一月の脇役 その八
幸いにして、ショッピングモールに入ってすぐに馴染みの雑貨屋さんのチェーン店を発見した私は、とりあえずダイヤ柄のタイツを購入してそそくさとお手洗いに向かった。
いやー、さすがデートスポットというべきか、施設が充実してますなぁ。ちゃんとフィッティングルームがあるのはありがたいよね。
はき替えたところでついでに携帯のメールをチェック。むむ、着信1通か。えーと、どれどれ。(……眩暈)
さて。
私はパウダールームへと移動した。もちろん、ゆ~っくりお化粧直しをするためである。男の子達をちょ~っと待たせている位で焦るようじゃ、立派な悪女になれないのだよ、キミぃ。
……とまぁ冗談は置いといて、これからの事を少し考える時間が欲しかったというのがホントのところなんです、信じてください。ちょっと頭抱えたくなったのです。
いやほら、私もさ、本日の作戦に向けて「悪女」というものについて自分なりに下調べしてきたんだよ。そんでもって、本来の悪女とは「性格、または容姿が悪い女性」をさすはずなのに、最近ではもっぱら「女を武器に男性に害をなす女性」の意味で使われているらしい事までは理解した。
理解はしたんだけど、この先どうしたらいいのかまったくわからにゃー……。(とほー)
だってさ、悪女の定義って人それぞれみたいだから「こう振る舞えば悪女!」っていうお手本がないんだよねぇ。
とりあえず、男の子に対する態度と女の子に対する態度を変えたり、複数の男の子と付き合ったり、思わせぶりな態度で男の子を振り回したり、物を貢がせたり、すればいいんだろうなぁとは思うんだけど。難しいよなぁ。
グロスを塗り直しながら鏡越しにこっそりと後方を確認すると、そこには物陰に隠れながらこちらを凝視しているピンクベージュの女の子の姿がバッチリ映っていた。
ええ、そうです、彼女です。なぜだか知らんが男の子達じゃなくて私に付いてきちゃってるんです。さっきから明らかに追う対象間違ってるよね。どうなのよこれ。せめてもうちょっと隠れとこうよ、見えてるよ?(ん、ところで絵実ちゃんどこ行った?)
私は彼女に気付かれないようにため息をついて、もう一度、さっきのメールをひらいた。
Frm:光山 海人
Sb:行ったよ
彼女、そっちに行ったよ。
次の助っ人送るから、頑張
ってね。
……くらっ。(眩暈再び)
次の助っ人って誰だ。そして詳細を一切書かずに「頑張って」だけで放り投げるって意地悪すぎないかな! そろそろ許してほしいんだけどな。ってゆーかどこまで用意周到なんだ光山海人おおおお!(ぜいぜい)
や、まぁね、なんとなく予想はつくんだけどね。女子トイレに派遣するからには女の子だろうし、今日集まった顔ぶれからして、ねぇ? 戦隊の女の子に決まってるよねー?
あぁ、根岸さんや水橋さん相手に嫌な女の子の演技なんてできるかしら。二人とも引いちゃわないかしら。
私は女優、私は女優と暗示を掛けながらビューラーでまつげを整える。いいこと、私。とりあえずカチンと来るタイプの女性像を思い浮かべるのよ。その人の真似をすればいいだけなんだから簡単よ。
でもなぁ、私の知り合いにそんな人いたっけかなぁ? ……いるじゃん。(あっさり)
「お久しぶりね、盛沢さん」
実際はそう久しぶりでもない声で呼ばれた時、私は「彼女」になりきる準備が既に出来上がっていた。ふふふ、さぁ見るがいい。男の子の前では決して見せられない嫌な女の顔を存分に!
私は掛けられた声に振り返る事なしに、フェイスパウダーを手に取った。「彼女」はどんな時でもお化粧に余念がないのだ。そんでもって、気持ちだけは常に世界の中心にふんぞり返る女王様たれ!
「あら、どちらさま?」
興味なさそうな声で、手は止めない。そうそう、確かこんな感じ。よし、イケる!
「……相変わらずね」
つかつかとやってきて私の隣に立ったのは予想通り戦隊の……アレ?
あれ、えーと、根岸さん、だよね? 眼鏡掛けてないけど。三つ編みしてないけど!
てゆーかなんだこのクール系美女、しゅげぇ! モノトーンのパンツスーツで決めてて滅茶苦茶カッコイイんだけど。え、なに、コンタクトにしたの? 珍しくお化粧もしてる? 誰プロデュースですか。水橋さん?
