十二月の脇役 その二
「え、ライブジャック?」「演出でしょ」「テロじゃん?」「ひっこめー!」「新しいメンバーだったりして!」「クロスぅ! はやく出てきてぇ!」
ざわざわ。
観客達は好奇心半分、敵意(いきなり水差されたもんなぁ)半分という様子で、きょろきょろと視線を彷徨わせる。
ステージ上にいるバンドメンバー達が即座に動こうとしないから、なんとも判断しかねる状況なのだ。
はよなんとか言って混乱収めてよ、クロスさん。お願いだから早く反応して、できれば演出って事にして!
……でもなんか、な~んかこの声は聞き覚えがあるような気がするんだよねぇ。それにこの展開ってアレじゃない? ヒロインが出かけた先で悪者が「たまたま」悪事を企んでた、とかいうパターンなんじゃないっ?
「な、なんだろうね~?」
ドキドキしながらちらりと魔女っ娘達を窺うと、案の定彼女達は頭を突き合わせて瀬名さんのバッグを覗き込んでいた。
あー、うん、確定です。懐かしい光景だなーって、アレぇ?
今日の瀬名さんはちっちゃなアナスイのバッグを持ってきていたよね。その大きさからしててっきり、今日はキュピルはいないんだって思ってたのに。もしかしてそのバッグは四次元にでもつながってるの?
「そもそもクリスマスのなんたるかもわかっていないクセに、なぁにがクリスマスライブだ、恋人たちの夜だ! 浮かれやがって。恋人いないのが悪いかっ? いらないけどな! 三次元の女なんて大惨事だからなっ!」
『マサトー、本音出てる出てる』
『ぎゃはは!』
謎の闖入者、もといダークナイトのターメリック卿は、カツカツと大仰に靴音を響かせながら足早に客席の間の通路を進み、舞台へと向かう。
あとの二人のツッコミの声はハウリング交じりで……どうやらコントロール室かなんかを乗っ取ってるな、こりゃ。館内放送使ってるし。
おや、ターメリック卿ったらそのマントどしたの? なんかすごく……かっこいいです! 片眼鏡と相まって、どこぞの怪盗紳士みたい。
彼は通路の半ばあたりでぴたりと歩みを止めた。そして不快そうに顔をしかめ、ばさぁっとマントを翻したかと思うと、叫んだ。
「ええい、香水くさいっ! ダークストーーーームッッ!」
「え、ちょ」
その技は五月に喰らった事があるけど、こんなところでやらかしたら、ってぎゃあああああ!
「「「「「「「きゃああああああああああ」」」」」」」
突然、自然ではあり得ない突風が吹き荒れ、会場内は一気に混乱の坩堝と化した。机が、椅子が、そして観客の荷物が吹きあげられる。
何人もの女の子が飛ばされて、会場の端の方へ折り重なるようにして倒れた。ほらもう、いわんこっちゃない!
「どこか、変身できるところをっ」
氷見さんが焦ったように小さく叫んだ。え、ここじゃダメなの? どうせ暗いし、大騒ぎになってるし、誰も見てないと思うんだけど……。あ、様式美ですかそうですか。
「えーと、あのカーテンの隙間、とか……」
非常口を含め、出口系は混乱した観客が殺到しつつあるのでお勧めできない。ならば、と思ってステージに目をやると、バンドメンバー達がそそくさと退場する後ろ姿を目撃してしまった。
ええっ、ちょっとまってよひどくない? そりゃぁさ、彼らに何とかできる問題でもないかもしれないけど避難誘導くらい……ダメか。混乱に乗じてメンバーに襲いかかるファンとかいるかもしれないし。
そんな事になったら二次災害だもんね。デビューを控えた金の卵だもんなぁ。リスクは冒せないよなぁ。
しかしまぁ、お蔭でステージが空いたわけだ。私達は混乱に乗じてこっそりとカーテンの隙間にもぐりこんだ。
ほんとは私までついてく必要はないんだけど。でもさ、会場内は危険じゃん。少しでも安全なところに移動したいんだよ、私は。保身が第一ですがなにかっ?
「会場の中で戦うのはまずいんじゃない? レストランに被害が……」
「う~ん。じゃぁ、ダークナイトを引きつけて外に出よう! あー、今日はあの眼鏡の人かぁ……」
「りょーこちゃん、あの人好きだよねぇ」
「す、好きってわけじゃないよっ! 頭よさそうでかっこいいなーとは思うけど……」
……やだわ、この子達、まだ彼らの正体に気付いてないんだわ。ニブっ! あいつら本名で呼び合ってるのに、ほんとなんでなんだ? あー、まぁ、特に親しくもない男の子の下の名前までいちいち覚えてられないか。
魔女っ娘達はああでもないこうでもないと作戦を立てている。
こういうとき、見ている側としては一刻も早く登場して解決してやれよと思ってしまいがちなんだけど、冷静に考えれば無策で戦うよりはいい方法だよね、うん。例え一部に恋バナっぽい空気をまとっていたとしても!
