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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
150/180

一月の脇役 その四

 ひゅぅ、ひゅう、と肺が音を立てている。身体のあちこちが痛い。特にお腹、そして喉。呼吸からはなんとなく血のにおいさえ感じた。

 お願い……、私は最後の最後まで立派に戦ったと、みんなに伝え……て……。(ガクリ)


「まぁまぁ久実ちゃん、機嫌直して? はい、お水」

 さすがに悪いと思ったのか、絵実ちゃんは甲斐甲斐しく私の世話を焼き始めた。キッチンに行ってミネラルウォーターのペットボトルとコップを調達し、水を注いで私に持たせる。私はその間、ぐったりと四肢を投げ出してベッドに突っ伏していた。

「ほら、ストロー持ってきたからね」


 彼女はコップにストローを挿して、うまい具合に飲み口を私の唇へ寄せた。なるほど、これだと寝たままで飲めなくもないんだ。むせると危険だけど。

「じゃー、落ち着いたところで久実ちゃん。デートの打ち合わせしよっか!」

 まだ落ち着いてないんだけどなー。とりあえずもう一杯お水ちょーだい。ん、ありがと。


 コップの水をこぼさないように気をつけながら、私はそっと上半身を起こした。うぅ、お腹いたい。筋肉痛になっちゃったかも。

 理不尽だぁ。なんでお誕生日にこんな目にあわなきゃいけないんだ!

 よし、やっぱり腹が立ったから少しぐずってみよう。


「でもさー、まだ相手も決まってないし。引き受けてくれるかわかんないよ? だからさ、打ち合わせも何も……」

 そもそも絵実ちゃんのリクエストは、見た目の良い男の子と私がデートする事、ただそれだけ(いや、よく考えてみればそれだけでも難易度高いんだけどね!)だったじゃないか。この上まだ要求があるとゆーのかね?


「じゃーさ、聞くけど。久実ちゃんはどんなデートするつもりなの?」

「え……」

「久実ちゃんの考えるデートコースを言ってみなさい!」

 えー、そんな、咄嗟に思いつかないよ。デートコースかぁ。えーと、例えば……。

「映画見て、お茶する、とか?」

「ほらぁ!」


 ダメだったらしい。絵実ちゃんはそれ見たことかと頭を振った。むっかぁ! 自分だって彼氏いた事なんてないくせに! ……ないよね? あれ、私が知らないだけ?

「じゃぁ、図書館行って、お茶?」

「却下!」

「水族館行ってお茶!」

「何が何でもお茶してバイバイなんだね……」

 な、何が悪いっ! なんならお茶じゃなくて食事でもいいんだけどさぁ。


 ってゆーか、大学の帰りに一緒にごはんとか食べにいってるんだから、それを見てもらうだけじゃダメなのかなぁ?

 今なら光山君だけじゃなくて小笠原君も高確率でついてくるよ? 見ようによっては私、両手に花なんだけどな!


「そーゆー無難なのじゃなくって! 私がお願いしたいのは大学生のらぶらぶなデートなの。半日でバイバイ、じゃダメなの。せめて最後に、一緒に夜景くらい見てくんないとダメっ!」

「えぇ~……」

 そいつぁハードル高いな。絵実ちゃんは大学生同士のお付き合いというものにどんな幻想抱いてるんだろう。わからん! とりあえずアレか、時間掛けりゃいいのか?


「じゃぁ、美術館巡りとかいいんじゃないかな。結構時間かかるし」

「そんなの、私が退屈しちゃうじゃん!」

 この子ったら!

「そんな事だろうと思って、いくつか考えてきたよ!」


 絵実ちゃんはふふん、と胸を張って携帯を取り出し、どこぞの御老公の印籠みたいに私の目の前へと突きつけた。ちょっと画面近すぎるよ、よく見えないよ。

「久実ちゃんはめんどくさがって一か所しか行かないからダメなんだよ! もっと移動しないと」

 めんどくさがってると決めつけられたっ!


「候補は二つなんだ。スケート行って、お洒落なカフェでお昼食べて、ショッピングして夕食。そのあと夜景がきれいなスポット、のコース。もう一つは雰囲気のいい公園でピクニックして、それからボーリングとかビリヤードとか、色々できるとこあるじゃん? あそこに移動して遊んで、夕食食べてから観覧車乗るの!」

「うわぁ……、めんどくさ」

「久実ちゃん!」

 おぉっと、本音が漏れた。


「も~! そんなんだから心配なのっ。ほら、メールして!」

「え、どこに」

「竜胆君でも光山君でもいいよっ。ん~、真面目そうな竜胆君より光山君のほうがいいかなぁ。悪ふざけにも乗ってくれそう」

 やだわこの子、私の話から二人の特性よぉく理解しているわ。おそろしい子っ!


 絵実ちゃんは無言で私にプレッシャーを掛けてくる。ぅ、見てる見てる、じっと見てるよ、すがるように見てるよ、昔からその目には弱いんだよ!

 仕方ない。

 私はしぶしぶメールを打ち始めた。


   To:光山 海人

   Sb:こんばんは


   夜分遅くごめんなさい。

   近日中に、ちょっとお出か

   けに付き合ってほしいんだ

   けど、都合どうですか?


