十一月の脇役 その七
「どうだ、盛沢! なんとかできそうか?」
一コマ目の講義が終わった途端押しかけて来た吉田君は、挨拶もそこそこに、ひじょーに他力本願なセリフを吐いた。
なんとかできそうか、って……。「できそうか」って! もう私がなんとかしてくれると信じ切ってる人のセリフだよね? 何、今回の私ってそういうポジションだったの?
「俺さ、あのあと考えてみたんだよ。あの人がわざわざ名前出すくらいなんだし、バカ正直に避けないでさっさと盛沢に相談してりゃよかったんだよな。だいたいあの時俺酔ってたし。本当は『盛沢久実に気付かれるな』じゃなくて『盛沢久実が気付くはずだ』って言われてたのかも知れないだろ?」
「いや、それはあまりにも無理やりというか……」
さてはコイツ、(一応)恩人の警告を無視した事に対する罪悪感を「聞き間違い」で正当化する気だな。どこまで自分に甘いんだ!
とはいえこの事件を巡って吉田君と関わり続けることになんのメリットも見いだせないどころかデメリットだらけである以上、彼が期待しているところの「お助けキャラ」としてのお役目を果たして物語を一応の完結に導くのが得策……。
癪だけど。すっごく損してる気分だけど!
「えーっとね。その、桃井先輩が不自然なくらい頻繁に事故に遭ってるって話だけど、昨日は大丈夫だったの?」
「そうなんだよなー。昨日もあれから一回戻したんだけど。気が付かなかったか?」
「全然……」
「おっかし~なぁ。まぁ、そんでさ、よく考えてみたら事故るのは全部大学の敷地内だって気付いて。めんどいから一週間くらい家から出んな! って言っておいた」
そしたら泣きだしてさぁ、と吉田君は困ったように頭をかいた。
思うに、彼は言葉を選ぶという事をしないせいで大層誤解されやすい人種なのではなかろうか。ただでさえ情緒不安定な状態の女の子にめんどくさいは禁句だと思うんだ。
まぁ確かに、度を過ぎるとめんどくさいけどな!
そんなわけで傷心中の桃井先輩は、ただ今絶賛ひきこもり中なのだという。おうちにいる分には安全だというなら、その方がいい、のかなぁ?
「昨日ね、ちょっとその……そっち方面に詳しそうな人に聞いてみたんだけど」
そっちってどっち、とは聞かないでほしい。私も答えられない。
「原因は、桃井先輩の自己暗示というか……。体質というか、そういうのにあるんじゃないかって」
「おぉ!」
「詳しい事は午後の講義が終わったら、話すね」
盛り上がってきたところ悪いけど、そろそろ次の講義が迫ってきている。(時間を)戻そうか? とコントローラーをとりだそうとした吉田君を、私は「なるべくそれを使わない方がいいみたい!」とデタラメを言って制した。
そうだよ、使わない方がいいよ、いつバグるかわかんないんだから。
また放課後に、と席を立った私の手を掴んで、吉田君がにぃっと笑った。そして耳元に顔を寄せて、内緒話のような体勢になると、もったいぶって言った。
「世話になったから、お礼にいい情報流してやるよ。明日出るレポート課題さ、スゲー大変なんだ。先に資料集めておいたほうがいい」
彼はその講義名と課題のタイトルを私に教えると、今度こそ「じゃーな」と去って行った。まるで借りは全て返したと言わんばかりのすがすがしい表情で。
……うん。ご親切はありがたい(?)んだけど、それ、実は知ってた。
その週の土曜日。私と吉田君は、ある計画をもって桃井先輩を連れ出した。
「ほんとうに、その人助けてくれるの? ほ、本物の霊能力者?」
「ええ、彼女のひいおばあさまはものすごく有名な霊能力者で、たくさんの人を救ったそうです。政財界にも広く知られていたそうで」
「そうなんだよ、とにかくすっげー人らしくてさ! そんな人とツテがあるなんて、盛沢すげーよな!」
吉田君と話し合った結果、「思い込みで自分に呪いかけてるなら、とりあえずお祓いしてやったらいいんじゃね?」という事になったので、気が進まないながら篠崎さんに頼むことにしたのである。
だって私、お祓いできそうな人なんて他に知らないし。まぁ、あのアクの強い篠崎さんにアクの強いお祓いをしてもらえば、桃井先輩みたいに影響されやすい人はイチコロなんじゃないかな。
で、その前段階として篠崎さん(のひいおばあさま)がいかにすごい霊能力者(だった)か、を刷り込んでいるわけですよ。……電車の中で!
車内でやたらとスピリチュアルな会話をする3人連れはさぞや人目を引いている事だろうよ。あぁ、今すぐ逃げ出したい。でもここできちんと信じ込ませないとダメなのよ! 耐えるのよ、わたし!
なるべく神妙な顔、と心がけて、私は桃井先輩に頷いて見せた。
なんか、今なら適当な壺を数十万で売りつけることも可能な気がする。変な才能に目覚めちゃった気がする!