「人の恋人にまで手を出すなんて、モラルに反すると思うんだけど」
根岸さん(推定)は、鏡越しに冷たい目で私を睨んだ。
あ、まずい、今なんだかグっときた。私の中のイケナイ部分がうずいたような。……いやいや、違うから。断じて違うから。私マゾじゃない、マゾなんかじゃないもの!
内心の動揺を押し隠しながら、私はふふん、と鼻を鳴らしてゆっくりと髪をかきあげた。
「別に手を出してなんかいないわ。彼が、自分から私のところにくるんだもの。しかたないでしょ?」
我ながら悪そうな笑顔で、ゆっくりと振り返り彼女の顔を見上げる。いや~ん、見下すような視線がたまらな(げふげふ)……、精神的にキツいです。え、演技だよね、お互い本気じゃないんだよね?
私と根岸さんはしばらく見つめあった後、ほぼ同時にふいっと視線を逸らした。打ち合わせなしのぶっつけ本番だというのに、私達すごくない? この道で食べて行けそうじゃない?
「花の命は短いって言うわ。今が楽しくても、いつか後悔するわよ」
「ご忠告ありがとう」
私はぱたりとコンパクトを閉じて、ポーチにしまった。
「じゃ、彼らを待たせてるから行かなくちゃ。水橋さんにヨロシクねぇ」
立ち去る時も堂々と。「彼女」もといコガネ先輩は、常に背筋はピンと張って、ついでに顎をツンと上げてたっけなぁ、と思い出しながらその通りに歩いた。
嫌なお手本にしてごめんね、コガネ先輩。今思えばあなたは男の子達の前でもこの態度を崩しませんでしたね。その点は尊敬します。(ある意味)
なんちゃって修羅場から逃げ出してさっきの雑貨屋さんに戻ると、ちょうど中山君がお会計をしているところだった。
このお店って、ものすごく女の子女の子してるから、彼が買うものなんかなさそうなんだけどなぁ。お姉さんへのお土産かしら。
「おまたせ~。ごめんね、ちょっと混んでたの」
さらっともっともらしい嘘をつくのも悪女の条件だってどこかに書いてあった!
彼らは私が遅くなった本当の理由を知っているはずだけど、これはどこかで聞いている美少女ちゃんのための嘘だから。裏表がありますよアピールだから。
「えっと、じゃぁ、他のお店も見てみたいな!」
お店の中に入ろうとした足をくるりと回転させて、私は斜め向かいのお店を指さした。
だってだって、奥の方に絵実ちゃんの姿を見つけてしまったんだもの! ここで出くわしちゃうのはまずいよね、きっと。
私も絵実ちゃんも、結構好み被ってるからなぁ。我慢できなくなっちゃったのはわかるけど、君達ほんと、もうちょっと忍べよ?
うぅ、ほんとはこのお店見たかったのに、絵実ちゃんのばか。でも、あのお店ももしかしたら新しいお気に入りになるかもしれないし、いいや……。
「盛沢、これ」
気を取り直しててくてくと歩き出した私の目の前に、中山君がひょいっとかわいらしい小袋を差し出した。え、これは今まさに購入したものじゃない? もしかしてお姉さんへのお土産じゃなくて私に? なんで?
「え、なに?」
「さっき見てただろ?」
ほらほら、と差し出されるピンクの袋を恐る恐る受け取る。お許しをもらってから中身を確認すると、確かにタイツを選ぶついでにちらりと覗いて、ちょっといいかもと思ったヘアピンが入っていた。なぜだ!
いや、嬉しいけど、嬉しいんだけど困惑する。誰か説明して。万年金欠でぴぃぴぃ言ってる中山君が、500円もする(彼にとっては大金に違いない)ヘアピンを私にくれた理由がわからにゃい!
「え、いいの? でも……」
「いつも世話になってるからさ」
ちょっとはにかんで微笑む中山君。きゅ、きゅぅぅん。何この子、かわいい。飼い主に「ボール取って来たから褒めて」的おねだりするわんこみたい。
「ありがとう」
あまりのかわいさに、とろけてるに違いない顔でお礼を言うと、さらに3方向からお揃いのピンクの袋を差し出された。
「ん。最近副業でバイト代出るから気にすんな」
「……使ってくれ」
「はい。似合うと思うよ」
福島君、竜胆君、光山君。通路のまん中で、それぞれ無表情に、照れながら、にこりと微笑んで私の手にプレゼントを乗せるその様子はきっと、傍からみたら、まるで、まるで……!
「貢がせるのも悪女の条件だよ」
「あ……アリガトウ」
お礼の言葉がぎこちなくなってしまったのは、しょうがないとおもうの。(へにゃり)