二月の脇役 その三
「おてっ」
ぺち。
「おすわり!」
ぽて。
「ふせっ」
じたじた。……ころん。
「きゅぅ」
子竜襲来より3日。
何度「星へお帰り。ここはお前の住む世界じゃないのよ」と説得しても応じないので、長期戦を覚悟した私は、とりあえず「飛びかかったり舐めたりしちゃダメ!」と教え、ついでにメジャーどころの芸を一通り仕込んでみた。
やっぱり頭は良いみたいでどれも一発で覚えたんだけど、「伏せ」だけは苦手らしい。失敗しては転がって、ちょっと拗ねた声で鳴くのがおもしろ……(げふげふ)かわいい。
この子、お腹がまぁるく出てるからね。アレだ、分かりやすく言うと後ろ足で立ち上がったワニ(おなかぽっこり)みたいな体型。つまり、バランスの問題だよね。
「はいはい。ごめんね~」
だっこして、頭をなでてやると『すき、すき』という感情が流れ込んできた。うぅっ、これが問題なんだよなぁ。情が移っちゃうじゃないか。
この種族、言葉が通じない相手にも気持ちを何となく伝達する能力があるらしい。はじめの頃はこの『すき』も、暖かいような、目の前がオレンジ色になるような不思議な感覚でしかなかったんだけど、今はもうはっきりと解るようになった。
そう、好かれてます。すっごく好かれてるんです。
なんだこれ、インプリンティングみたいなもの? 視覚じゃなくて嗅覚によるっていうのがすっごく微妙な気持ちになりますな、乙女として!
でも、やっぱりかわいい。おぉよしよし、ほれ、胡桃をお食べ。
「減俸なう! どうしてくれるなう!」
私と子竜のほんわかじゃれあいタイムの邪魔をするのは、机の上の宝石箱の中で、自ら運び入れたクッションに埋もれながらばふばふととび跳ねる毛玉である。
……そういえば子竜の囮用のエサに閉じ込められた時、私はコイツに呪いを掛けたっけ。その名も、「評価アップどころかマイナスされろ、の呪い」だったと記憶している。
外宇宙と接触するレベルに達していない未開の星の現地人(しつれーな言い方だよな!)と特別保護対象生物が遭遇しただけでも問題なのに、保護対象がその現地人に懐いて会いに来ちゃいました、というこの事態は前代未聞……とは行かぬまでも非常に稀なケースらしい。最近では。
昔々、この種族の成体はよく地球に来ていたという。
湖やら滝壺やら洞窟やらに住みついて、ある時は神様扱いされある時は化け物扱いされ、更には生贄と称してお嫁さんをもらったりと好き勝手過ごしていたとか。
言われてみれば、そんな感じの昔話やら逸話やらが各地に残ってるもんねえ。いくつかは本当だったのかもねぇ。
けれども、そんな竜(仮)と地球人の関係も、個体数が減った事を危惧した宇宙警察が保護と称して管理に乗り出してからは途絶えたはずだった。
それなのに今回こんな事になっちゃって、しかもこの子ってば成体どころかまだ幼生だし、まぁ、うん。ふつーに考えてかなりまずいよね。
「きゅ。きゅ!」
ボリボリと、殻ごと胡桃を齧る子竜。な~んにも知らなければ、微笑ましい光景なんだけどなぁ……。
あ、なんで胡桃を与えているかっていうとね、例の実の味に似てるらしいんだよね。好物のなんとかって実。あれもものすごく希少らしくて、この種族が地球までやってきたのは胡桃を求めてという説もあるとかないとか。(根岸さんによる情報)
さすがに今回のこの不祥事は隠しおおせず、ケセラン様は現在、上の人達から代わる代わるこってり搾られているらしい。半泣きになっている。
いやぁ、呪いって効くもんなんですねぇ。(ニヤニヤ)
苦しめ、もっと苦しめ、と日頃の恨みを込めて笑っている私を、ケセラン様はキっと睨みつけた。
「笑ってる場合じゃないなう、助手! オマエごと、この*$%*を移送するという案も出てるなう! もちろん、片道切符なう!」
「ええっ!」
ひ、人を呪わば穴二つっていうのもほんとなんですねっ!
「そんな勝手な! 私だって一応保護対象の現地人でしょう? しかもなんとかって実の匂いがついちゃったのは、ケセラン様が私を囮用の模型に閉じ込めたせいで……」
「*$%*のほうが優先順位が高いなう。統計的に見ても、オマエの年齢、性別なら行方不明になってもそう不自然ではないなう」
そりゃないぜ宇宙警察さんよぉ!
