十二月の脇役 その四
それからの十分間に起こった出来事は、私の口からはとてもとても……! できれば記憶から消し去ってしまいたい。
なにあの上級魔装。せっかくかわいい見かけなのにバーサーク効果でもあるっての?
ラディッシュ卿の頭を鷲掴みにして片手で放り投げる由良さんなんか私は見なかったからねっ!
瀬名さんがエシャロット卿目がけて振り下ろしたメイスが目標を違えて私が隠れているドアに深々とめり込んだのも、きっと重力のせい。でなきゃドアが柔らかかったせい。
ターメリック卿のトレードマークとも言うべき片眼鏡を氷見さんが踏み抜いて粉砕しちゃったのはわざとじゃなくてはずみだとおもうの。
だってあんなかわいいカッコした子達があんなことするはずがないっ!
仮にも淡い恋心を抱いているらしき相手(まぁ、彼女達の気持ちは例の魔法の泡による副作用である可能性が高いけど)にあの仕打ちはないわー。もう「殴り愛」なんてレベルじゃないよ。
痛すぎる愛にたまりかねて、エシャロット卿が戦略的撤退を提案した。
「ここは一旦退こうぜ、マサト。アキラが雑巾になりそうだ」
「仕方ない。いいか、キサマら! 月のある夜ばかりと思うなよ」
「くっそーぉ! おまえらのかーちゃんでーべそっ!」
「うぉのれライトフェアリーの騎士共めぇっ! この恨み晴らさでおくべきかぁぁぁ!」
戦闘中は一方的に殴られたり蹴られたりしていようが、彼らは腐ってもダークナイト。ジャンプする要領でいとも簡単に建物の屋根に跳び乗った。
も、もやしっ子のクセにうらやましいっ! いいなぁ、魔法いいなあああああ!
「「「待ちなさいっ」」」
「追いかけるきゅぴー!」
それに比べてうちの魔女っ娘達はそういう魔法はからきしなので、逃げる影を見上げながら地上を走って追いかけるしかない。この差が、毎回の決着を曖昧にしている原因なんだと思う。
いや、でもあの子達ほんと足早いな。もうあんな遠くまで……って、もしかして私置いてかれたあああああ?
「……えー」
ぽつ~ん。
繁華街の路地裏で一人。これって、なんともありがたくない状況ですよ?
かと言ってもう一度この出入り口から中に入るのもなぁ。きっと監視カメラだってついてるだろうし。
出るだけなら「無我夢中で逃げてたらいつの間にか迷っていて」とか誤魔化しようが……や、ダメだ。出る時だって問題だらけだった。セーラー服の女の子3人はともかく空飛ぶキャベツと一緒に走ってたし、その後ダークナイトと空飛ぶゴボウが追っかけてきたわけだから。
もしも奇跡的にその姿がカメラに映ってなかったとしても(魔女っ娘の正体を隠しておくための世界の仕組みかなんかが働く可能性だってあるからな!)、様子見に戻ってきたスタッフとはち合わせて火事場泥棒なんぞと間違われたりしたらコトだし。
うん、仕方ない。大回りして出るか。壁沿いに一区画分ぐるっと回ればいつかは表側に行けるはずだ、理論上は。
怖い人に絡まれたりしませんように……。私はそ~っとドアの影から頭を出した。
しかし、どうやらタイミングが悪かったらしい。
「ぁ? んだぁ? てめぇ」
向こう側の角から怖そうな人達がキター! イヤー、何も持ってないから! お金とか余分に持ってたりしないからー!
走って反対側に逃げるか? いや、どうせ追いつかれて捕まっちゃうに決まってる。じゃぁ、またあの呪いの指輪が助けてくれる事を期待して流れに身を任せる? 未だに発動条件がわかんないからイマイチ不安だ!
えーと、そうなると最後の手段、こないだ九頭竜さんからもらった「あんしんシリーズ」第二作目の出番かな……。
そうこうしているうちに、5人のガラの悪そうなおにーさんに囲まれてしまった。
ひぃ、みんなゴツゴツジャラジャラしたシルバーアクセつけてるっ。髪型もお洒落すぎる! なにより服が全部レザー系とかちょー怖い!(偏見)
「あ、あの、私」
そーっと後ろ手にバッグを探る。とりあえず入れてきてよかった、ボールペン。ペンは剣よりも強し! 私に何かしてみろ、このmade by KZR「あんしんボールペン」が(文字通り)火を噴くぜ!
