二月の脇役 その六
私は映画を観るのが好きだ。これはおそらく母の影響だと思われる。
うちの母って、CMや流行りの番組に付き合うよりも、自分の好みのものだけを見て生きるタイプなんだよね。
だから物心ついた時から、我が家のテレビはいつも何かしらの映画を流していたような気がする。ジャンルは割と無節操に、古いものから新しいものまで。
もちろん、大人向きの内容だけじゃなくてアニメ映画も色々観て育ったんだけど、周りの子達とは話題が合わないという苦労も経験した。前日に放映されてたお笑い番組の話なんかは特に。
母は肉体的に痛そうな「突っ込み」とか、ちょっと露骨すぎる下ネタから私を遠ざけたかったんだろうけど、残念ながら小学校ってそういうネタこそ流行りやすいんだよねぇ。なんでだか知らんが。
まぁうん。この年になるとその教育方針で育てられてよかったって心から思えます。そのせいで多少浮いてた事も、恨んでなんかいないさ。
それはともかく、私が咄嗟の演技を求められるシチュエーションに割と強いのは多分そういう経験のお蔭で、常に「あの映画のあの人物のつもりで」というのが元々頭の中にあるわけなんだよ。これって、人間はどんな時でも何かしら学ぶ事ができるという、いい例だと思うんだけど!
だがしかし。そんな映画好きな私でも、絶対に観ないジャンルがある。
いわゆる「泣ける」映画である。
いや、別に否定してるわけじゃないよ? 泣くという行為にはデトックス作用があるとかなんとかいうし、そういう気分に浸りたい人ももちろんいるだろうて。
ただ、言わせてもらうならば、私は好きじゃないんだ!
だってさー、ああいう話って大抵「大事な人(あるいは動物)と二度と会えなくなる」という根っこがあって、あとはそこに「最後の思い出作り(しかもちょっとはっちゃけすぎて関係者に迷惑かけたりする)」とか「形見の品」とか、「知らなかった愛情」で枝葉を付けて、いかにも、さぁ泣け、これで泣かないなんてお前は人でなしか! って責められてるような気がしちゃって。
中でも子供とペットの取り合わせはもう、ね……。狙いすぎにも程があると思うんだよね。
負けず嫌いの私としては(処世術として、あえて負ける事も必要だとは思うけど)、元々負けるとわかっている戦に出るのはちょっと。
というわけで、それがどんなに話題作だろうが好きな俳優さんが出ていようがテーマ曲がよかろうが、「泣ける」を前面に押し出している作品は避けるようにしてます。観ないものは観ないのです!
ところがどうだろう。目の前で繰り広げられているこの光景。
「嫌だ、タヌ太郎、行っちゃダメだ」
「少年……」
ひしっ。
な? どうよこれ。
逃げない、という言葉を信じて(というか、正直、めんどくさいからとっとと逃げ出しちゃってほしいんだ。そしたらあとは戦隊に丸投げできるしぃ)私が子竜を抱き上げると、拓馬坊ちゃまは狸を守るように抱きついた。抱きつかれた狸はぽんぽんとあやすように坊ちゃまの背中を叩く。
……あ、ほんとに逃げないの? にゃんで?
「仕方がない。これはケジメであり、私の罪滅ぼしでもある」
「タヌ太郎は何も悪い事してないじゃないか!」
まるで悔い改めた罪人そのもの、すがすがしい程潔い態度の狸と、その毛並みに顔を埋めてイヤイヤと首を振る少年。
わ、わぁ、微笑ましい。(ひくひく)
えー、つまり今の私ってペットといたいけな少年を引き離す大人役? しかも、坊ちゃま的にはこっちが悪いんだ?
あのなぁ、君の前ではどうだったかは知らんが、私はそいつに消されそうになった事もあるんだよ。この前だって怪しげなオーバーテクノロジーをその辺の大学生にひょいっと与えてくれたお蔭で、時空酔い(と名付けてみた)で酷い目に遭ったし。そいつは間違いなく悪い事をやったの。そんでもって私、被害者だから。
しかもいつの間にか加害者が我が家のリビングの真下に住みついてたとか、普通に恐ろしいわ!
