十二月の脇役 その一
師走は何かと物入りな時期である。故に、盗難事件などもよく起こると聞く。
だから浅見さんが、泣きながら「お財布盗まれちゃったのでお家賃振り込み遅れます」と電話を掛けてきてもまぁ、可哀想だけどそんなこともあるかもしれないよな、と思った。既に半月遅れてるんだけどなぁ、とも思ったけど、今そんな事突っ込んだらさすがに可哀想だからやめとこ。
「なんかぁ、(ぐずっ)、ベンチに座ってご飯食べてたらいきなり釣針で……」
「釣針でっ?」
いや確かにそんなこともあるかもしれないけれど、やっぱりそれは稀なケースじゃなかろーか!
「カバンごと釣り上げられちゃって、追いかけようとしたんですけど、転んじゃって……」
あぁその光景、目に浮かぶようだ。
ほんと、浅見さんって不幸だよなぁ。
きっと膝とか、もしかしたらおでこなんかも派手にすりむいているに違いない。簡単には信じられないような話だけど、彼女に限っては本当にそんな目に遭ったんだろう。私だって人のこと言えないほど不可思議な事件に巻き込まれてるんだから疑うまいよ……。
「それは……大変な目に遭われましたね」
私はなるべく穏やかに聞こえるような声で答えた。大家にとって店子さんというのはお客様であり、できる限り守ってあげなきゃいけない相手なんだからね、という母の言いつけ通りに。
「事情はわかりました。お待ちしますが、あの……できれば今月中にお願いしますね」
「ぐずっ。それであの、おとーさん達には……」
「まだご連絡したりしませんから、まずは落ち着いてください。警察には?」
「い、いまからでずぅ」
「特徴的なやり方だし、案外すぐに捕まるかもしれませんよ。元気出してください。できるだけ待ちますから、ね?」
「うぅ~。い、行ってきます」
「お大事に……」
はふぅ。
携帯を切って、ため息を一つ。ついでに頭を一振りして気持ちを切り替えて、待たせていた相手のそばへ走り寄る。
いつもより2センチ高いヒールのせいでちょっと足元が覚束ないけど、ご愛嬌です。今日はちょっと背伸びしたい気分だったので! 普段より2割増しでお洒落してます。
「おまたせ~」
背の高いその人は、にっこり笑って気にしないで、と首を振った。
「大家業も大変だねぇ、盛沢ちゃん」
……ふ。
あぁそうだよ氷見さんだよ! 女の子だよ、悪いかっ? どーせデートじゃありませんよ~、だっ。(世間からの視線に対する心の叫び)
「まぁ、たった8戸だし。そんなでもないよ」
これで20戸とか管理していたらとてもじゃないけど今日のようなお誘いには乗れなかったと思う。心配で心配で。
……いやまてよ、もしもその20戸の住人さん全てがごくフツーの人で、例えば度を越してウッカリさんだったり魔女だったり正義のヒーローオタクだったり顔隠してたりコソコソしてたりするようじゃなければ、こんなに気を揉む事もないんじゃないか?
「あっきーとくるみはもう着いたって。先にいい席とってるからゆっくりどうぞってさ」
「自由席なんだ?」
「うん。あ、別料金でワンドリンク制だけど、それはサービスしてくれるって」
「わぁ、うれしい」
や~めたっ。考えない考えない。別にうちの住人さん達だって、悪い人ってわけじゃないし。ただ、ちょ~っと個性が強すぎて、接し方を選ぶというだけなんだ。だから「もしも」なんて想像に逃げちゃダメよ、私。
現にこうしてお出かけする余裕があるんだからいいじゃないの!
こほん。で、今日はどこに行くのかというと、なんとライブハウスである。
氷見さんの従兄さんがスタッフとして働いているとかで、すっごく人気のあるインディーズバンドのライブチケットが手に入ったらしい。
残念ながら私はそのバンド知らなかったんだけどね! 既にメジャーデビューが決まってるって聞いてもピンと来ない……。
そんな彼らによる、今までのファンへの感謝の気持ちを込めた、ちょっと早めのクリスマスプレゼント、と称した催し物なんだとか。え、なんか、ごめん。知らなくてほんとごめんなさい、流行に疎いもので。
そもそもライブって行ったことないんだよね、私。(あ、十月の吸血舞台はノーカウントなんで! そこんとこよろしく)正直怖い場所っていうイメージがあって……。
でも、魔女っ娘達が一緒に連れてってくれるというのならばぜひとも一度行って、その雰囲気を味わってみたかったわけで、断るという選択肢など存在しませんでした。ファンなのにチケットとれなかった人ごめんなさい! 新参者なりに一緒に盛り上げようと思うので許してください。
駅から歩いて5分弱の場所にあるそのライブハウスは、私がイメージしていたような地下にあるタイプのものではなくて、なんだかものすごくお洒落な外観だった。レストラン、みたいな? あ、レストラン兼ねてるんだ、なるほど。
氷見さんが、従兄らしい人(あんま似てないからただの知り合いかも)に手を振ると、彼は軽く頷いてドアを開けてくれた。わー、顔パスみたいでちょっとドキドキするね!
