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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
145/180

十二月の脇役 その五

 日本の警察による犯罪検挙率はと~っても高い、とゆーことになっている。

 でも、近所に住んでいたおしゃべりなおじさんはいつも言っていた。

「本当はね、警察内部に事なかれ主義が蔓延しているせいで、できる限り何もなかった事に、なぁなぁで誤魔化しているから数値上はそう見えているだけなんだよ」と。


 それはもう苦々しい口調で繰り返し、誰かれ構わず捕まえては愚痴っていたっけ。どうやら警察がらみで納得のいかない事があったらしい。

 聞かされた当時は「私みたいな小学生相手にそんなシビアな現実教えてどーすんだよ」と流していたものだけど、大人になるにつれあの言葉の意味がわかるようになってきた。おとなになるってせちがらい! かなしい!


 ……ま、今回はそんな曖昧な態度のお蔭で助かった(?)のかもしれないんですけどね?

「まぁ、ほら。お互い行き違いがあったみたいだけど、いきなり女の子を捕まえてくれってのもね」

「はい、スンマセン……」

「キミもね、誤解されるような事言っちゃダメだよ?」

「……ハイ」


 まるで喧嘩両成敗のような決着で納得いかないっちゃいかないんだけど、もういい。これ以上この人とモメたくない。

 横からちらりと見上げれば、私を不審者呼ばわりした彼は気まずそうに目を逸らした。その顔の半分はマスクに覆われ、あと半分は夜だというのにサングラスに覆われている。

 どう考えてもそっちの方が不審者っぽいだろうがよ! と言ってやりたいのをぐっとこらえて、私はうつむいた。き、気まずい。


「じゃ、気をつけて帰ってね」

「あ、ありがとうございます……」

「スンマセンっした」

 あからさまに「自分の勤務中に大事にいたらなくてよかった」という安堵の表情を浮かべて手を振るお巡りさんにぺこりと頭を下げて、私は歩き始めた。帰る。帰ってお風呂入って寝る。


 浅見さんがバイトしていた(過去形。たび重なるドジでここもクビになってしまったらしい)コンビニを通り過ぎ、少し細い道へ入る。ここまで来ると一安心。もうちょっとだ、もうちょっと。

 マンションのエントランスの鍵を開けて中へ。静かな中庭に、小さくオートロックの鍵が回る音が溶けた。ふぅ。ただいま、我が家。


「あの……。今日はほんとすんませんっした、オーナー」

 ……そしておかえりなさい、住人さん。

 はい、そうで~す。あんまり気まずくて無視してたけど実は今までずっと一緒でした。なんと彼ってばうちのマンションの住人さんだったのです!

 道理で帰る方向が一緒なわけだよね。一つ屋根の下なんだぜ、アハハ!


「いえ、私もその、気が動転して失礼なこと言ってしまって申し訳ありませんでした。まさか佐藤さんが、その……」

「シッ! 外でその事は言わないでくださいっ」

「は、はいっ! すみません」

「とにかく、この事は秘密で……。遅くなりましたケド、これからヨロシクお願いします」

「あ、はい、こちらこそ」


「調子に乗っててスンマセンっした。あいつらにもよく言っとくんで」

「や、ちがっ! あれはその、違うんです! そんなつもりじゃなくて……!」

「おやすみなさい」

「……お、おやすみなさい」


 佐藤さん。佐藤 十三じゅうぞうさん。

 それが彼の名前だった。かなり有名なレコード会社の社宅扱いのお部屋に入って来た人で、「連絡先は教えられません。必要以上の接触はご遠慮願います。何かありましたら会社へ」な~んて不可解な条件が付いていたあの人。


 そそくさと105号室へ入る背中を見送ってから、私は自分の部屋に入った。今日ばかりは階段で3階まで登る気力がなかったので室内エレベータを使う事にする。

 エレベータの扉が閉まった途端、私はがくりと膝をついた。


 やぁっちまったあああああああああああ! ああああああああ私ったらわたしったら大事な住人さんになんて事をおおおおおおおお!(ゴロゴロ)


 そりゃ、疲れてるところにあらぬ疑い掛けられて気が立っていたかもしんないけど、もうちょっとこう、あるだろう、私! 角が立たない言い方ってもんがさぁ。少なくともあの時点でご近所さんである可能性は十二分に含んでたんだからさぁ!

 もーやだ、やだ、やだ! やりなおしたい。先月みたいに時間を戻してほしい。吉田君はまだアレを持ってるんだろうか。貸してくれないかなぁ?


 いや、でも一方的に私だけが悪かったのか? あっちも結構酷い事言ってなかったか?

