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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
139/180

十一月の脇役 その六

 いまいち根拠の薄い罪悪感に苛まれた吉田君は、真夜中にお酒を買って公園のベンチで考え込んでいたところ「あの人」に声を掛けられたらしい。

 まぁね、自分の部屋で、じゃない時点で誰かに愚痴って「そんなことないよ、君のせいじゃないよ」って慰められる気満々な感じだよね。


 彼は見知らぬ相手に促されるまま、桃井先輩の事を相手に語った。

「でもさ、全部聞き終わったあの人、『なるほど、それは間違いなくキミのせいだな』って言ったんだ。俺、混乱してめちゃくちゃキレて、あー、あんまりそのへん覚えてねーや。とにかく、気が付いたらリモコン握って砂場で倒れてた」

「砂場で……」


 吉田君はごそごそとトートバッグの中から黒いリモコンをとりだし、私の前に置いた。

 うん、確かにこれはDVDとかブルーレイなんかのリモコンに見えるね。本来はチャンネルを指定するためのボタンに「○月」って書いてあるのがすごく怖いわー。触りたくないわー。なんだこの「地球波」「連邦」「連盟」「地球U」ボタン。Uってなんだ、アンダーグラウンドの略か?


「えーと、それで? た、ただのリモコンに見えるんだけど」

 嘘です。ただものじゃない気配がします。特に「録画停止」があるべき場所に「地球停止」って書かれてるあたりが!

「盛沢、よ~く見てくれ。信じられないかもしれないけど……。実はこれ、時間を戻すことができる魔法のリモコンなんだ」


 魔法じゃないよっ! 多分うちぅの技術だよっ! って突っ込みたいけど我慢よ、私!

「へ、へぇ?」

「いや、引くのはわかるけど、そんな頭オカシイんじゃない? みたいな目で見るなよ傷つくし。ほんとなんだって。実は今月って、もう2回巻き戻ってるんだ。あ、説明書読んでくれよ」

 引いてる理由は別にあったりするのですが。とは言えずにずいっと差し出される説明書(ってゆーか、注意書きだよね、これ)を嫌々読む。なになに……。


 1.これは現段階では試作品であるため、再生の始点は月の初めに自動設定されている。

 2.チャプター戻しは1回分、30分のみ可能である。

 3.その他のボタンは機能しないか、不具合を生じる可能性があるため使用を禁ずる。


 んーと。

 つまり、「再生」ボタンを押すと自動的に今月の初めからやりなおしになるよ。30分だけなら即座に戻せるよ。他のボタンは押さないでね、って事で合ってる?

「俺だって最初は何の冗談かと思ったんだけどさー。酔ってたし、試しに再生ボタン押してみたらほんとだったんだよ! 部屋にいて、十一月一日になってたんだって!」

 多少混乱したものの、彼は状況を受け入れた。


 そして今度は桃井先輩がどんなにしつこくてもメールも電話も無視しないで、事故現場には近付けないように気をつければいいか、と安心したのも束の間。時間を戻した影響か、はたまた自分が前回と違う行動をしたせいか、彼女の周りで不穏な事故が多発し始めた。

「それでさ。あー、盛沢ってなんか、えーと、不思議な力があるとか?」

「え」


 ごめん、今の会話の流れから「それでさ」に続く意味がわかんない。なんでいきなりそういう話になったんだろう。私が何か聞き逃してた?

「な、なんで?」

「いや、ほんと酔ってたからよく覚えてないんだけど、あの人がさ~。俺にリモコン渡しながら『盛沢久実に気付かれるな』ってしつこく言ってたような気がするんだよなぁ。ってことは知り合いなんだろ? あんな人と知り合いなら、実は盛沢ってスゲー力とか持ってんのかなって」


 あ、あー、はいはい。吉田君の中ではもう、私がキーパーソンであるという前提ありきの質問なんですね! そういうのって社会に出てからはどうかと思うよ?

 しかし困ったな。例え知らないと突っぱねても彼の前提は揺らぐことがなさそうだし、ここはある程度肯定してなおかつ私は関係ないと主張しとこうかなぁ。


「えーっと。吉田君の言ってる『あの人』って、どんな人だった?」

「……あー。いや、そういえば見てない。でも、スゲーイイ声だった。そうだ、保健室にあるカーテンみたいなの引きずってた!」

 今でもあの衝立は手放してないんだ? あの一族が全員衝立の愛好者というのでなければ、やっぱりヤツで確定だよね。う~む、戦隊が捕まえたはずなんだけどなぁ、おかしいなぁ。あとで聞いてみよう。


「多分その人、高校の時の保健室の先生だと思う。あ、去年ちょっとした事件があって、行方不明になっちゃったんだけど」

 正確には「去年ちょっとした事件を起こして行方不明にされちゃった」んだけどな! 吉田君はどうやらヤツを崇拝しているようだし、余計な事は言わんよ。


「でも私がすごい人だとか、そういうのはないから。たまたま関わっただけなの。きっと先生、昔の知り合いに会いたくない事情があるんじゃないかな?」

「覚えてないみたいだけど、盛沢は今回時間を戻す前に絶対気付いてたし」

「それは……多分、なんとなくそんな気がしただけじゃないかな?」

「それに、変なエラーが出たし」

「き、機械の不調じゃない? 試作品みたいだし」


「なぁ頼むよ、とぼけてないで協力してくれよっ。誰にも言わないから!」

 吉田君はとうとう、お願いしますっ、と叫びつつ私の手を両手でぎゅっと握りしめ、更にテーブルに頭を叩きつけた。

 イヤああぁ、ここ学食! そういうのを公衆の面前でやるのは卑怯だと思うのっ!