他人事のように愚痴を聞き流していた私が顔色を変えたのが余程うれしかったのか(というか、スっとしたんだろうな)、ケセラン様は縮みかけていた身体を膨らませてもっと恐ろしい事を言いだした。
「そのうちオマエも呼びだされるなう。無事に帰ってこられるかどうか、楽しみなう」
呼びだされるって、どこにっ?
「え、ど、どうしましょう」
「帰って来たかったら、一回目の接触はあくまでもオマエの好奇心による事故だと主張して、ついでにワタシがどれだけ有能か直訴するなう。そうすれば、ワタシもオマエがここでの活動にどうしても必要な協力者だと口添えしてやるなう」
……こんの、悪党めっ!
しかし、この提案を蹴るわけにはいかない。私は唇をかみしめて、頷いた。くぅ、またもや負けた気がする。悔しい!
「この計画で肝心なのは、他の目撃者を正確に把握して、できる限り記憶を消しておくことなう。あの日、この近所で*$%*を見かけたものがいないか、オマエが調査しておくなう!」
「わかりましたぁ……」
「ワタシ達は運命共同体なう! 共に横暴な上層部と闘うなう!」
ケセラン様は景気づけにピカっと激しく光ってから、子竜を絶対外に出すなと私に言いつけて帰って行った。
目撃者調査かぁ……。
子竜は、実を言うとしばらく前からちょくちょく地球に侵入していたらしい。
だったら私と接触する前に回収しとけよ、と文句の一つも言いたいところなんだけど、どうもあの種族は探知機に引っかかりにくくて(雷雨を呼ぶくらいだから、磁場も狂わせるのかな?)居場所が把握できなかったと謝られてしまっては仕方がないよなぁ。
あの日戦隊が私のところに駆けつけてくれたのは、たまたま、本当にたまったま、戦闘帰りに我が家の上空を通ったからだっていうんだから、うん、偶然ってすごいなって。そうじゃなきゃ危うく凍死するとこでした。
神様って、いるのかもしれない。
さて。
これだけ条件が揃っていて、「あの件」が気にならない人間なんているだろうか。すなわち、101号室の神宮司坊ちゃまの飼っている(らしい)謎のペットの件。見た事のない謎の生き物。
「……お前、実は他に飼い主いるんじゃない? だとしたら、いきなり消えちゃって、その子心配してるかもよ?」
「きゅ?」
子竜は人の気も知らず、かぷりと私の指を甘噛みした。こ、こいつぅ。(かわいい!)
「あ、神宮司さんの執事さん! おはようございます!」
翌朝。私はゴミ出しついでの世間話を装って、さりげなく聞き込み調査を開始した。
べっ、別にケセラン様に言われたからでも坊ちゃんが寂しがってたら可哀想って思ったからでもないんだからねっ! 私が宇宙警察の魔の手から逃れるためなんだからっ。か、勘違いしないでよねっ!(いやマジで)
「おはようございます、オーナーのお嬢さん」
……しかしまぁ、お互いの呼称が長いのなんとかしたいですね、いずれ。
「契約内容の確認のお手紙届きました?」
「はい、近日中に奥様からお返事があると思います。……ご迷惑お掛けします」
「あ、いえ、実在するかどうか分からないわけですし! あ、えーと、そもそも、いるとしたらどんな感じの生き物なんですか? こっちで見たことなくても、お屋敷では見た事あるんですよね?」
青かったり、爬虫類っぽかったり、意外と歯が丈夫だったりしませんかね?
私の問いかけに、執事さんはしばらく考え込んだ。
「……茶色、だったような気がします。ところどころ白くて。爬虫類では、なさそうですねぇ。おそらく哺乳類かと。とにかく素早くて、ちらりとしか見ていないんです」
なにぃ! 見込み違いだったか。
哺乳類で、茶色と白で素早い、かぁ。リスとかモモンガ、あるいはちっちゃなお猿とかかなぁ? なんにせよ、子竜じゃぁなさそうだ。
「そうなんですか……。動物は、できれば隠さずに飼ってあげた方がいいですよね。拓馬君に、怒らないからって、伝えてあげてください」
「ありがとうございます。では」
子供からペットを取り上げる、どころか子供ごと宇宙に連れ去らねばならないという最悪の事態は回避されそうだな、とほっとした私に頭を下げてから、執事さんは姿勢よくくるりと踵を返した。
そして、うちではなく、お向かいのアパートへと入って行った。
……え、もしかしてあなた、そこに住んでる?