二月の脇役 その八
自分が捕まるところを拓馬君に見せたくないという狸穴先生の要望で、私達は部屋を移動する事にした。まぁ、気持はわかる。
「今日起きた事は、今まで同様誰にも言ってはいけない。いいな、少年」
狸穴先生が噛んで含めるように言い聞かせると、拓馬君はこくりと頷いた。
あぁ、でもこの子一人で置いていくには忍びないなぁ。執事さんどこ行っちゃったんだ? とやきもきしていたら、何やら黒い本を抱えて戻って来た!
『執事達の沈黙』って何?
「少々混乱して席をはずしていましたがもう大丈夫です」
そうは言ったものの、さりげな~く狸穴先生や子竜から目を逸らしてるあたり、まだ葛藤があるんだろうなぁ。
「すみません坊ちゃま。執事の心得第十二章の七節を復唱してまいりました。お蔭で自分がするべき事がはっきりわかりました。護衛の者も待機所へ戻らせました。全ては、坊ちゃまのなさりたいように……。今回の件、わたくしはただ、沈黙することにいたします」
なるほど、執事さんの処世術のテキストか……!
「あとで必ず説明します。それまでどうか、拓馬君を支えてあげてください」
私はぺこりと頭を下げた。
いやまぁ、どうせ記憶消す事になるんだろうけど。でも、大事なペットのその後について、拓馬君には知らせてあげたい気持ちは本当なんだ……!
連絡を入れると、ケセラン様はすぐにやって来た。しかも、上機嫌で。
一応、子竜を複数の地球人に目撃されちゃった事も報告したんだけど、狸穴先生逮捕の方が重要らしい。もちろん、宇宙警察の使命、なんて立派な理由ではなくて、純粋にプラスマイナス勘定で。
「助手、でかしたなう! 説得による改心で出頭……。査定ポイント大幅アップなう! これなら*$%*の事は棒引きしてお釣りがくるに違いないなう!」
ケセラン様はぐふぐふと口元を緩ませている。欲に忠実すぎていっそ清々しいな! でもこれで子竜の事が棒引きになるというのなら、私も喜んでいいんだ、よね?
きゅふきゅふと安らかな寝息を立てる子竜を、私はそっとソファにおろした。窓が全開になっていたせいで室温が低い。お腹冷やすと可哀想だし、なにか掛けておこうっと。とりあえずムートンでいいかな……。
窓はやっぱりこの子が開けたのかなぁ。起きたらきちんと言い聞かせないと。
「みんなは来ないんですか?」
「出頭なら必要ないなう! むしろワタシ単独の手柄にするには邪魔なう」
……出頭するフリで隙をついて攻撃するつもりかも、なんてこれっぽっちも考えなかったの? 平和ボケしてるんじゃなかろーか、この毛玉。
ケセラン様はなんの警戒もなく、ふわりと狸穴先生の前に移動した。
「第一級指名手配一族#$*@&+*の生き残り、個体名狸穴太郎。改心したと判断して特別にΣδ拘束具で勘弁してやるなう! 感謝するなう!」
きゅぃん、と音がして、狸穴先生の手足に光の輪が巻きつく。その輪は2、3回青く点滅したあと狸穴先生の毛並みの中にすぅっと溶けていった。
えー、戦隊のアレは腕輪なのに、仮にも犯罪者拘束用のソレは同化しちゃうんだ? そんな技術があるなら戦隊のも見えなくしてあげたらいいのに。
「これは同化したら最後、取り除く事は不可能なう。しもべ共はとりあえず、期間限定契約なう」
「ってことは、いつかは解放してあげるつもりはあるんですね」
「と、いう事になっている、なう」
ニタリ。
あ、ダメだ。これ以上突っ込まない方がいいな。賢い私はお口を閉じた。グレイな事情は聞かないに限るよねー!
狸穴先生は手足を一通り動かしたり回したりした後、何か納得したように頷いた。
「ふむ、逃げようとする思考に反応する拘束具か。大人しく従えば悪いようにはしない、という宇宙警察の意思表示ととっていいのだろうな?」
「魚心あれば水心なう」
くっくっく、と二人(と数える事にする)は見つめあって悪そうに笑う。
う、うわぁ、こわー。これってやっぱり、おぬしもワルよのう、的なシーン? ヤだなぁ、出会ってはいけない二人を出会わせちゃったなぁ。
「助手。そういうわけで会議なう。お茶を所望するなう!」
「私はコーヒー党だ」
「はぁい」
結局、こうなるわけで。あぁ、午後から入れている講義には間に合いますように……!
