二月の脇役 その七
「君のせいで夢破れたあの日から、私はずっと考えていた」
狸はベラベラと埒もない推論を語り続けている。
あぁ、こういうところ変わってないなぁ。あの時も、やたら悦って聞いてない事まで教えてくれたっけ。なんなんだろう、説明始めると気持よくなっちゃうのかな? トランス状態に近いんじゃなかろーか。
私の腕の中で、子竜が退屈してすぴすぴ寝息を立てはじめた。いいなぁ、自由で。もとはと言えばこの子が狸に飛びかかったりするから! でもかわいい! くやしい!
「……故に、この世界が許容する以上の異質な変化が生じた場合、時空が歪んで、その要因が君の元へ自然な形で集まるように修正が掛かるのではないかという仮説を立ててみたのだが、これを証明するために……」
あー、ハイハイ。なんかもー、すんごい壮大な話になってるんですけどー。あー、あのリモコンはその仮説を立てた際に思いついたんだ? へぇ。私自身があのリモコンのような役目を無意識にしている、と?
……ナイナイ。ないわぁ。
だいたいそういう話はさ、もっとこう、ドラマティックに始まるものだから。例えば。
***
その日まで私は、普通の女の子だった。
『彼』が、現れるまでは――
元気だけが取り柄の平凡な少女。そんな彼女の前に、謎の美青年が現れる。
「あなたを保護します。一緒に来てください」
言葉使いこそ丁寧なものの有無を言わさぬ強引さで少女を拉致しようとする青年。嫌がる少女。そこへ異形の化け物が襲いかかる。
青年は少女を庇い凶刃に倒れる。あまりの非日常の光景に、少女は気を失った。
目を覚ますと、そこは見た事もない程豪華な寝室だった。戸惑う少女の前に見知らぬ美女が現れて説明する。
「あなたはこの世界の、いわば安全装置。これから、あなたにはこのシェルターの中で生活してもらいます」
少女はずっと、国際的な組織から監視され、守られていたのであった。それも全て彼女の持つ特別な運命――世界の歪みを修正する役目――のためである。
世界は、彼女を失うわけにはいかなかった。
「どうして今更! 家に帰してください」
「事情が変わったの。あなたの存在に気付かれた。見たでしょう、あの化け物を……」
そう言われて、異形に襲われた記憶がフラッシュバックする。
「わたしをかばってくれた人はどうなったんですか?」
美女は意味深な笑みを浮かべ、謎の言葉を吐いた。
「大丈夫、『彼』はね……。改めて紹介するわ、お姫様」
タイミングを計ったように、部屋にやってきた『彼』。
「はじめまして、『天秤の姫』。私はあなたの盾です。何者からも、お守りいたします」
微笑んで跪くその姿に、少女は違和感を覚えたが……。
『××SHALOTT××』この夏、公開。
――――彼女を失えば、世界が歪む。
***
とまぁ、こんな具合に。スペックは全て平均値、恋も知らない女の子が、強制的に世界の裏事情に巻き込まれて、美男美女に(思惑はどうあれ)大事にされて、悩んで反発して恋して、泣いて、みたいな!
つまり何が言いたいのかというと、間違っても残念な宇宙狸に告知されるような事じゃないと思うんだ!
始めは美青年か美中年か美少年。これだけは譲れない。(主人公が男の子だった場合、美少女か、キレイなおねーさん、なのかなぁ?)
そもそも私、自分の事平均値だとは思ってないし……。なんていうか、無垢な少女が巻き込まれた形にならないんだよなぁ、この性格のせいで。
それにさぁ、私って元々、ただの奇人変人(例、手越さん)に好かれやすいみたいだし。
狸が把握している宇宙関係や光山君関係以外でも不思議事件に巻き込まれてるし。
私が生まれるずっと前から地球に生息しているヴァンパイアや鬼なんかとも関係あるし。
単に、妙な人や事件を引き寄せやすい体質だってんならわかるんだけど(や、納得はしてないんだけどね?)、それが「世界の意思」だとか「修正プロトコル」だとか「自浄作用」だとか、小難しいシステマティックなものだって言われちゃうと、ねぇ……。
考え過ぎだよなぁ。頭がよすぎるヒトって大変だね!