 よし、ちょっと思い返してみよう。


「おまわりさぁぁぁぁん!」

お巡りさんに飛びついてその影にさっと隠れた彼は、びしっと私を指さしてこう言った。

「あの女、ストーカーです!」

「はぁ?」

「ストーカーなんです! ずっと付けて来てて! 早く捕まえてくださいっ」

 なんですと!


 私は、困惑顔のお巡りさんと一瞬目で会話した。

『マジで?』『ちがいますっ!』

 ぶんぶんと首をふる私に、まばらとはいえそれなりにいる通行人の視線が刺さる。いやっ、やめて! ご近所なのにそんな! こんなところで言い争いなんてしたくないよ。

 でもなぁ、ここで逃げ出したりしようもんなら、むしろ怪しまれちゃうだろうなぁ。あぁもう、やだなぁ。


「たまたま歩く方向が一緒だっただけです。勘違いです」

「いいや、店からずっと付けてきたんだろ!」

「何言ってるんですか」

「俺は何カ月も前からストーカー被害に遭ってるんだ! 被害届けも出してる! 頼むから捕まえてくれよっ!」

「私じゃないですっ!」

「まぁまぁ、まぁまぁ。落ち着いて」


 埒が開かないと思ったのか、とうとうお巡りさんが間に入ってきた。うわぁん、なんでこんな事になるんだっ。

「ここじゃなんだし、ちょっと交番で話聞こうか」

「ぅ~……ハイ」

 イヤです、とは言えなかった。(どなどな)


 ところ変わって交番で。電気ストーブのそばに座らせてもらえたのでちょっと気分が上向きに戻った私は冷静に訴えた。

「私、この先にあるマンションに住んでるんです。えーと、ここです」

 持っててよかった身分証。移しといてよかった住民票。実家の住所のままだと、どうしても両親に連絡して確かめるって話になっちゃうからね!

 どうしようもない事態にならない限りそれは避けたい。大学生にもなって余計な心配掛けたくないもの。


「あー、うん。確かにこの先だねぇ」

 お巡りさんは地図と照らし合わせて頷いた。そうでしょうそうでしょう。

 しかし、相手は頑固でなかなか認めようとしなかった。

「じゃぁ、その女が俺を追いかけて引っ越してきたんだ!」

「私が住んでいるのは両親所有の建物で、管理人も兼ねてるんです。今年の4月から住んでます」

「4月からね。……キミは?」

「え、う……。10月……」

「彼女の方が先だねぇ」


 ふふん! さぁ、今謝れば許してあげない事もないわよ? 私は澄ました顔で相手の顔を正面から見つめた。届け、ぷれっしゃー! ごめんなさいって言え!

「でも、ライブハウスからずっと!」

「ライブハウス?」

「そうなんだ、裏口で……! 仲間が証明してくれる! ほんとなんだ」

「らいぶはうすのうらぐち……」

 それってもしかしてアレですか。


「あー、もしかするとあなた、『13thX』の方ですか?」

「今更とぼけんなよっ! 出待ちなんかしやがってこのバカ女っ!」

「ばかおんな……」

 かっち~ん! その言い方でお前がダレだかわかったぞ! ボーカルだな? クロスさんだなっ?


「あぁ、思い出しました。ライブ開始直後にいきなり乗っ取られて尻尾巻いて逃げたあのバンドの方ですね。私、友達に『余った』チケット貰って『たまたま』行ったんですけど! 今日『初めて』知ったバンドだったのであなたがどなたなのかぜんっぜんわかりませんでした!」

 余った、たまたま、初めて、とわざと強調するたびに、クロスさんはびくっ、と身体を縮こまらせた。


「誘導もなしに避難する羽目になったせいで、いつの間にか裏口に迷いこんじゃって。そこに、ノコノコ戻って来たあなた方がいきなり出待ちのファン呼ばわりしたんですよね!」

「それは、仕方ないだろ、俺達がいるとかえって混乱するってマネージャーが……」

 もごもごと言い訳するクロスさん。言い訳はいい。黙って聞け。


「あんまりうれしそうに追っかけ扱いされたものですから、否定して恥をかかせてはいけないと思って話をあわせちゃっただけなんです! 勘違いさせてすみませんでした」

 ええ、まったくもって完全に勘違いです。本当はこれっぽっちもあなた方に興味なんかなかったんです。今日、ライブを聞けたらまた感想は違ったかもしれませんが。


「でも安心してくださいね。実は、未だにメンバーの皆さまのお名前さえ覚えてないくらいなので」

 だから、絶対ストーカーなんかじゃないんです、と〆た頃には、クロスさんはうつむいて震えていた。


 ……アレ、まさか、泣いちゃった?


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