「彼女にはもう説明してあります。多分、あちらについたらすぐにお祓いしてくれますよ」
昨夜、嫌々ながら電話してみたら、やっとあなたも私に膝を屈する気になったのねとか言い出して大変ウザかった。
いつものことと思って適当に聞き流してから「祓えなかった時のために、必ず村山君に同席してもらってね」とお願いしたら、なんかご機嫌損ねたみたいでぎゃいぎゃい言いだしたから途中で切っちゃった。(てへ)
いや、だってさ。頼んどいて失礼だけど、篠崎さんって「視える」だけの人じゃん。見鬼の才っての? もちろんそれだけでもすごいんだろうけど、それさえも村山君とセットではじめて発揮される仕組みなわけで、やっぱりほら、ねぇ?(ごにょごにょ)
篠崎さんの家は、歴史ある霊能者の家系、という言葉からイメージされる通りの、期待を外さない古びた日本家屋ではあるものの、庭が微妙に荒れていた。
その庭のまん中に、間違った巫女さんのような衣装で頭に白い鉢巻をつけて仁王立ちしている篠崎さんを見て、私はますます帰りたくなる。コワイヨ。
「よく来たわね盛沢さん! あなたの事もついでに祓ってあげましょうか? ただし、私に忠誠を誓うならね! おーっほっほっほ!」
「……桃井先輩、こちらがその霊能力者です。性格はちょっとアレなんですけど」
「す、すごそうな人だね」
そう、すごいんですよ。ある意味ね!
「あなたが依頼人? 嫌なものに巻きつかれてるわねぇ。翠! 準備できてるわね?」
「はい、お嬢様」
「光! 結界を張りなさい!」
「はいはい……」
てきぱきと進められていく様子に、吉田君がおろおろとしだした。
「お、俺は何をすれば?」
「部外者は外に出て! ……あら、あなたも」
篠崎さんはじろじろと吉田君を観察して、それから(私達にしてみれば)何もない空間に視線を走らせ、桃井先輩に辿りついた。な、何をみてるのかな~? いやなよかん!
「あんたが元凶ね! 退治してくれるっ!」
「う、うわっ、なんだっ?」
篠崎さんが、妙に見覚えのあるお札をとりだして「急急如律令!」とやりだしたのをしり目に、私はそっと逃げ出した。
あとはもう、しらん。まかせる。
しばらく時間がかかるだろうし、なにして時間つぶそっかな~、と篠崎家の門を出たところで、何気なく右を向いたら大きな人と目があった。姿勢からして今から門の中を覗き見する気だったとしか思えない。
私が悲鳴を上げるより早く、その人は大げさにのけぞって、コケた。
「ぬおっ?」
「な、何してるんですかジャックさん!」
あぁ、びっくりした。
尻もちをつき、恨めしげにこちらを見上げているジャックさんに、私はある可能性に気付きはっとして叫んだ。
「まさか、篠崎さんをストーカーっ? むぐっ」
「誤解でござるっ!」
電光石火の速さで立ち上がったジャックさんに口をふさがれ、そのまま曲がり角まで引きずられる。ひぃぃ、靴が痛むっ! てゆか、傍から見たらどう考えても誘拐だよ。通報されちゃうよ?
角を曲ったすぐそこには、彼の大事な痛ハーレーがで~んと停めてあった。駐車違反じゃないのか、これ。
いや、まだ免許とかとってないから詳しい交通ルールとか知らんけど。
「ソレガシはパトロールをしていたのでござる。先月脱走したキョウアクな宇宙人がアンジュ殿を危険な目に合わせるのではないかと心配で」
「……なんでその宇宙人が篠崎さんを狙うと?」
「ヒーローの想い人に迫る魔の手! オヤクソクでござる!」
ジャックさん、まぁだ篠崎さんに未練あるんか。私は聞かなかった事にしてあげた。
「そういえば、逃げた宇宙人って、どんなのなんですか?」
なぜか根岸さんをはじめ戦隊のみなさんは、この件に関してちゃんと教えてくれないのだ。その点ジャックさんならチョロそうだ、と思って質問してみたわけなんだけれども。
「タヌキ型の宇宙人だと聞いているでござる。未開の星に訪れてはオーバーテクノロジーを撒き散らし、星を改造すると聞いた。しばらく前に捕まえたのが四月あたりに脱走されて、先月やっと発見したと思ったらソータが倒れて……」
ああああああああ……。
ふらりとよろめいて壁に手をついてうなだれる。
そっか、そうだったのか。なんかもう、一気にいろんな疑問が解消されたよ、ありがとう、ふふ……。
「久実殿っ? どうしたでござるっ?」
うつむいたまま力なく笑う私を心配したジャックさんは、桃井先輩達のお祓いが終わるまで私についていてくれた。さすがヒーロー。……篠崎さんの姿を見たいから、じゃないよね?
篠崎家から出てきた桃井先輩の顔は晴れ晴れとしていて、代わりに吉田君の顔色は悪かった。まぁ、なんだ。物事には対価が必要なんだよ。お疲れ様。
「盛沢さん、ありがとう! モヤモヤしてたのが全部晴れたよ~」
「ありがとな。まぁ、レポートの情報でチャラってことでヨロシク」
「……ウン」
割に合わないが、仕方ない。人生ってそんなものだ。
学校ではすでに、私と吉田君に関するどーでもいー噂が出回っている。レポートも書いていない。例の組織とのやりとりも後回しにしちゃったし、フォレンディアの姫君もまだうるさい。そしてなにより、この事件の黒幕は未だ行方知れず。
でも、今はいいや。考えたくない。
「帰りましょう」
私は二人に、笑って見せた。
そう、人生なんて、そんなもの。