一月の脇役 その十二
エルヴァさんによって突然攫われた私は、まぁ、自称魔王としては期待していたであろう大げさなリアクション(例:呆然とする、取り乱す、恐怖する)は取らなかったものの、確かに救援を待っていた。待っていた、はずなんだけどなぁ……。
私はそっとエルヴァさん(が中に入っている美少女ちゃん)を奥へ押しやり、男の子達から遠ざけた。ぴくりと光山君の眉が一瞬はねた気がしたけど気にしない。気にしてはいけない。
だってさ、なんだか可哀想になってきちゃったんだもの。できればあんまりヒドイおしおきはしてほしくないな~、なんて。
とりあえずここは穏便にすませるために、私が間に入らねばなるまいよ。
入口付近で葛藤していた竜胆君が、なんとか気持ちに折り合いをつけて中に入って来たのを確認して、私はみんなに頭を下げた。
「探しに来てくれてありがとう。いきなりいなくなっちゃってごめんなさい」
自分の意思で消えたわけじゃないけどな!
「でも大丈夫、今回はちょっとお話してただけだから。何もされてないから!」
「『今回は』、か……」
「いつもは違うんだ……」
「うっ」
何も危害は加えられてませんよアピールをしたつもりなのに、福島君と中山君による意外な方向からの突っ込みが入ったせいで言葉に詰まる。た、確かに人によってはそういう受け取り方も、あるかも?
うわ~ん、まるで「絶対に学習しないダメっ子」の烙印を押されたような気がする!
ちっ、違うもん、ほとんどの場合は不可抗力だもん。日常生活送ってるだけなのに、行く先々で何か起こるんだもん。家にずっと引き籠ってるわけにもいかないしさ……。ってゆーか、家にいても攫われたりするしさ!
「いつもそんなに危険な目に遭ってるわけじゃないよ? たま~に、ちょっとだけ」
「数ヶ月前には殺されかけたクセに」
「……違う世界に連れて行かれた事もあった」
「うぅ」
あわてて言い訳を始めるも、今度は光山君と竜胆君から過去の事件を暴露されて私はうなだれた。はい、その通りです。御迷惑おかけしてます。
「小娘、意外と場数を踏んでいたのだな……」
ええ、そうなんですエルヴァさん……。
「そういうわけですから、その子に近付かないでほしいんですよね。トラブルの元だ」
「ふふふ……ははははは。なるほど、今ならわかるぞ小僧。確かに、大した魔力だ」
「それは、どうも」
「しかし持て余しているようにも見えるが」
「ええ、まだ未熟者なので。あなたが引いてくれないと、手が滑るかもしれませんね」
「ふふ、そういうことか。さしづめお前達は、小娘の番犬と言ったところか」
「滅多に餌はくれませんが」
いやいやいや。そんな番犬だなんて、誤解を招くような事言わんでいただきたい。それに、餌もあげてないだとか人聞きの悪い!
「えー、盛沢いつもお菓子くれるよな?」
ね~。だよね~、中山君!(まぁ、違う意味なのは薄々わかっちゃいるけど、そういう事にしておきたいと思います)
「それよりさ、あの子のしゃべり方ちょっと変わってるよな? 流行ってんの?」
「多分中に何か入ってるんだろ。で、乗っ取られてる、と」
「あ~。黄色と紫のアレの時みたいなやつ? ケセラン様がピンクになった……」
「そう、アレ」
「そっか~。え、じゃぁもしかしてあの子も宇宙人の被害者?」
「そうとも限らないだろ。……なぁ、宗太?」
「あぁ、違う」
ケセラン様がピンクになった事件がちょっと気になるけどそれはまぁ置いといて! あーもー、ややこしくなってきた。
確かにいきなり「魔力」とか言われてもピンと来ないのはわかるけどさ。宇宙から性格の悪い毛玉が降ってきて、そいつにこき使われてるなんていう特殊な人生送ってるんだから、中山君ももうちょっとこう、察してほしい。宇宙とはまた系統の違う不思議事件もあるんだって事を知ってほしい!
「うんまぁ、俺達が知らない話っぽいし、ちょっとここは黙ってようぜ」
ぽん、と中山君の肩を叩いて福島君が彼と二人で脇に寄り、竜胆君を前へ促した。こんな時になんだけど、福島君は幼稚園の先生とか向いてるんじゃないかな……!
「でもさ、簡単にでいいから説明しろよ。宗太も盛沢も光山も、何隠してるのか言ってくれないとフォローしようがないだろ?」
「そうだな、互いによく知らぬまま争うのは良くない。小娘、知っている事を吐け」
簡単に説明しろって、また難しい注文ですなぁ。それに、勝手にみんなの事情ペラペラしゃべっちゃっていいの? ほんとに? え、いいんだ? そっか。
えーと、じゃぁ、とりあえずそれぞれの紹介しま~す。
「コホン。えー、では紹介します。まず、こちらが光山君です」
最初は私越しにエルヴァさんと睨み合う(いや、ニコニコしてるけど雰囲気的にね?)光山君。思えば、私の身に降りかかったファンタジー事件の一番最初は彼だったよなぁ。あぁ、あの日あの時あの場所であんな場面に出くわさなけりゃなぁ!