数日後。
我が家のリビングには、戦闘時でもないのに変身した状態で戦隊が勢ぞろいしていた。これにはふか~いわけがあってですね……。
「改めて紹介するなう。我がチームの開発担当なう!」
「よろしく。狸穴太郎だ」
「それから、警察竜のアオで~す。ほら、ご挨拶」
「ぎゅるぅ!」
「ほんとだ、5人戦隊だ……」
「……(にこ)」
左から、ケセラン様、狸穴先生、私、子竜、拓馬君、執事さんの順に一列に並んで挨拶。あぁ、マスク越しでもみんなが微妙な表情を浮かべてるってわかるよ……。
「どういうことなの?」
まずはホワイトがケセラン様に詰め寄った。
「そいつは第一級指名手配犯でしょう? しかも、盛沢さんに危害を加えようとした犯罪者じゃないの。それなのに、チームに迎えるですって?」
うんまぁ、101号室でのやりとりを見てなきゃ私だって信じられなかったよ。
「中央の判断なう。司法取引なう」
「めんどくさいからって押しつけられたんだな……」
いやいや、ブルー。ケセラン様的には目論見通りなんだよ。副業の『サヴァイヴ・サプライ』関係で技術者がほしかったみたいでさぁ。
柄にもなく「改心して、償いたいと言っている。例の拘束具が機能しているのがその証拠だ」みたいな事を熱心に説いて、「なんかもうめんどくさいし好きにしたら?」と言われるまで粘ったんだからね!(私の入れ知恵だけど)
「ねぇそれであの、その子達は?」
ピンクがおずおずと、私の服の裾を引っ張った。だよねー、戸惑うよね~。
「新しく迎えた協力者なう。スポンサーなう!」
「ぼ、ボクが大人になったら『サヴァイヴ・サプライ』を系列会社にする約束なんだ!」
「わたくしは、坊ちゃまの執事見習いでございます」
……ケセラン様は、拓馬君達の記憶を消すよりも取り込むことにした。
それはもちろん狸穴先生に頼まれたからでも、少年からペットを奪う罪悪感からでもなく、単純に神宮司さんちが今後の活動の役に立つと判断してのことである。神宮司家はおもちゃ業界に強いらしい。
なんかもう、警察としての活動より会社運営の方に比重傾いてるよね、ケセラン様。永住する気なのだろーか……。(うわぁ)
「えっと、あのそれから、ボクの名前は神宮司拓馬です。……よろしく」
そこまで言うと、拓馬君はささっと狸穴先生の後ろに隠れてしまった。
ちっちゃな頃に憧れていた5人戦隊という存在と対面して、どうやら緊張しているらしい。現実はそんなにいいものじゃないんだけどな……!
まーつまり、戦隊が変身した姿を指定されたのは、拓馬君に対するファンサービスというかプレッシャーというか。
しかし、そんな少年の憧れの視線に気付こうともせずに、レッドは子竜に触ろうとして唸られては手を引っ込め、を繰り返している。レッドとブラックは相変わらず子竜から敵認定されてるんだよねぇ。
しばらくレッドと子竜の攻防を微笑ましく眺めていると、いつの間にか私の隣に来ていたブラックがぽつりと呟いた。
「……もしかして、青いからアオ、なのか?」
うっ。ネーミングセンスないなこいつって思った? でも仕方ないの、ちゃんと名前つけちゃうと、なんか厄介な関係になっちゃうらしくて。
「正式な名前じゃないの。あだ名みたいな感じ。それに、あくまでもこの子は基地預かりって名目で、ペットじゃないの。警察犬の竜バージョンだから」
あ、そうそう、それと併せても一つ残念なお知らせがあります。このたび我が家は正式に、宇宙警察本部から「地球基地」に認定されちゃいました! そして私は、「後方支援要員」と。
あはは~、もうね。もう笑うしかないよね。その代わり、子竜に関する事は不問になったんだから、仕方ないよね。変な装置で肉体改造されなかっただけありがたいと思わなきゃね……!(ぎぎぎぎぎ)
「この子、地球外生物の匂いとか気配に敏感なんだって。だから探知機に引っかからない相手とか、逃がしちゃった敵を捕まえるのに有効らしいよ」
と、理由をつけてこれまたごり押ししたんだけど、私はこの信憑性についてはあやしいと思っている。
多分さぁ、あの時狸穴先生にとびかかったのって、先生のお腹にダイブしたかったからだと思うんだよね。数日たった今でもお腹の上で寝たりしてるし……。単に、ふわふわしたものが好きなんだと思う。
ピンクがしゃがんで、「さわっていい?」と聞くと子竜は素直に頭を差し出した。それを見たレッドがズルイズルイと騒ぐ。ふふ~ん、私なんて、手を伸ばすとお腹見せてくれるんだよ。か~わいい!
そんなこんなで、真面目なホワイトだけは最後まで難色を示していたものの、狸穴先生のお腹のモフモフっぷりと子竜のかわいさのお蔭で、なあなあのうちに戦隊会議は終了したのであった。
と、いうわけで、このたび戦隊に仲間が増えました。マッドサイエンティストの狸と、取扱注意の子竜と、ツンデレ系少年(と、その執事)です。
……テレビで言えば第2シーズンの最後が近付いているこの時期にメンバー追加とか、何かのフラグとしか思えないよね!
ますます複雑になっていく人間関係に、私は今日もため息をつくのです。(はふぅ)