「……というわけだ!」
「はぁ、私ってスゴイんですね」
私はぱちぱちと拍手して頷いた。
ふぅ、やっと終わった。熱い、熱すぎるよその説明に掛ける情熱。
その情熱に免じて、まぁ多分ただの小娘のせいで失敗したと思いたくないが故の過大評価だとは思うんだけど、その仮説は否定しないでおくことにするよ。過大評価には慣れてるもの。
で、それはおいといて、このあとどうするんですか? その仮説通りなら、私に危害を加えるのは難しそうだし。(危害を加えようとしたら誰かが助けに来るように「修正」が入るでしょ)
……私が、宇宙警察に通報しないとでも?
「……言っただろう。私は逃げないと。呼ぶがいい」
気のない私の反応に憮然としながらも、狸は堂々と胸を張った。
小学生には難しすぎる、というか壮大すぎる話を聞かされてきょとんとしていた少年が、再びイヤだと狸に抱きつく。うぐぐ、振り出しに戻ってしまった。
「禁を犯した者は償わねばならない。そう思えるようになったのは全て君のお蔭だ、少年。本当ならもっと早く自首するべきだった。これ以上、無責任な大人の姿を君に見せるわけにはいかない。君と出会えて、よかった……」
「嫌だ、嫌だよ……。そうしたらまたボクは一人ぼっちになる。タヌ太郎は、それで平気なのか?」
「君は強い子だ。そして賢い。いつか君も、君のご両親の気持ちがわかるようになるだろう。大丈夫だ、君は間違いなく愛されている」
ひしっ。
……この後しばらく二人の思い出語りがあったんだけど、まぁ要約するとだいたいこんな感じ。
宇宙警察によってカプセルに収容されていた狸は、隠し持っていた秘密道具でセキュリティを破って脱走。
満身創痍の状態で森(実際は拓馬君のおうちの裏手に広がる林)に転がっていたところを拓馬君に保護される。
最初はこの世間知らずの小生意気なガキを利用して潜伏し、復讐の機会を窺おうと思っていたものの、思いのほかかわいくて健気で寂しがり屋(補正掛かってないか?)な少年と暮らすうちにそんな気持ちが失せていった。
元々狸のご先祖様達は、未開すぎる星が可哀想、なんとかしたい、という気持でオーバーテクノロジーをそこらじゅうにまきちらして、結果一族ごと指名手配されるようになったのだという。(過ぎたる薬は毒になる、という理由で)
それなのに、地球人を完全に見下して、強引に支配下に置こうと考えた我が身の傲慢さを恥じた彼は、出頭しようと決意した。しかし少年を一人にする事が躊躇われて今までズルズルと長引かせてきたのだそうな。
そうこうしているうちに、戦隊に見つかって捕まりそうになってまた療養を余儀なくされたが、私に見つかったのも何かの思し召しだという事で、今度こそ出頭したい、と。
うぅむ、ダメ少年を未知の科学の便利道具でますますダメにして依存関係を作ったわけじゃなさそうだなぁ。傷の舐め合いから信頼関係を構築したのか……。
「『昔はやんちゃしていた』などと笑って語るような人間を、私は心の底から軽蔑している。どんな事でも、動機が何であれ、罪は罪として償い、反省しなくてはならない。わかってくれ、少年」
おおぅ、なんて立派なんだ! 曲がりなりにも高校で「先生」と呼ばれていただけの事はある。私ももう「狸」なんて言わずに狸穴先生って呼ぶ事にするよ!
「先生、その考えはご立派だと思います。では、連絡しますね?」
狸穴先生は穏やかな顔でこくりと頷いた。
拓馬君はもう、止めようとはしなかった。