「彼は4年ほど前、とある異世界に召喚されてそこで魔法を覚えたそうです。なんでもできちゃう反則気味な人です」
「反則は酷いなぁ。努力の結果なのに」
いいや、努力だけじゃ説明できない何かが働いているとしか思えないから反則で合ってます!
次、竜胆君。
「こちらは竜胆君。外宇宙からやって来た生命体によって、この星を守る任務を負わされて頑張ってくれています。一度、私と一緒に異世界に攫われた事があって、魔法の存在は知っています」
竜胆君は素直にこくりと頷いた。特に苦情はないらしい。
はて、おうちが剣道道場である事は重要事項だろうか? 個人情報ってどこまで公開していいのかよくわからないなぁ。
「そちらにいるのが福島君。竜胆君と同じように、この星を守ってくれています。でも魔法とか異世界については知りません。気遣いの人です。多分、エルヴァさんと気が合うと思います」
「なぁ、最後のは関係なくね?」
大事なポイントだよ福島君。むしろそこが一番大事。
「その隣にいるのが中山君。やっぱりこの星を守ってます。魔法関係は知りません。えーと……。あ、甘いものが好きです!」
「俺、それだけっ?」
いや、だって……。おバカなわんこっぽいとか、でもそこがかわいいとか、本人の前では言いにくいじゃん?
「それで、この『中の人』はエルヴァ……エルヴァスクさん?」
「エルヴァリス、だ、小娘っ! 紹介する人間の名を間違えるとは何事かっ!」
はいはい失礼しました。でも一回しか聞いてないんだからしょうがないとおもうの。
「異世界の魔王様で、女勇者に騙し討ちされて、精神だけ逃げてきたんだって。だから女性はあまり好きじゃないみたい。魔力が強くて相性のいい男の子の身体を狙ってます」
「妙な言い方をするなっ! 小僧ども、誤解するなよ。宿主としてだ、あくまでも乗り移るために探しているのだぞ!」
「だそうです」
よし、みんなすごく簡単にまとめたぞ! なんか微妙な空気が漂ってるけどきっと気のせいだよね。
「それで、エルヴァさんは今の身体からお引っ越ししたくて、ちょっと強めの魔力を感じた私に交渉を持ちかけてたんだけど、多分光山君の方が条件に合うんじゃないかな?」
「う、うむ。そうだな」
エルヴァさんはぐっと身を乗り出して、自分がいかに好条件な物件であるかをアピールし始めた。
「まず、基本的に身体の主導権はそちらにある。普段の生活を勝手に覗く事はせん。よほどの緊急時には無断で操る事もあろうが、その際も決して命を危険にさらすような真似はせんぞ。むしろ日常に潜む危険からは守ってやるし、お前の負担の軽減もしてやろう」
ふむふむ。
「お前は確かに素晴らしい魔力を持っている。儂は千年生きてもこの程度……。魔王と呼ばれようとも、所詮凡人よ。しかしな、年の功と言うではないか。儂はこの人生を、魔力を制御する為の研究に捧げてきたのだ」
エルヴァさんたら千年も生きてるんだ! そりゃまた随分長生きさんですね。そんでもって研究者さんだったんだ? つくづく無害そうな魔王様だなぁ。
「儂はこの研究をなんとしても完成させたいのだ! そのために人としての寿命を捨て、このような様になっても存えようと喘いでおる。どうだ小僧、この儂と共に……」
「話はわかりましたが、お断りします」
スッパリ。光山君は笑顔のまま、エルヴァさんの申し出を断った。まぁ、そうだろうね。わかってたよ。
「む。良いのか? この小娘を守るのにも儂の研究は役に立つぞ? これが垂れ流す妙な魔力、どうにかしてやりたいとは思わんのか?」
「それはそれ。いずれ自分で方法を見つけますから」
え、指輪だけじゃなくて、私自身にもほんとに魔力あるんだ? それならそうとちゃんと言ってよ。すっごくいいギブアンドテイクの関係結べそうじゃないですか、私達!
私はそ~っと手を挙げた。
「あ、じゃぁ交渉決裂ということでやっぱり私が……」
「「駄目!」」
……ぷ~。(拗ねっ)
「それなら、俺が身体を貸す」
竜胆君が何かを決意したような目で進み出た。え、ええっ?
「盛沢のその、魔力……? を何とかしてくれるのなら、それでいい」
ちょ、竜胆君っ? それフラグ、なんかのフラグだから! 絶対よくない事が起こるフラグだからっ。
は、早まるなあああああああ!