋、お別れの曲ばっかり!)だったから引っかかってたんだけど、やっぱり何かあったのかしら……。

 正直、バラードは一回のカラオケにつき1、2曲に抑えてほしいんだけどな。反応し辛いから。


 まぁとにかくそんな、何かあったのかもしれない彼女が「思い出の場所にみんなと行きたいな」と言いだした。

 あの頃が一番楽しかったとか、たった一年なのに変わっちゃう気持ちってあるんだねとか、もう一回高校生活やりなおしたいとか、ほんと何があったんだ青井さん!

 あ、いや、ヤだよ。聞かないからね、誰も「何かあったの?」なんて聞いてあげないからねっ?(だからちらちらっとこっちに視線寄越すのやめてえええ!)


 みんなも同じ気持ちだったようで、彼女の「誰かに聞いてほしいの攻撃」をスルーするべく、急遽「思い出の高校を眺めてから帰ろう計画」をたて始めた。高校の最寄駅で集まってたわけだし、けっして不自然な流れじゃないよね、うん。


 高校の最寄駅ということは我が家の最寄駅でもあるわけで、少々回り道にはなるけれども参加したくないとは言いだせなかった。私は空気が読める子。

 というわけで、登校時の面白エピソードやら魔の信号(球技大会の練習に私を遅刻させてくださった、あのありがた~い信号様の事)やら、楽しい思い出話で青井さん発する妙な空気をかわしつつ、私達は3年間(人によっては6年間)お世話になった学校へたどり着いた。


 春休みだから校門は閉ざされていた……というわけでもなく、私達はバス停近くの門からすんなりと足を踏み入れた。

 中等部、高等部に比べてかなり陰薄いから忘れられがちだけど、敷地内には付属短大のキャンパスの一部も含まれてるからね。さすがに校舎内には入りにくいけど、思い出語りするには十分だ。


 夕日に照らされた校舎を眺めながら、中庭のベンチに座って思い思いに感傷にひたること数分。

 び、びみょ~。なにせ2次会の後だし。歩いてる間にネタ尽きちゃったし。そろそろ帰る口実でも探すかな~、と私が口をひらきかけた途端、変な爆発音が響いた。


 あえて文字にするならば「ちゅど~~ん」という、いかにも、漫画的な、フザけたような。あっれぇ、あの音聞き覚えがあるよ? なんだろなー、嫌な予感がするな~。


「今の音、何かしら」

 根岸さんが、さっと立ち上がる。正義の味方は異変に敏感ですな。でも、これは宇宙警察のお仕事じゃなさそうだよ?

 さりげなーく、その、「心当たり」の化学準備室へと視線をやると、白い何かが見えた。何かって言うか、多分人影。ぐぁ~、やっぱり?


「あ、米良さん、どこいくのっ? あぶないよっ」

 水橋さんの制止を振り切って米良さんが校舎へと走り出した。私と同じく運動苦手のはずなのにえらいスピードだよ、すごいよ。

 しかし、正義の宇宙警察である根岸さんが見逃してくれるはずもなく、あっさり捕獲されているのがまた涙を誘うね。


「だめよ、危ない人がいたらどうするの!」

「あぶなくないよっ、お願い、行かなきゃ!」

 じたばたと暴れる米良さん。正義の心と親切心ではがいじめにする根岸さん。なんだこのドラマ展開。そして私はどうしたらいいんだ?

 通常であれば止めるのが正しいんだろうけど、おそらく今、化学準備室にはクローバーさんが漫画から飛ばされて転がっているわけで……。となると、物語はすでに動き出しちゃってるんだから主役の米良さんを投入しないわけにはいかないわけで。


 おろおろと私が手を上げたり下げたりしている横で、助け船を出してくれたのは手越さんだった。

「根岸さん、行かせてあげて……。米良さんには使命があるのよ」

 使命となっ?

 ちょっとびっくりな単語に動揺した根岸さんが手を緩めた途端、逃げ出した米良さんは、躓きながらも校舎目指して一直線に走っていく。その背中を見送っている私に向き直った手越さんに、私はぞくっとするものを感じた。

 ヤバい。あの時とすごく、似てる。つまり、なんかのスイッチ入っちゃってる気がする。


「さぁ、貴女もいきなさい」

 すぅっと、校舎を指さして微笑む手越さん。夕焼けに照らされた横顔は、なんつーか、こう……よく言えば宗教画っぽく見えた。

 いやいや、そんな謎の微笑み浮かべられても困るし。

 いやいやいや、貴女の運命が待ってるわって、なんだよ私の運命って!


