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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
156/180

一月の脇役 その十

 恐る恐る声の方を振り向けば、般若のような顔をした美少女がそこにいた。

 こ、こわああああああああああ!(ぷるぷるぷる)


 今の今まで私は、「男の子はみ~んな私のモノ!」と思い込んでいる美少女ちゃんに、おいしいエサを見せつけて羨ましがらせているだけのつもりだった。こうする事によって、自分の行いが他者からどう見えるか、どんな不快感を与えるかを学んでくれたらいいなぁ、くらいにしか考えていなかった。


 だというのに。

 まさかその当人に痣ができそうな力で腕を掴まれて、ホラーのようなセリフを囁かれるとか! この状況は一体何? 急展開すぎて、ちょっと頭がついていかないよっ?

「またもや女というのはちと気に食わんが、仕方あるまい。さぁ、儂の手を取るのだ」

 彼女の年齢には合わないディオールのプワゾンの香りが、嫌に鼻につく。いかん、いかんよ、それはもっとこう、大人の女性向けの香水なんだから。


 私達くらいの年齢なら、同じディオールでもディオリッシモがちょうどいいって母が言ってた! 爽やかだし。

「お前の身体を寄越せ。代わりにどんな願いでも叶えてやろう」

 美少女ちゃんは、先ほど竜胆君の前で聞かせたかわいく甘えた声ではなく、蛇が這うようなしゅるしゅるという呼吸を混ぜて繰り返した。

 う、ごめん、ちょっと気持ち悪い。離れてくれないかな?


 そもそもさぁ、願いを叶えてもらっても身体あげちゃったら意味ないじゃん?

 私の不満を読みとったのか、彼女はくっくっく、と低~く笑った。わぁ、悪役っぽ~い。

「なぁに、全部寄越せと言うつもりはない。共有させろと言っておるのだ。儂が使いたい時に使わせてくれれば良い。代わりに何が欲しい? 金か、名誉か、知識か、それとも更なる取り巻きの男達か。……世界が欲しいというのであればちと手間がかかるが」


 え、なにその破格のお申し出。私の身体をたまに貸すだけで世界までくれちゃうとか、すごくない?

 つまりは賃貸契約をしたいって事だよね? 私大家さん、そっちは店子さんって事で。

「ダメだよ」

 くらり、と心が揺れたタイミングで、光山君が私の肩を叩いた。

 はっと我に返ると噴水ショーはとっくに終わっていて、見ていた人々が大移動を始めたところだった。

 あれれ~、なんだって全員移動するの? 次のショーの場所取りとか、しなくていいの?


「君は、本当に……」

 光山君は、はぁ、とわざとらしくため息をついて私をベンチの反対側へ押しやると、美少女ちゃんとの間に自分の身体を滑り込ませてきた。ただならぬ雰囲気を察した戦隊が私を引き取り、竜胆君が私を身体の後ろへ隠す。

 えー、気持ちはありがたいけど見えないから余計気になる!


 不思議な事に、いつの間にか噴水前広場は私達だけの貸し切りになっていた。

 あーうん、こういう状況すご~く身に覚えがあるなぁ。あの時はいつの間にか空間が歪んでたパターンだったけど、今回はどうやったんだろう? 集団催眠か何かで全員を遠ざけたのかしら。


「どけ小僧。儂はその小娘に用があるのだ」

「彼女の方にはないと思いますよ」

「何を言う。小娘は乗り気だったぞ?」

「迷いやすい子ですから」

 アレ、今なんかちょっと子供扱いされた? そりゃ、気持ちはグラつきやすいけど滅多に頷いたりしませんよ、私は! ただ葛藤するだけで……。


 まぁ、その葛藤が付け込まれる切っ掛けだって言われたらそれまでだけどさ~。ちょっと想像してみたら、身体に間借りさせるなんてイヤだなって、すぐに思い直すよ? そんな心配しなくても。

「やっと、やっと儂の魔力を存分に振える身体が見つかったのだ。諦めんぞ!」

 美少女ちゃん(の、中の人と推定される誰か)は、男の子達を睨みつけて、右腕を大きく振った。ほほぅ、魔力とな。


「来い、小娘」

 ヴォンッ、と鋭い音がしたと同時に何とも表現し難い横薙ぎの重さを感じて、私は反射的に目を閉じた。風じゃない空気の塊に体当たりされたような不思議な感覚。すぽん、と空間から自分が抜けたような。