「わ、わかったからっ! よくわかんないけどちょっと心当たりのある人に相談してみるからっ!」

「マジで? 頼む、できるだけ早くなんとかしてほしいんだ。俺、これ以上あのレポート書くのヤだよ……」

 吉田君の手から力が抜けたのを見計らって、私はさっさと逃げ出した。こうなったら何が何でも解決して、この人と縁を切るしかないと思うんだ!


 とは言ったものの。一体誰に、何を、どう相談したらいいのだろーか。

 やっぱり戦隊かなぁ。だって関係してるのは「わるいうちぅじん」だし。

 いやいやしかし、今あのタヌキを捕獲してリモコンを回収したとして、桃井先輩はどうなるんだろう? って考えちゃうとこれまた後味が悪そうでなぁ。そもそもタヌキはどうして吉田君が悪い、と断言したのだろーか。(ぐるぐる)


「なぁに、落ち着きないわねぇ、くぅちゃん」

 リビングのソファに我が物顔で寝そべってニヤニヤ笑っている貫井さんの足を、私はぺちっと叩いて下ろさせた。そうして空いたスペースに割り込んで、これ見よがしにため息を一つ。

 吉田君が月初めに戻してくれちゃったお蔭で、例の組織との交渉もやり直しだよこんちくしょー。そんなわけで家に帰ると貫井さんが高確率でくつろいでるんだよ!


 ふと、貫井さんが何かに気付いたように起き上がって、私に身を寄せてきた。

 あ、薔薇の香りが……。いやいや、女性体とはいえ耳元にそんな唇寄せられるとドキドキしちゃうからっ! すん、と鼻を鳴らす音にさえクラクラしちゃうからっ!

「あらぁ? また変なもの拾ってきたみたいねぇ」

 つつつ、と指が私の輪郭をなぞる。な、なんかふにゃふにゃする、やめれ~。


「いつにも増して……。『死』の匂いと、あぁ、これは古い呪いの匂いねぇ」

「の、呪い?」

 いつにも増して、って言い回しも非常に気になりますが、今のはきっと、いつもと違う匂いというのがぽいんとだよね? つまりそれこそが吉田君関係のヒントじゃなかろーか。

 『死』の匂いってのは前回聞いたけど呪いは初耳だ。きっと手がかりに違いない!


「そう。すごく原始的な……。そうね、言霊って言ったらわかりやすい?」

 つまり「言葉にしたら現実になる」っていうアレだよね? と返せば、貫井さんは満足げに頷いた。

「あとは……。そうね、竜胆君達と似てるけど、ちょっと違う匂いかしら。こっちは薄すぎてちょっとわからないけど」

「んくっ」

 いきなり噛みつかれたあぁ!


「こ、とだまって、例えば都市伝説なんかでも、掛っちゃう人は掛っちゃうもの?」

 貫井さんは私の血を吸いながら器用に「ん~」と喉を鳴らした。ねぇそれって肯定? 否定? ってゆーかはなして~。(ぺしぺし)

「あのね、『この言葉を20歳まで覚えてたら死んじゃう』って、不安がってる人がいてね」

 あ、笑った。今貫井さん噴き出しそうになった!


「その人、もうすぐ20歳の誕生日なんだけど。やたらと危険な目に遭ってるんだって。それってやっぱり、言霊なのかなぁ……」

「ぷはっ」

 おお、いつもならもう少ししつこく吸う貫井さんがとうとう牙を抜いた。

 すごい、快挙だ! 口元を押さえながら涙目になってぷるぷるしている。わからん、吸血鬼の笑いのツボがわからん!


 でも、これはいいね。これからは血を吸われてる最中は、なるべく面白い話題を提供する事にしようっと。

「い、今時の若い子でも、そんな子いるのねぇ」

 噴き出したせいで口の端から垂れてしまった血をぺろりと舐める貫井さん。いちいちせくしぃに見えます。ズルいと思います。


「まぁ、思い込みが激しい人間ほどよく掛かるわね。それにしても、と、都市伝説で……」

 命がいくつあっても足りないわ~、といつまでも笑い止まない彼女の口に、私はキャンディーを押しつけた。


 ……本人は真剣なんだから、笑っちゃ悪いよ?


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