「えっと、さっきの人がチケットとってくれた従兄さん? お礼とか言わなくてよかったのかな?」
「仕事中はあんまり話しかけちゃダメって言われてるんだ~」
「そっか。じゃぁ、氷見さんからお礼言っといてね」
コソコソと話しつつ前の方へ進む。うわ、開演までまだ30分はあるはずなのに、ほとんど埋まっちゃてるよ~。なんか、遅刻してきた気分で肩身狭いな……。
そして、ゴシック系のお洋服率がすごく高いよ。あ、よく見たら氷見さんもちょっとそんな感じだ。やだ、私浮いてる?
すみませんごめんなさい初心者なもので! ドレスコードとかわかってなくてごめんなさいっ!
「あ、きたきた! こっちだよ、こっち~」
私達を見つけたらしい瀬名さんが立ち上がって手を振って迎えてくれた。あぁっ、瀬名さんもなんとなく! ゆ、由良さんはっ……よかった、そうでもない。
「ありがとう、席とっておいてくれて」
私はするっと由良さんの隣の席へ滑り込んだ。ふぅ、これで一安心。(何が)
「はい、これ。予習にどうぞ」
くすくす笑いながら由良さんが私に渡したのは、今日のライブに関するビラだった。
私がなんの予備知識もない事はお見通しなんですね、どれどれ……。なるほど、この人たちはV系バンドなんだ?(そこから)
いや、違うんだ。軽んじていたわけではなくて、見てのお楽しみにしておこうと思って敢えて予備知識無しで来たんだからね?
「えーっとね。この『13thX』はソフヴィ……ってわかる? ソフト・ヴィジュアル系なんだけど」
うん、略さなければ語感でなんとなくわかる。つまりかる~くV系が入ってるってことだよね?
確かに、写真のおにーさん達はキレイ目でお化粧してるけど、顔は判別できるもんね。
「この、クロスって人がリーダーで、ギターで、ボーカルなの」
ふむふむ。リーダーの名前をバンド名にとりいれたのね。でも、なんで13? バンドのメンバーが13人いるわけでもないのに。
やっぱりアレかね、不吉な数字だからカッコイイ! みたいな感じかね?(と、ここまで言っちゃうと周りの本物のファンに絞め殺されそうだから疑問はごっくんしておいた! あとで聞いてみよう)
「最初は有名バンドのコピーばっかりだったんだけど、オリジナルやり始めたら一気に人気出たんだよ~。こういうのにあんまり興味ないアキちゃんも、曲はスキって言ってくれたし!」
瀬名さんが興奮気味に補足説明してくれた。なるほど、彼女がファンなんだな。
「作曲がうまいんだよね。なんか、耳に残るんだ。歌詞は……V系そのものって感じ」
あ、氷見さんったら最後にぼそっと毒吐いたね! でも、おかげでよくわかった。愛しすぎたり苦しかったり狂いそうだったりするんだね、きっと。
やがてドリンク(アイスティーだよ、念のため)が運ばれてきて、ゆっくりとフロアの照明が落とされた。途端に、好き勝手お話ししていた女の子達が、一斉にステージを向いてぴたりと口を閉じる。
う、うわ、うわぁ、なんか緊張するね?
緞帳がスルスルと上がり、もう一枚、白い布が現れて5人のシルエットが映る。若干辛そうな角度で立っている人もいるけどアレだよね、カッコよさのためには努力が必要なんですよね、わかります。
真中にいるクロスさんと思しき人物が、マイクを取り上げて、叫ぶのかと思いきや、低めの声でバンド名を囁いた。
「……『13thX』」
「「「「「きぃやあああああああああ!」」」」」
認めよう、確かにイイ声だ。でも、だからってそんな、他人の鼓膜が破れるような叫び声あげちゃったらせっかくの声が聞こえなくなっちゃうんじゃないかな、かなっ?
クロスさんは更に何かを言おうと息を吸い込んだ。しかし。
それを遮るように、別の声が響き渡った。
「残念なお知らせだ、諸君! クリスマスは終了。……永遠になっ!」
…………。え、演出、だよね?