「タヌ太郎は、ボク達の世界をもっと便利にしようとしただけなんだ。それなのに捕まえようとするなんておかしい! きっと研究所とかに入れられて、そこで無理やり働かせるつもりなんだ。それか、か、解剖されるんだ!」
「いや、少年よ。君に出会って、私にもわかったのだ。人にはテクノロジーよりももっと大切なものがあるのだと。そして私は、我が一族は、やり方を間違えていたのだと」
だというのになにこの感動的なやりとり。なんで私が罪悪感感じなきゃならんのだ。だから嫌なんだよ、涙のお別れ系展開は!
私と執事さんはただ立ち尽くし……ってあれ、執事さんがいない! てっきりあっけにとられて呆然と立ち尽くしてるもんだと思っていたのにどこに行ったんだ? あー、ええととにかく、私はただ彼らのやりとりを黙って見ていることしかできなかった。
本性を知っている私に言わせれば胡散臭いの一言なんだけど、ここで突っ込むのはなぁ。空気読めって言われちゃうよね、やっぱり。
私が複雑な表情で自分達を見つめている事に気付いた狸は、フン、と鼻息を漏らして少年を身体から離した。
「到底信じられんという顔だな、盛沢久実」
そりゃぁ、まぁ。ねぇ?
「ふふ、無理もない。お互い、初対面の印象が悪かったからな。私にとって君は排除すべきバグ。君にとって私は自分を殺そうとした相手だ」
私はこくりと頷いた。
物騒な言葉を聞いて、拓馬坊ちゃまはビクリと肩を震わせている。だから、そうなんだって。君のペットは人畜無害じゃないんだって。
「君は相変わらず私にとっては不都合な存在だ。私の計算を歪ませてしまう。……ふふふ、宇宙警察の手から何とか逃れた私を拾った少年が、引き寄せられるようにこの部屋に越す事になったのもまた、歪みの一つだったのだろうな」
これを運命というのかもしれない、と(声だけなら)例えようのない憂いを帯びた美声で呟く狸。
世界征服なんて企まずに、声優さんを志すとか、どっかの動画で歌でも流してればヒットしたに違いないのになぁ、ってちょっと待った。
「偶然だっていうんですか? ここに来たのは」
私を追っかけて、隙をついて消そうとしてたわけじゃなくて?
「もちろん偶然だ。決まっている。誰が好き好んで、宇宙警察とつながりのある君の傍に寄ろうとするかね? 少年が引っ越し先を決め、私をこっそりと運び入れた先で君の存在を認識した時、私がどんなに驚いたか、想像もつかないだろう」
「運び入れた……?」
「五月の事だ。あの時、君が見つけたスーツケースの中に、私は潜んでいたのだよ」
スーツケースぅ?
五月っていうと、拓馬坊ちゃまと初めて遭遇した時か?
そういや、玄関先におっきなスーツケースが放置されてて、子供が一人泊まりにきたにしちゃ荷物が多いな~って、思った、ような。
「あの中にいたんですか!」
「前回も思ったのだが盛沢久実。君は気にするべきところを間違っているのではないか?」
保健室でのやりとりについておっしゃってるんですよね、わかります!
でもさぁ、気になるものは気になるし、下手に場数踏んでるせいか危機感が薄くなっちゃって……。てへ。(反省)
「あのリモコンもそうだ。君と同じ大学の学生だと聞いて、私は彼に渡すのを一瞬躊躇った。きっと君のせいで不具合が生じるだろうとわかっていたからね」
「あれは……。あんなの私が関わらなくても、その辺の人間に渡したらまずい事になるって、分かっていたでしょう?」
やっぱり彼にアレを与えたのはこいつだったんだ。わざわざ名指しで私を要注意人物だと教えてまで、そんな事をした理由はなんなの? それも偶然なんだろうか。
「わかっていた。あぁ、もちろん私にはわかっていたとも。しかし、彼のあの憔悴した顔を見て、助けずにはいられなかったのだよ」
つまり純粋な親切心だったと?
「それに、私はこう考えるようになったのだ。盛沢久実。君は、君こそが、この世界をあるべき姿から外さないための安全装置なのではないか、と。我々という外的要因を排除するための世界の意思なのではないか、と。思い至ったら、実験してみたくなるのが科学者というものなのだよ」
「はぁ?」
……それはまた、随分と買い被られたもんですなぁ。(ため息)
2巻表紙、できました。
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