「なにその他人行儀なメール。絵文字とか使わないの?」

「うん、苦手」

「でもさ『お出かけ』じゃちゃんと伝わらないよ。はっきりデートしよv って書こうよ」

「ヤだ」

 ぽち。送信。


 お願いだから、御親族とのアレコレで忙しいか、じゃなきゃフォレンディアにでも行ってて、このメールに気付きませんように!

 そんでもって返事保留のまま、絵実ちゃんには悪いけどこの話はお流れって事になりますように!

 ……と祈っていたのに、彼からの返信はすぐに来た。くそぅ!


   Frm:光山 海人

   Sb:どうしたの?


   それってもしかしてデート

   のお誘い?

   君から誘うって事は、また

   何かあった?


 ぐぬぬ、読んでやがる……!

「わぁ、すごい。光山君って久実ちゃんのことよーくわかってるんだねぇ。苦労してるんだ……」

 絵実ちゃんが変なところで感心しているのは気にしない気にしない。だいたいさ、苦労してるのはむしろこっちなんだからねっ?


   To:光山 海人

   Sb:Re:どうしたの?


   ちょっと事情があって、一

   日だけデートっぽい事をし

   てほしいの。

   協力お願いします。


 ぽちっとな~。

「デートっぽい事って……」

「だって、デートじゃないもん!」

「わー、これがカマトトって言うんだね、初めて見た~」

 やかましい。


 と、このようにやりとりしていると、ついに「メールじゃ埒が明きそうにないから電話していい?」という問い合わせがきた。まぁ、まどろっこしいよね、わかるよ。でもね。

 私はそっと絵実ちゃんから視線をそらした。

 いや、だってすっごくキラキラした目でこっちみてるんだもん。おもしろそー、たのしそー、わくわく、ってゆーね。


「わー、生光山君ボイスききたーい。電話しよ、電話。スピーカーで!」

「だ~め。相手の了承なしにそんなことしたらマナー違反でしょ!」

 しかし、こうしてず~っとメールしてるよりは電話でさっさと話付けちゃったほうが効率いいかもなぁ。……よし!

 なんとか光山君の声を聞こうと耳を寄せる絵実ちゃんを押しのけつつ、私は深呼吸を一つ。意を決してコールボタンを押した。


   ぷるるるるる、ぴ


『やぁ、こんばんは』

「こんばんは。ごめんね、変なお願いで」

『いや、オレを指名してくれて光栄だよ。で、何があったの』

「い、いや、あの。ほら、私もそろそろお年頃だし、デートってしたことないなぁって思って!」

 でもでもでも! いざ電話してみると、言えない、言いにくい!


 従妹のプライドのために、私がカッコイイ男の子を侍らせているフリをしたいから付き合ってなんて、いかにも不誠実な気がして言えない! どうすればいいんだー。

『誕生日を機に、思い切って経験してみようかって?』

「う、うん、そうなの! あ、お祝いメールありがとね」

『改めて、おめでとう。それで、どこ行きたいの?』

「え、えーと……。す、スケートして、ショッピングして、夜景見る? ……とかどうかなー」


『本当に、何があったの? 大丈夫?』

 なんか本気で心配されたような気がする。なぜだ!

「なんでそんな……」

『盛沢さんが自分で考えるデートって、映画見てお茶、とか美術館行ってお茶、くらいでしょ』

 盗み聞きしていた絵実ちゃんが、ぷはぁっ、と噴き出す。その声を聞きとったらしい光山君がため息をつく気配がした。

 わらうなっ! あきれるなっ! くっそー、どいつもこいつも人を子供扱いして……!


『君にそのデートコース吹き込んだ相手がそこにいるんだね? 代わって』

「え、でも」

『代わって。ね?』

 わぁん、こわいよぅ。


 で。

 絵実ちゃんは自己紹介の後、ためらいもせずに洗いざらいしゃべってしまった。歯に衣着せぬのが彼女のいいところであり悪いところでもあるんだけど……。

 いくらなんでも「こういう事には竜胆君より光山君の方が適役だと思って」はないわー。ストレートすぎるよ、絵実ちゃん!


「はい。光山君が代わってだって~。あぁ面白かった。私、光山君でも応援したげるよ。がんばって!」

「……もしもし」

『話はわかった。協力するよ。面白い子だね、盛沢さんの従妹って。君と違ってなんでもはっきり言っちゃうんだね』

「悪気はないの! 素直すぎるだけなの、ごめんね! よぉく言い聞かせるから」


 怒ってる? 怒ってるかな? やっぱり失礼すぎるお願いだったよね、ごめん!

 電話越しだというのにぺこぺこと頭を何度も下げてしまう、日本人の悲しいサガよ……。

『いいよいいよ、気にしないで。それで、デートの件だけど』

 光山君は特に機嫌を損ねた風もなく、むしろ楽しそうに話を続けた。

 いや~ん、なよかん!


『オレに任せておいて。君を立派な悪女に仕立ててあげるから』

「ぇ……」

『楽しみだなぁ。明日、計画たててからまた連絡するね。……おやすみ』


   ぷちっ。ぷーっ、ぷーっ、ぷーっ……


「えーと……」

 ぜったい、おこってますよねっ?


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