一月の脇役 その五
傍目には緩そうに見えて実はしっかり巻いて固めた髪。ふっふっふ、多少の風では崩れまい。
いつもはあまりはかないシフォンのキュロットの着心地に若干の違和感を感じながら、私に向かって手を振る光山君にゆっくりと近づいた。
待ち合わせの時間は午前10時。しかし現在時刻はなんと10時半。
おそらく彼の事だから10分前には来ていたはず、って事は40分はあそこに立ってたわけだ。なるほど、そりゃ、ああなるよなぁ……。
彼の目の前に立って何やら話しかけていた女性が、憎々しげに私を睨みつけた。遠目から彼を眺めていた女の子達からは品定めするような視線を感じる。
ひぃ、いや、違うんです、聞いてください。これには深いわけがあるんです。おねがいそんなめでみないで!
「おはよう。待った? ごめんね、靴が決まらなかったの」
ひきつりそうになる頬を必死で抑えながら、ものすごくどーでもいー遅刻理由を大きめの声で言うと、すれ違いざまにおねーさんから「んなもん前の日に決めとけよ」というごもっともな捨て台詞を吐かれた。
ほんとですよねー。私もそう思います。いつもはこんな子じゃないんですよ、私。
「おはよう。さ、行こうか」
差し出される手に素直に手をのせると、彼はにこっと笑って歩き出した。
「あの、遅刻してゴメンナサイ」
小さめの声で謝ると、彼はくすっと笑った。
「ぴったり30分遅れるんだから、ほんと律儀だよね」
どうです、聞きましたかみなさん。
そうなんです、遅刻も指示のうちなんです。男を弄ぶ悪女たるもの、自分の都合で振り回せ! というコンセプトのようです。
私のキャラ的に、女王様よりも可愛子ブリっ子(死語)のほうが合ってる気がするんだけどなー?
「それより従妹さんは? 付いて来てる?」
「大丈夫。光山君の斜め右の方にいたから。わからなかった? 結構似てるって言われるんだけど」
「う~ん、言われてみれば似てる子がいたかな」
声をひそめて話しているので自然と身体が近くなる。これって事情を知らない人の目にはイチャイチャしてるように映るんだろうか。
いや、いいんだけど。今日はそれが目的だから。
「ところで、今日って具体的になにが起こる予定なのか、そろそろ教えてほしいんだけどなー?」
わざとらしくこてんと首をかしげて上目遣いにおねだりしてみる。どうだろう、恋人に甘えているように見えませんかね!
しかし甘い顔立ちのクセに性格は甘くない光山君は、にっこり笑って沈黙で返してくれた。あぁ、やっぱり怒ってるんだなぁ。
絵実ちゃんの計略によって光山君に電話した翌日、彼から届いたのは非常に、ってゆーか非情なほどシンプルな指令だった。
Frm:光山 海人
Sb:デート
3日後は空いてる?
いつもの駅に10時待ち合
わせでスケートに行こう。
あとはお楽しみって事で。
P.S. 30分くらい遅刻し
ておいで
どうよこれ。アッサリしすぎじゃない? デートのあま~いドキドキ感とか削ぎ過ぎじゃない? いや、デートじゃないんだけど。断じてデートじゃないんだけどさぁ、もっとこう、さぁ……。
あとはもう、メールで聞いても電話で聞いても教えてくれないし。正直すっごく不安です。私、一体なにをさせられるんだろう……!(どきどきどき)
電車に乗って移動すること数十分。私達はスケート場に到着した。
ただでさえお洒落なデートスポットとして有名な総合施設のまん中に、「冬季限定の屋外スケートリンクが出現。今年のテーマは『恋人達の夢』!」という煽り文句で設置されただけあってカップル率が高い高い。周りの屋台も、ちょっとお洒落なカフェ風。
あ、ホットチョコレート売ってる~。後で飲もうっと。
このスケート場、夕方以降はライトアップされて、イルミネーションがそりゃぁもうロマンティックできれいなんだそうだけど、青空の下ってのも健全でいいよねぇ。
ほわぁぁ、屋外スケート場なんて初めてだからちょっとテンションあがっちゃう! わぁいわぁい! スケート久しぶり~。(きゃっきゃ)
レンタルしたのはフィギュア用の靴。身の程知らずって言わないで? だってだって、初めてスケート行った時、フィギュア用の方がスピード出にくくて怖くないかもって教えてもらったんだもん。
あ、あと、ホッケー用よりデザインが私好みなんだ。ただし、間違ってもジャンプしたり回転したりなんて無謀な事は考えてませんよ、ええ!
「そういえば、スケートはできるの?」
あ、しつれーな質問! まぁ、気持ちはわからんでもないけどな。
大学の必修体育でも、テニスボールを打ちあげしまくってるからね、私。なんでいつも真上に上がるのかと小一時間……!