「あ、そうだ。ねぇねぇ、キュピルいるんだよね? その中?」
作戦会議(大きな疑問符付き!)が終わりかけたあたりで、私は好奇心に負けて会話に割り込んだ。どうせダークナイト達は言うほど酷い悪さはしないだろうし~。
まぁ、多少怪我人が出ているかもしれないけれど命に関わるような傷を負わせることはない。絶対に、ない。
だってこういうお話の悪役は、ヒロインによってリカバリー可能な被害しか生み出さないのがお約束だから!
私の質問に、魔女っ娘達は待ってましたとばかりににやぁっと表情を崩した。あ、もしかしなくても質問待ちだった? ごめん、空気読んでるつもりで読んでなかったよ。てへ。
「えへへ~、実はねぇ。キュピルも修行して、変身できるようになったんだよ~」
なんと!
「そうそう。だからくるみも、あのバカでかいバッグ持ち歩かなくてよくなったんだよ」
「重かったものねぇ、あれ」
「うわぁ、よかったねぇ!」
私は心から祝福した。だってうれしいもの!
やっと、やっと魔女っ娘らしくなってきた! 魔女っ娘のマスコットの魔法生物が変身といえば、やっぱり可愛いコスメグッズだよね? コンパクトとかミラーとか。それとも今時は携帯かな?
あぁ、やっぱりこの子達プロデュースして売り出したいなぁ。魔法グッズのレプリカとか、受けると思うんだよね! お子様から大きなおにーさん達まで、幅広く。
「じゃじゃ~ん! キュピル登場で~っす!」
「お~っ」
ぱちぱちぱち。私は控えめな拍手で(だってほら、状況が状況だし?)新生キュピルを迎えた。瀬名さんがもったいぶってバッグから何かをとりだして、私に見えないように隠しつつみんなのまん中へ移動させる。
……片手に収まるくらい小さいって事は、えーと。ルージュとか、かな?
「いくよ~?」
瀬名さんは私に頷いて、それからそ~っと手を開いた。そこにちょこんとのっかっていたのは……。
「きゅぴー!」
キリっとした顔(当社比)で、びしっとポーズをとる芽キャベツだった。
「コンパクト化に成功しました~!」
……オワタ。
正統派魔女っ娘への道がまた一つ閉ざされてしまった。コンパクトっつったってなぁ、そのコンパクトを期待してたんじゃないんだよ、私は! あれだよ、実用的じゃないほどビーズでキラキラな「魔法のコンパクト」であってほしかったんだよ!
「盛沢ちゃん知ってた? 芽キャベツって、キャベツがちっちゃいうちに収穫したものじゃなくて、変種なんだって」
「クリームシチューに入れるとおいしいのよね」
「……ウン」
ガッカリした。クリスマス終了のお知らせより残念だった。あと、キャベツの分類についてそんなに語られても困るよ、専門じゃないもので。
「ほ、ほら! 元のサイズにも戻れるんだよ? キュピル、見せてあげて!」
「すくらんぶるきゅぴいぃ!」
べりっと脱皮して、途端に大きくなるキュピル。確かにすごい。すごいんだけど、すっっっっごくどうでもいい。でもなぁ、ここは大げさなくらい誉めてやらんと終わらないんだろーなぁ。
「すっ、すごいよね! おいしいよね、芽キャベツ!」
私は無理やりテンション高めにはしゃいで見せた。
「これでどこにでも連れて行けるし、ほんと便利になったよね。修行がんばったんだね!」
こんなもんでどうでしょうか。満足した? したね? したっぽい。よしよし。
「よし、じゃぁ盛沢ちゃんにキュピルお披露目したところで。いこっか!」
「「お~!」」
魔女っ娘達が舞台中央へ駆け出した。舞台裏からスポットが3人を照らしている。
表側から見れば、さっきのバンドメンバー達のようにシルエットが映っている事だろう。観客がまだ残っていれば、の話だけど。
「次は、私達の番ね」
由良さんがくすっと、こちらを見て微笑んだ。え、なになに? もしかしてっ?
「きゅぴ~!」
くるくると踊りだすキュピルの周りに、花びらならぬキャベツの葉っぱ(小さいので芽キャベツの葉っぱだと思われる)が舞い散る。
その向こうで、魔女っ娘達がブレスレットを翳しながらポーズをとった。
「「「スクランブル! フルーツバスケット!」」」
オレンジ、赤、ピンクの光が舞台を満たす。
あぁ、由良さんのセリフが気になるぅっ! 期待しすぎると反動がすごいけど、それでも期待しちゃう。だってゆめみるおんなのこなんだもんっ!