「盛沢さん、何か知っているのね?」

「え、いや、うん。……うん?」

「言えない事なのね……。ほんと、秘密が多いんだから」

「えーと、ごめん?」

「いいわ、わかった」

 根岸さんは曖昧な応答のあと、アッサリと頷いた。何がわかったんだ? 私こそわかんなかったんだけど!


「大丈夫そうだし、後の事は盛沢さんにお願いして帰りましょう。もうすぐ暗くなるし」

 彼女はぱんぱん、と手を打ってみんなの注意を引くと、解散を告げた。ええー、そうなんだ? なんでそんな信用されてんの、私。

「さぁ、ここは任せて、行きなさい」

 手越さんが、思いのほか強い力で私の背中を押す。うぅ、やだよ、やだけど……。

「「いってらっしゃい」」

 二人から言われたらもう、引き返せなかったのです。(私の意気地なし!)


 科学室の鍵は開いていて、私はそ~っと、なるべく音をたてないように中へ滑り込んだ。先生方に見つかりませんように、米良さんのヒロイン特質の恩恵にあやかれますように! と祈りながら。


 だってさぁ、考えてもみてよ。

 去年起きた原因不明の爆発事件が、今日、再び(いや、三度か)起こったんだよ? たまたま卒業生が遊びに来た日に起こった、と考えるよりも、遊びに来た卒業生の中に犯人がいる、と考える方が自然じゃない?

 しかも、あの時私も米良さんも、現場の近くにいたわけで……。あぁっ、もう、犯人扱いされる未来しか見えない!


 滑り込んだ科学室はいつぞや同様、いくつかの器具が破損して床にガラスが散らばっていた。

 え、もしかして滝川君のあと、錬金術引き継いだ人がいたりすんの? って今はどうでもいい。


 そぅっと、そぅっと。ヤバそうだったら一目散に逃げるのよ。

 ドキドキしながら準備室のドアノブに手をかけた。うぅ、心臓が過労を訴えている気がする。

 慎重にノブを回し切って、隙間を作ったまさにその時、オルゴールの音が響いた。

 ショパンのノクターン。はい、私の携帯で~す。アハハ……。

「だっ、誰っ?」

「ち、下がってろ!」


 バァン、と強引に扉を全開にされてたたらを踏む私の頭に、懐かしい金属の感触。

 い、いまカチって音がした、カチって! まさか撃鉄を起こしやがったか?

「すとっぷ、すとっぷ!」

 私はホールドアップして見せた。相変わらず携帯は可愛らしい音を立てている。あのぅ、とりあえず電話とっていいですかね?


「も、盛沢さんっ?」

 私に銃を突きつけるクローバーさん(思った通り満身創痍だった)の後ろから、涙目の米良さんが顔覗かせた。その手にはスマホが握られている。

 ……もしかして、私に電話掛けてるのは米良さんですか?

「よかったぁ! 誰にも言えないし、もう、盛沢さん呼ぶしかないって思ってたんだ」

 彼女がスマホを操作すると、ノクターンはぴたりと鳴り止んだ。

 誰にも言えないのに私を呼ぶってどういうコト? 私は物の数に入らないってこと?


「盛沢さん、あのね。聞いてほしい事があるの。実は……」

 米良さんはつっかえながら、私に事情を話し始めた。

 あ、や、ご親切はありがたいんだけど実は知ってた。クローバーさんが本物で、漫画から飛ばされて来たって、最初から知ってた。

 とは今更言えず、私はひたすら「そうだったんだ!」「ええ~」「そうなんだ~」をローテーションして聞き流すしかなかった。


「……だから私、すぐわかったの。漫画の方で、クローバーさん爆発に巻き込まれてたでしょう? だから、だから助けなきゃって」

「そうなんだ~。不思議な事もあるんだねぇ」

「信じてくれるの?」

「嘘じゃないんでしょ?」

「うん……。うん!」

 あー、荒唐無稽な話を信じてもらえた安堵感に浸ってるところ悪いんだけどさ。


「ところで、そろそろ銃を下ろしてもらっていいかな?」

 いい加減ホールドアップは疲れちゃった、とお願いすると、米良さんは目を見開いてごめんなさいっ、と頭を下げた。

 その頭がクローバーさんのわき腹にヒットする。しつこいようだけど満身創痍のクローバーさんは支えきれずよろけて……。


   ぱん!


「ひょああああ!」

 不幸中の幸い、弾は天井に向けて発射された。蛍光灯に命中して、ガラスが降ってくる。

 あぁ、米良さんのドミノ倒しの才能、衰えてないんだな……。


 私は目を閉じ耳を塞いで、床に座り込んだ。


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