「滑るだけならできるよ! 言っておきますけどね、スキーだって一応できるんだから! 滑るだけだけど……」
「そういえば、高校のスキー合宿では上のクラスだったね」
「経験がある、ってアンケート答えたらそうなってただけだよ。それにしても高校2年の班分けなんてよく覚えてるねぇ」
「そりゃ、ずっと見てたから」
「そっ、なっ」
ぎゃあああ不意打ち禁止! そんなこっぱずかしい事口にしながら真正面で微笑まれたら何も言えなくなるじゃないのっ! いやあああ、耳まで熱いっ。
なんだこれ、ほんとにらぶらぶでぇとみたいじゃないか。ヤバいよ、ウッカリ堕とされそうだよ、しっかり私! 従妹の前でそんな……ってそうだ、絵実ちゃんどこ?
あからさまになり過ぎないように、あくまでさりげなくきょろきょろと目を動かすと、私がさっき見付けたホットチョコレートの屋台に並ぶ絵実ちゃんの姿が!
あぁ、うん。従妹だからね。それにあの子、寒いの苦手だからあったかいものに飛びつくよね……。
ホットチョコレートの屋台を見ているフリをしながら絵実ちゃんの横に立つ女の子にちらりと視線をずらす。アレか、元凶は。
私はそろりと氷の上に足を踏み入れた。
よしよし、いきなり転んだりしないですみそうだ。支えようかと差し出された光山君の手をそっと断って、私はすいっと絵実ちゃん達の方へ近づいた。もちろん、敵を観察するためだよ! 目的は屋台じゃないよ!
ふむふむ、ミディアムロングの髪はおそらくストレート。
あまり近付き過ぎちゃまずいから顔立ちはよく見えないけれど、絵実ちゃんより10センチほど背が高いその立ち姿はバランスがよくてなるほど美しい。ってことは身長は160くらいか。
くぅ、うらやましい! ピンクベージュのフレアコートがお似合いです。いいなあ、私もあのくらい足が長ければなぁ。
「あぁ、あの子かな?」
私の斜め後ろを滑る光山君が(このポジション、もしかしなくても私がいずれ転ぶと断定してないか?)、私の視線をたどって彼女に行きついたらしい。よし、せっかくだからちょっと答え方の難しい話題をふってみようか。
「かなぁ。綺麗な子だねぇ」
「まぁ、好みによるだろうけどね」
……自分でふっておいて何だけど、男の子のこういう気遣いって、たまに可哀想になるなぁ。綺麗なものは綺麗だよ、ほんとの事言っても私は気を悪くしたりしないよ?
雰囲気からして間違いなく美少女です。私が認めます。自分は男の子にちやほやされてしかるべき! と思い込んでも仕方がないと思います。乙女ゲームヒロインとして遜色ありません。
これで攻略対象がもっとこう、たとえば同じクラスのA君(スペック、ごくごくふつー。特徴:やさしい)とか、隣のクラスのB君(サッカー部所属、万年補欠。特徴:おもしろい)とか、二次元萌えのC君(立体が嫌い。特徴:物知り)とか、地味で冴えないけど生徒思いな先生(特徴:動物好き)とか、人知れず学校を管理してくれてる用務員さん(特徴:世話焼き)とかだったらなぁ。学校中の女の子に総スカン喰うどころか人気者になれたに違いないのに。
おっとぉ、視線に気付かれたか、こっち見た!
私は疲れたフリしてふらふらと端へ寄って、なんとか止まった。なんか、これ以上近付かない方がいい気がして。
あ、なんかすごく見られてる気がする。一回意識するとその視線はちょっと怖い怖い、なんでえええ?
視線から逃げるようにくるりと振り返って光山君に向き合うと、彼は私の肩越しに誰かを見つけたようで、小さく「ちょうどいいね」と囁いた。え、なに。とうとう始まるの?
後ろが気になって振り向こうにも振り向けない、そんな私を、聞きなれた低い声が呼んだ。
「盛沢」
「ぇ」
つるり、とバランスを崩す私。いやあの、断じて狙ってやったわけではなく!
その私の手を光山君が掴み、そして腰を誰かが抱いて支えてくれた。そのままつる~っと足は滑り、なんだかダンスのリフトのような格好でやっと止まった。うぉぉぉぉぉ、白昼堂々人前でなんとゆー醜態をっ!
「大丈夫か?」
驚いたように私を見下ろす顔。はは……。ははは……。
「こ、こんにちは。ありがとう竜胆君」
なるほど、こういうことか。
二人に支えられてのけぞったまま、竜胆君の後ろで頬を掻く福島君と、能天気に笑う中山君を見て、私は光山君の計画がやっとわかった気がした。




