8月の脇役そのよん
穂積さんが倒れそうになったのを支えた私と会長は、彼女の召喚(?)に巻き込まれて、謎の石の上に放り出されたらしい。その際激しい眩暈、耳鳴り、頭痛に襲われた私達は軽く気を失ったようだ。
大して広くも無い平べったい石の上に、私が一番下敷きになって会長が足の上に、穂積さんが胸の上に倒れていた。
あー、うん、さすが脇役。こんな絶好のチャンスでも、会長相手に「倒れたらうっかり押し倒してるみたいな状態に! ドキドキ」フラグが立たない。別に期待してたわけではないけど。でも、こういう時に自分の身の程を思い知るなぁ。
それはともかく、どうやら私が真っ先に目が覚めたらしい。重くて苦しかったから寝てる場合じゃなかったんだよね。
気を取り直した私は、二人の意識が無いのをいいことに、会長を蹴り落とした。
よし、やってやった!いつか蹴ってやりたいと思ってたんだ。穂積さんは、身体をうまく動かしてずり落とす。多分今回の主人公だからな。巫女様だし。
落とされた衝撃で二人が「うっ」とうめいて目を覚ました。
蹴落とした時にちょっと良い音がしたので、多分会長は頭を打ったのだろう。後頭部を抑えて顔をしかめている。……フ。(満足)
二人とも、取り乱す事も無く落ち着いて立ち上がった。さすが、かたや夢で予兆を感じていた本人、かたやトリップの大先輩だ。私なんかよりよほど状況を解っているのだろう。私は恐ろしくてこの石から降りたくないくらいだよ。
あ、いや、立たせようとしてくれなくていいから。このまま帰りたいから、私。抱き上げないで、やめてぇ、会長。
「ここは……多分王宮内の遺跡だわ」
穂積さんがつぶやいた。
現在地が判明して大変結構。王宮内ならきっと手厚く保護してもらえそうだし、不慮の事故で巻き込まれたとはいえまずまずの着地点だ。ジャングルのなかとかじゃなくて何より。
でも、穂積さんは「呼ばれてる」って言ってたのになんでお迎えが無いんだろう。なんで好青年風の王子様とか美系の魔術師とかちょっと気難しそうなカッコイイ騎士とかに囲まれてないんだろう。(巫女召喚って言ったら逆ハーだよね、ね?)
後半は口にせず、前半の疑問を指摘すると、会長も頷いた。
「そうだね、とりあえず人を探した方が良い」
「あ、大丈夫。多分もうすぐ、夕方の礼拝に神官さんたちがここに来るはず」
夕方?
そういえば、と空を見上げた。ここは常に太陽が真上にある世界。月がその光を覆い隠す事で夜が来る。あれ、太陽ちっちゃい。そして、月がやたら大きい。
っていうか、地平線からはみ出しているあのおっきな半円がそうなんだよね?
月が日蝕を起こしている時間が夜なのだろうとは思っていたが、どうやらこの日蝕の規模は相当大きいらしい。どういう仕組みだ?
太陽が常に真上にあるということはこの星には自転が無いのだろうか。自転がないとすると、重力はどうなってるんだ。あと、気温がこの程度で収まっているのは何故だ。太陽からかなりの距離があるのかな?
いや、ファンタジーでそんな天文学的疑問なんか持っちゃダメだ、多分。なんか不思議な力が働いてる、でいいじゃないか。でも一日が何時間なのかだけは本当に気になる。
帰れるかどうかという問題は気付かない振りだ。これ考えると正気を保てなくなる。
やがて月がその姿を半分ほど現して辺りがそこそこ薄暗くなった頃、紺色のずるずるっとした服を着た人々が数人やってきて私達を発見し、がばっとひれ伏した。どうやら月の巫女とその従者みたいに認定されたらしい。その場で私達は手厚く保護された。
不安だった言葉の問題? 当たり前のように私だけ言葉が解らなかったので、会長がこっそり翻訳魔法をかけてくれました。便利ですねぇ。(なんでそんなの使えるの、世界違うのに、とか絶対突っ込まないぞ!)
それが昨日のことで、とにかく今、私はなんと
「巫女様、どうぞバルコニーへ」
巫女様、をやっていた。正しくは代理、だ。影武者とも言う。もう、何がなんだか。
「盛沢さん、引きつってるよ。笑顔笑顔」
私をエスコートするのは会長、もとい月の騎士(ぷーっくすくす)である。黒地に銀の装飾というお約束の色合いの、アオザイっぽい衣装が大変お似合いです。
一方私の衣装は、黒一色。
ベリーダンスの衣装(うちの母がジムでベリーダンスやってるのでそんなに抵抗は無い)の露出を若干控えたような服に、アクセサリーと一体になった薄布をびろびろとたれ下げるのがこちらの女性の正装だとかで、風の強い3階のバルコニーでは大変鬱陶しい。
髪の黒さ(この程度の茶髪はやはり黒髪認定だった)を強調するために上半身がビスチェタイプなので、常夏のこの国でもなんだか寒々しい。ちょっと可哀そうに見えるほど上半身丸出しである。
ホルターネックじゃだめなのか。
今から私は、月の巫女としてお披露目される。そして本物の月の巫女である穂積さんは、人々の興味が私に集中している間にこっそりと、世界を救うための旅に出発するのだ。
なぜこっそり出発しなくてはならないかというと……あーもー、なんて言ったらいいんだろう。
バルコニーの両扉が開け放たれ、歓声がどっと耳に飛び込んできた。
わーとかおーとかきゃーとか、意味を成さない声があまりに重なりすぎると、ただの耳鳴りのように聞こえるものなんだなぁ。
とにかく、状況を整理して考える前にこのお披露目を無事に乗り切らなくてはいけない。作り笑いに集中だ。作り笑いはそこそこ得意なので、気を静めればそれなりに巫女様っぽく微笑む事ができる。
「こたび我らの元へ、月の巫女様のご光臨を賜り……」
なんたらかんたらと、神官長と名乗る老人が朗々と口上を述べる。
つまり「300年ぶりに来てくれた巫女様だよ、敬ってね」みたいなことを言いたいのだろうが、装飾語や古文みたいな言い回しが多すぎて長ったらしい。まぁ、なるべく盛り上げて、私を本物の巫女だと信じさせようという魂胆もある、のかな?
私はひたすら微笑んで、集まった人々にそっと手を振るだけである。そのように演技指導された。
良かった、ここで巫女らしいことしてみろとか人々を感動させるようなスピーチをしろとか言われなくて。
こういう雰囲気に慣れているのか、会長は平然と私にかしずく様に(なのにやたら堂々として見えますね)控えている。普段から姫君たちにこうやって連れまわされているのかもしれない。いや、絶対そうだ。だってあまりに自然体すぎる。
会長も、見えないところで苦労してたのね……。