一月の脇役 その七
人間にはそれぞれ適正というものがあると思う。大抵の人間には得手不得手があって、だからこそお互いに協力し合って不足分を埋めなくてはならないのである。
まぁ、身近に例外もいるけどな! いいんだ、彼は魔王だから。
えーとつまり何が言いたいかというと、今回竜胆君に相談しようとしなかったのはですね、どう考えてもこの件は彼にとっての苦手分野であり、困惑させてしまうだけだろうな、と配慮したためなんだけどもしかして傷つけちゃいましたかね?
だってだって、女子高生の喧嘩から発展した話だよ、理解不能じゃない? ちなみに私だって未だに意味がわからんよ、なんで私がモテたら絵実ちゃんが勝つ事になるのか。
頭の中ではぐるぐると言い訳が回っているのに、こんな時に限ってうまく言葉が出てこない。そんな私の様子をどう感じたのか、竜胆君はそっと手の力を緩めた。
「俺は光山のようにうまくはやれない。わかっているんだ。すまん」
痛かったか? と労わりながら私の手の甲を彼の指がなぞる。うひぃ、くしゅぐったい。
この人ってば、硬派っぽいくせしてたまに、こう、アレだよね。たま~に、上級者っぽい触れかたしてくるよね!
いかにも男の人って感じの指でそんな事されると、ちょっとせくしぃ過ぎて困るんだよ。彼に限ってそんなつもりは無いんだろうけど。
「お前を困らせたいわけじゃないんだ。ただ、頼られたいと願っているだけじゃ駄目なんだと思い知った。……俺は、盛沢を守りたいんだ。だから何でも言ってほしい」
まままままままままもりたいってなにからですか世間からですかそれとも襲ってくる未知の敵からですかわたしそんなに危なっかしいですか!
え、なにこれもしかして口説かれてる? プロポーズ再び? 思わず頷いちゃいそうなんだけど。
「わ、私、守ってもらわなくても大丈夫だよ。や、どうしようもない時もあるけど、でも」
「わかっている」
「それにね、竜胆君が思ってるほどか弱いわけじゃないし、むしろ図太い方だし!」
「……それも、薄々わかってはいた」
気付いてたんだ! だよね、竜胆君の目の前でケセラン様とやりあったりジャックさんに厳しくしたり、してたもんね。さすがに現実から目を逸らし続けるには限界があるよね。
「だから、竜胆君にそこまで想ってもらうほどの人間じゃないっていうか」
「盛沢」
再び彼の手にぎゅっと力が入った。
「迷惑、か?」
いやいや迷惑かと聞かれると、むしろありがたいくらいなんだけど。ひたすら申し訳なくてですね。あぁもう、わかってほしいこの乙女心!
「俺の気持ちは、迷惑なのか?」
そんな言い方されたらもう、私はぶんぶんと首を横に振ることしかできないよ。ど、どうしよう、心臓がドキドキして息苦しくなって……。
がった~~ん!
熱に浮かされたように「こちらこそお願いします」とかなんとか口走りそうになったところで、突然誰かに椅子を蹴られた。と同時に、足に何か液体が掛かった感触。うひゃぁあ、冷たいっ!
あ、いや、でもある意味助かった。今、危うく陥落するところだったから。
私ったら、竜胆君のおうちに御挨拶に行く妄想してたよっ。あのおじい様を何て説得したらいいんだろう、くらいまでは考えてたよ!
「きゃっ」
殊更ビックリしたようなフリをしつつ立ち上がる。竜胆君は一度短く息を吐いて首を振ると、やっと手を放してくれた。
ごめん、ほんとごめんね。でも、このままだと雰囲気に流されてウッカリ婚姻届出すような事になりそうで怖かったんだってば!
……それにしても人様が座っている椅子を蹴るたぁ無礼な、何者だ?
「あ、ご、ごめんなさいっ。ぶつかっちゃって」
声の方に振り向くと、見覚えのある女の子が腰を90度曲げる勢いで頭を下げていた。私ではなくて、竜胆君に。
……オイこら。あからさま過ぎるから。故意だか不慮の事故だったのかは知らんが、被害者私だから。
ストレートのミディアムロングの髪は、近くで見ると少しピンク掛かっていた。染めてるのかなぁ。わー、つやつやしてるよ、一糸の乱れも無いよ。やっぱり美少女ってのは髪質まで違うのか。
彼女はきっかり3秒でがばっと顔をあげ、竜胆君にずいっと迫った。うわぁ、眉をハの字にして上目遣い、あざとい! さすが逆ハー美少女あざとい!