 うぅむ、だるま落としの中段の気持ちがちょっとわかってしまった気がする。


 一瞬の眩暈の後、目を開けるとそこは女子トイレの中だった。

 どうやら空間を跳ばされて攫われたらしい。いい加減、この眩暈にも慣れてきたなぁ。ところでここって、さっきの女子トイレ? 構造一緒なんだけど。

「ふふふ、怯えているのか。心配するな、お前に危害を加えることはない。……儂の言う事を聞けば、だがな」


 や、別に。むしろよかった、真っ白とか真っ黒な空間じゃなくって、と安心してます。場数踏んでるので。危害云々も、例によって危機感薄いです。

 ほんとすみません、ご期待に添えなくて。

「さて、邪魔が無くなったところで話し合おうではないか。安心しろ、儂は契約を違えたりせん」

「はぁ」

「この娘と結んだ契約も公平なものだ。こやつの下らん望みさえ、儂は全て叶えてやったのだ」

「はぁ」

 無理やり身体を乗っ取ろうとするのではなくて、こうして説得に当たるところを見ると、確かにこの「中の人」はある程度フェアなんだろうなぁ。


 賃貸契約を結ぶにあたって、我が家では最低三つのものを用意してもらっている。まず、身分証。そして収入を証明するもの、保証人さんの印鑑証明。あとは仲介してくれる不動産屋さん次第だけど、この三つだけは絶対に外せない。

 というわけで、私は一番大事な「身分を証明するもの」を求めることにした。や、決して「条件によっては……」なんて思ってないよ? 時間潰しだよ?


「それで、あなたはどなたですか?」

「ふふふ、聞きたいか」

「えぇ、まぁ」

「そうかそうか、ならば聞かせてやろう」

 え、なんかすごいテンション上がっちゃったんだけど。名前聞かれるのってそんなうれしい?


「我が名はエルヴァリクス。炎雷の地、無慈悲の神住まう西の大陸を統べる魔王なるぞ!」

 中の人、改めえ、エル……エルヴァさんは、わざわざバックに雷の特殊効果をつけつつ高笑いをした。わぁ、残念な人っぽい。

「……えーと、じゃぁ、よその世界の方なんですね」

「む、妙に察しが良いな小娘。その通り、儂は異世界から来た『魔王』なのだ!」

 魔王、というのを強調しているあたり、この人のアイデンティティはそこにあるらしい。


 どうだ驚いたか、信じられぬか。儂に恐れひれ伏せ、と再び高笑いをするエルヴァさん。

 いやあの、非常に申し訳ないんだけど、異世界が存在するって事はよ~く知ってるし、こわ~い魔王には心当たりがあるし……。なんかほんと、期待通のリアクションとれなくてごめんなさいっ!


「異世界の魔王様がなんでまた日本の女子高生に?」

 高笑いが止むのを待って(この手の人は、悦に入ってる時に邪魔すると機嫌が急降下すると相場が決まってるからね!)、私は肝心なところに突っ込んだ。

 まぁ、聞かなくても何となくわかるんだけどね。大方、勇者か何かに倒されかけて、精神だけこっちに逃げて来て、宿主探したら彼女に出会った、みたいな~? どうどう、アタリ? いい線じゃない?


「くっ、それもこれも全ては、忌々しいあの女のせいなのだ。戦姫だか何だか知らぬが、儂の領土に攻め入って来おって……!」

 エルヴァさんはギリリ、と歯ぎしりしつつ、自分がいかに卑怯な手で倒されたのかを語った。あー、うん、ヒドイヒドイ。そうだね、女なんて信じらんないね。私も女だけど。


 そんでもって、実力と関係ない理由で倒されちゃったエルヴァさんは、こっちの世界に逃れて、魔力の高い男の肉体(薄々そうじゃないかなって思ってたけど、彼は男性だった)を探していたけれどなかなか見つからず、仕方な~く、たまたま「願いを叶えてくれるなら悪魔でもイイ!」などという危険な思想に取りつかれていた彼女と契約を交わしたのだという。


「ちなみに、願いって……?」

「これだ。この主人公のようになりたいと願っていた」

 エルヴァさんは、懐からゲームのソフトらしきものを取り出した。えーと、何々? 『がくぇんぁくじょ!Ⅱ 小悪魔な私と魔法のKiss☆』


「……学園悪女、2?」

 エルヴァさんは無言で頷いた。あ、タイトルを口にするのも耳にするのもイヤって顔してる。でもでも!


 ……どうしよう。内容が気になる。聞いちゃって、いいかなぁ?


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