三月の脇役 その一
黒と赤に彩られた大広間。
その奥、5段上がった階段の中央にあるこれまた真っ赤な椅子の上で、私はぷるぷると震えながら、「その時」を待っている。この震えはけっして、露出の激しい衣装のせいばかりではない。
あ~まぁ、露出と言っても、あのワードローブの中身から選んだにしてはおとなしい方なんだけどね!
ちょっ~と胸元に大胆なハート型の切れ込みがあって、ちょ~っと足の左右に不必要なほど深いスリットが入っているくらいで……。
他のに比べたら慎ましいくらいだ、と思っておこう。うん。ハイレグだったり、背中からきわどい部分まで丸出しだったり、穿いてる意味なさそうなミニだったり、シースルーだったりしないもんな。
そもそもの始まりは春休みに行われた旧3-Lの同窓会だったと記憶している。
丁度地元に帰っていたし、何より暇だったしってんで、かる~い気持で参加した高校の同窓会(という名の女子会?)は、結構楽しかった。少なくとも前半は楽しかった。
女の子だけでお茶して~、カラオケ行って~、そのあと、ええと……そこからどうして、こんな事態に陥っているんだろーか。
なんで今、ド派手な玉座の上で「敵」を待つはめになってるんだろうか。まったくわからにゃい!(地団太)
「せ、戦況は……?」
私の間抜けな質問に、柔らかい声がやさし~く答える。
「伝令が途切れて随分経つからね。全滅じゃないかな」
うぅ。ってことはもう、私とあなたともう一人、つまりこの場にいる3人しか残っていないってことじゃないですかぁ!
は、話が違う! あ、いや違わないんだけど気持ち的には詐欺だ、騙されたと泣きたい!
「……来るぞ!」
鋭い警告に耳を済ませれば、甲高い足音がこちらに近付いて来るのがわかった。
カツンカツンカツンカツン
あぁ、いやだいやだ。こっちにこないでほしい、マジで。てゆーかさ、わざと音たててるよね? その割に、ちょっと急いでるよね?
もっと余裕たっぷりで焦らしながらゆっくり来るか、開き直って走ってくるか、どっちかにしてくれたらいいのに。
微妙なその速度が神経逆なでするわ~。こんな状況下では特に。
「下がっていろ」
言われなくとも尻尾巻いて逃げるからあとよろしく! と言いたいところだけど、そうもいかないよなぁ。
「私は、ここにいるわ」
私は椅子に深く腰掛けたまま高く足を組んで、右手で頬杖をついた。
「あぁ、いいね。本物みたい」
「それはどうも」
彼にとっては褒め言葉なんだろうけど、やっぱりあんまりうれしくないなぁ。う~ん、少しでも表情を隠すためにベールを下ろしとくか。視界が悪くなるけど仕方ない。ちょっとでも気を緩めたら涙が滲みそうなんだもん。そんなのダメだ、本物らしくない。
情けなさと恐ろしさと、ほんのちょっと(ちょっとだけね!)の期待に、心臓がどくどくと音を立てる。私はこの先の展開を知っているけれど、知らないんだよなぁ。
部屋の中央にあるシャンデリアがカタカタと揺れる音が、やけに大きく聞こえる。あぁ、建物自体ヤバいんだな、こりゃぁ……。あとどのくらいもつんだろう。
がぁん、とお行儀悪く扉を蹴って侵入者が飛び込んできた。
ひぃぃ、だからこの建物ヤバいっていってんでしょおおお! もっとそっと開けろよ、崩壊早まるだろうが!
「よぉ、待たせたな! あとはもう、アンタら片付けりゃぁオレっちの仕事はオールクリア! だぜっ!」
2メートルを超していそうな身長。傷だらけの浅黒い肌。鍛え過ぎて脳みそまで筋肉に侵食されてしまったような男。
顔は野性的でハンサムなオジサマなんだけど、口調がバカっぽいのでいわゆる残念な美形に分類されると思われる。
そんな男が私に向かって、獣のように牙をむいて「がるるるる」と唸って見せた。実際彼は、ライオンと……鷲だっけ? 鷹だっけ? とりあえずあんな感じの動物とのキメラ、だった気がする。
つまり、遺伝子的にはグリフォンってことなんだと思う。
「なぁ降りてこいよぉ。遊ぼうぜぇ。ハートの女王様よぉ」
いかにも肉食系の野太い笑みを浮かべながら、彼は御自慢の獲物である戦斧をどぉん、と床に叩きつけた。あああああ、床が、床が割れるうぅぅ!