「友達とはぐれちゃって、探しながら歩いてたんです。よそ見してたせいでその人にぶつかっちゃって……。ほんと、ゴメンナサイっ」
最後の「ゴメンナサイっ」で、も一度腰を90度折る。お手々はもちろん揃えてお膝。まぁかわいい、な~んて言うと思ったかコラぁ!
異性なら騙せても同性の目は厳しいよ? 私にぶつかった(というか蹴ったね、絶対)という自覚があってなおかつ竜胆君に迫るって事は、やっぱり確信犯だよね、ね? 有罪ってことでいいよね。
「わたしったらほんとドジで……。ジュース、掛かっちゃいませんでした? 弁償させてくださいっ!」
なるほど、液体は竜胆君の足に掛けるつもりだったのか。それでもあえて竜胆君ではなく私の椅子にぶつかったのは、衝撃を我が身で受けるとどうしてもその分マイナス補正が掛かるだろうと計算しての事だったりするのだろーか?
だとしたらすごいな。
竜胆君は、いや、と首を振ってから私の足元へ視線を移した。
「盛沢、足が……」
むむ、黒のタイツだったからあんまり目立たないと思うんだけど、やっぱりわかる? あ、靴に掛かってるのに気がついたのかな?
「あ、うん。タイツだし、大丈夫。弁償とか、気にしないでいいですよ」
しかぁし! 残念だったな小娘。こんな肝心な時に私の、「近くの不幸を代理で引きうけてしまう」特性が発動するとは想定外だっただろう、ふっふっふっふ。(泣かない!)
弁償すると言いだした手前、美少女ちゃんは「でも、あの」ともごもご言って留まっていたが、私はにっこり笑って手を振った。
「ほんとにだいじょぶですから。……お友達、早く見つかるといいですね」
ちょっといじわるかな~、と思いつつも心を鬼にして追い払う。
まぁね、本来の私であれば、もしかしたら竜胆君と彼女の間に芽生えるかもしれない恋の可能性を考慮して、空気読んだりもするんだけどさ。今の私は「あくじょ(笑)」だから。男の子はみ~んな私のもの。だから、あなたはお呼びじゃないのよ。
彼女が未練たらたらな様子ながらも立ち去ったところで、タイミング良く買い出し組が戻って来た。
「たっだいま~。宗太さぁ、さっき女の子となんか話してた?」
かわいい子だったよな~、知り合い? と能天気に笑う中山君はともかく、微妙な顔で笑う福島君と、「大変だったね、大丈夫?」な~んてしれっと言う光山君は、絶対分かってるよね。
「大丈夫、熱いものじゃなかったし。でも、替えを買いたいな」
濡れたタイツというのは非常に気持ち悪いものなんです、実は。
とりあえずはティッシュで吸い取れるだけ吸い取ったけど、やっぱりこのままなんてアリエナイね。オレンジジュースだったから、乾いたらベトベトしてきそうだし。バッグの中にウェットティッシュあったかしら……。
「じゃぁ、食事したら中に入ろうか。ショッピング街があるから、そこで」
正直言うとさっさと行きたいんだけど、お腹が空いて空いて空き過ぎて切なそうな顔をしている中山君に「待て」をさせるのもなぁ。それに、せっかくあったかいもの買ってきてくれたんだし、今は我慢しようっと。
わぁい、ガレットだー。おいしそう。いただきま~す。
「このタイミングで接触してくるだろうとは予想してたけど。まさかそっちに行くとはね」
「だな。盛沢がいない隙を狙ってこっちにくるだろ、フツー」
「え、あの子が盛沢のストーカーだったのか?」
ハムとチーズが入ったガレットを一口。シンプルなおいしさにふにゃっとしていると、光山君と福島君(と、中山君)が先ほどの彼女の行動を分析し始めた。
……そうか、私を残して行ったのはそういう意図あっての事か。ちゃんと考えてくれてるんだなぁ。(もぐもぐ)
「二人がちゃんと話し合えるようにとも思ってたんだけど。邪魔が入って残念だったね、竜胆君」
「あぁ。……いや、もういい。伝えたい事は伝えた。光山の言った通りだった」
「そう? それはよかった」
…………?(もぐもぐ)
「身体のどこかに触れた状態で、ちょっと強引に迫ると硬直するんだよね、盛沢さん」
「小動物みたいな習性だな~」
「あはは、盛沢かわいー」
もぐもぐもぐもぐもぐ、ごくんっ!
「宗太は、結構盛沢に言いくるめられてるもんな。よかったじゃん、いい方法習って」
「これからも、誤魔化されたくないときはこの方法でいくといいよ」
「あぁ」
「なぁなぁ、それって俺がやっても効果あんの?」
「……中山君だと、どうかなぁ」
なんの話してんだ、あんたらはっ!(きいいいいいいい)