「こんなところで何してんだ? あぁ?」
う、怖い。なんかすっごい睨んでる人がいるんだけど! カンベンしてよー、わたしゃただのか弱い乙女なんだよ……。
「ここのコンサートに来てたんですけど……」
ちょっと騒ぎがあって、逃げようとしたら迷ってこんなところに、とボソボソと答えると、睨んでいた一人を除いて全員の態度がいきなり軟化した。
「あー、とか言って俺らの出待ち?」
「へぇ、ケナゲじゃん」
うにゅ?
「でもさ、基本的にうちのバンド、出待ちとか禁止だから。応援してくれんのはうれしいけど次からはマナー守ってくれよ?」
ありゃ?
「可哀想だけど、トクベツにサインとかはナシで。贔屓になるからさ」
ばっち~ん、と中の一人にウィンクをかまされて、私は悟った。
そーかそーか、この人達が『13thX』か。騒ぎが落ち着いたとみて荷物でも取りに来たか? そんで私を熱心すぎるファンだと勘違いしているわけだ。……不名誉な! 私はルールとマナーは極力守る人間なのに。
でもまぁ、ここを切りぬけるにはそういうことにしておくのが一番手っ取り早いよな。そうと決まれば話をあわせて、と。
「わぁ、ざ、残念ですぅ。でもこうして皆さんとお話しできただけでサイコーにしあわせですぅ。一生の記念にします!」
あぁよかった、この「あんしんボールペン」の出番がなくて。なにせ使ったが最後、相手にウッカリ致命傷与えそうな機能ばっかりだからな! 穏便に、穏便に。
口調を変えたのは、地を出して「調子乗り過ぎじゃありません?」とか言わないための自己暗示です。穏便に。
「ちっ、ウゼーんだよ」
お、穏便に~!
「いいか、おい。バカ女!」
しつこく私を睨んでいた人(たぶん、彼がクロスさんだね?)が、私の胸倉をぐっとつかんだ。あ、ちょっと! 服が傷むでしょ!
「二度とこんなフザけた真似すんじゃねーぞ……」
耳元に顔を近づけて、ファンの女の子達をキャーキャー言わせているあの低音ボイスで囁かれた。
本物のファンならこれはこれでゴホウビになるかもしれないけど私はニセモノなのでちっともうれしくありません。うぅ、悔しい。でもここは我慢で!
「はぁい、わかりましたぁ。ごめんなさい」
私はちょっと怯えたような、拗ねたような声で謝った。
そしてそのままくるっと踵を返して走る。逃げろや逃げろ。
……一区画分って広いんだなぁ。
あれから更に迷いながら50分ほど歩いてやっと表通りに辿り着いた。そこからヨロヨロと駅に向かい、ちょうど来ていた電車に飛び乗ってやっと一息。
あーつかれた。
くっそぅ、あの建物の中を通ればショートカットできるかと思ったのにだまされたっ。途中でタクシーに乗るか乗るまいか、本気で悩んじゃったよあぁもうほんとつかれた! 大した距離ではないんだけど、ぜひとも座って帰りたい。
空いてる席あるかなぁ? あったあった、一つあった。なんでだろう、今はあの座席が輝いて見える! お年寄りもいないみたいだし、私が座っちゃってもいいよね?
座った途端足がじ~んとした。あぁ、血が止まってたんだ。慣れない高さのヒールでかなりの距離歩いたもんね。
思わずほうっと息を吐くと、隣の席の人がビクリと身を震わせた。あ、すみません、椅子に座ったくらいで感動しすぎました。変な人じゃないんです、怯えないで!
一つ乗り換えて、やっと最寄り駅に着いた頃にはなかなかのお時間になっていた。
今まで(不可抗力のあれやこれやは除く)で一番遅い帰宅かもしれない。う~ん、タクシーに乗っちゃおうかなぁ、いや、ここまでがんばったんだから歩こう! 大した距離じゃないし。
気合を入れて我が家へ向かって歩き出す。
駅前はこんな時間だと言うのにまだまだ明るくて、人もいっぱいだった。それでもしばらく歩くとだんだん人が減るわけなんだけど、今度はおまわりさんがところどころに立ってるじゃぁありませんか。
うわぁ、なんとゆーいたれりつくせりか! こういうの見ると、夜歩きは田舎の方が怖いような気さえしてくるなぁ。
な~んてことを、信号待ちの間にぼんやり考えていると、隣に立っている人と目があった。あれ、なんかこっちを凝視している? おや、よく見たらさっきの電車で隣に座ってた人だ。偶然ですねぇ。
へらり、とお愛想で笑って頭を下げると、彼はなぜか2~3歩後ずさった。そして。
「おまわりさぁぁぁぁん!」
近くのお巡りさんの元へと走って行ったのである。
……なんでっ?