うぅっ、こういう戦闘狂っぽいヒト苦手なんだよなぁ。や、じゃぁ得意なタイプはって聞かれても困るんだけど!
あえて言うなら話が通じて暴力に訴えない人。……いるのか、この世界に?
しかしここで怯えを悟られてはいけないので、私は真っ赤なルージュをひいた口元だけ、にぃっと吊り上げて見せた。
……色々経験して、わかった事がある。人間、ハッタリが重要なのだ。
「首を刎ねちゃいなさいっ!」
私の言葉を開始の合図に、戦闘が始まった。
先月の終わりの週だったか。高校3年生2学期以降、私を何度も苦しめてくれた大人気漫画、『Reincarnation of the last edge』の連載が終了した。
熱烈なファンにとっては納得いかない終わり方だったらしく(かくいう私も「ええーっ? そりゃないぜ」って思ったクチ)、インターネットなどではまだまだその話題で白熱した議論が交わされている。
だってさ、ひどいんだよ? すっごい鬱展開っていうの?
去年、あの漫画のキャラであるクローバーさんがこっちにトリップした頃から雲行きは怪しかったんだけどさぁ。
あの後、新興勢力とやりあうために、例の組織と主人公達は「敵の敵は、とりあえず仲間ってことにしとく? そんでもって、あとで背中から刺そっか?」みたいな関係を築いていたわけなんだけど、まずはスペードさんが、次にダイヤさんが次々に倒された。
事態を重く見たオリジナル達4人が、かなり良いところまで押し返したんだけど、やっぱり反則っぽい技で返り討ちに遭ってしまった。もうね、その時点でやりすぎって、思ったんだけどね。
あげく、はっきりと描写はなかったけれどラスト5回でクローバーさんとハートさんが相次いで、おそらく……というね?
そりゃ不満も出るってもんだよ、作者さんひどいよ。仮にも長く描いてたキャラじゃぁないか。そんな、次々と命を散らすことなかったと思うんだ、この鬼っ!
まぁ、描きたいものを描いたって事なんだろうけど、読者に与えたショックが非常に大きかったのは確かだ。
もちろん主人公サイドにも何人か犠牲者が出ていて、連載終盤はもう、毎回お通夜みたいな雰囲気になっていた。なんなの、なんでなの?
まぁ、作者さんが元々どシリアス路線でいきたかったってことらしいんだけどさ……。戦い、争いに美しさや救いはなく、だからこそ平和が一番、という主張は正しいと思うけど、でもさ……。(はぁ……)
というわけで、同窓会で久々に会った手越さんと米良さんはものすご~く落ち込んでいた。タイプは違えど、あの漫画の熱烈なファンだったからな、二人とも。
2次会のカラオケでは、そんな二人が左右に張り付いていたものだから一曲も歌えなかった。
「ごめんなさいね。あの最期を思い出しちゃって。貴女に会ったら、安心しちゃった。今度こそ、幸せになってね」
と、右腕にからみついた手越さんが微笑みながら涙をぬぐったかと思えば。
「ひどいよ、うぅ、ひどい。やっぱりクローバーさん、帰さなければよかった。私のせいだぁ……」
と、左側で米良さんがぐじゅぐじゅと鼻をすする、というね。気持はわからんでもないが、私にどうしろってんだよね?
そんな二人を適当に慰めつつ、うつむいてアイスティーの氷をストローでつつくこと2時間。夕方、とりあえず解散した頃にはへとへとになっていた。
そこで、おうちに帰ればよかった。ノリと空気に流されたりせずに、帰っておけば、よかったんだ……!