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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
138/180

十一月の脇役 その五

 息を止めて身体を縮こまらせて備えていたのに、落下の衝撃は訪れなかった。その代わりに私が感じたのは水蒸気と、バニラの香りと、そして……。


   ぼぼぼぼぼぼぼぼ……


 温かいお湯と、ジェットの水流だった。

「えっ?」

 ぱちりと目を開く。


 そこは蛍光緑のグリッド線で構成された世界ではなくて、大学の廊下ですらなくて、見慣れた我が家のお風呂だった。

 そう、なんと私は自宅でお風呂に入っていたのです! もちろん裸です。ん~と、身体のほてり具合からして、入ってから数分は経過しているとみた。

 ……ちょっと、状況についていけないんだけどどゆこと?


「えーっと……」

 お風呂の時計はちょうど「00:00」から「00:01」に変わるところ。なにこれ、まさか夢落ちだったりしないよね? いや、それにしてはまだくらくらするし吐き気もするし、ってことはもしかしてまた過去のどこかに飛ばされたんじゃない?

 あー、ちょっと今、バニラの香りは苦しいわ~……。窓あけよ。


 ジェットを止めて、よろよろと立ちあがる。手すりがあって幸いだった……。ここは父がお仕事をリタイアしたあとの、両親の終の棲家として作ったので、色々バリアフリー仕様なのだ。将来を見据えた設計ばんざい!


 窓を開けたついでに一旦お風呂から出て、脱衣所に置いてある携帯(このマンションはオートロックなので、たま~に、鍵を忘れてお出かけして締め出された挙句、半泣きで電話掛けてくる住人さん……ってゆーか浅見さんがいるから手放せなくなっちゃった)で日付を確認。どうやら今日は11月1日であるらしい。うむ、そういえばハロウィンパーティーの片づけした後、お風呂にバニラのソープ入れた記憶があるな。


 で、まぁ、日付と現在時刻がわかったのはいいんだけど、これからどうすれば?

「くしゅっ」

 ……とりあえず、お風呂入りなおして寝るか。


 翌日。

 ものすごく見覚えのある朝のニュースを見てから複雑な気持ちで電車に乗り、大学へ向かった。そこから一日、聞き覚えのある講義が続く。まぁ、復習だと思えばいいんだけど、明後日出される予定のレポート課題がな~。めんどくさいんだよな~。

「盛沢さん。これどうぞ」

 お昼時に目白さんが私にくれたピンク色の包みの中身も、もちろん私は知っていた。昨夜彼女が作った大変前衛的なお菓子だ。


「昨日はハロウィンだったでしょ? カボチャを使ってオリジナルのお菓子を作ったの。作り過ぎちゃったからおすそ分け」

「ありがとう。あ、ええと、オリジナルって、すごいよね! どうやって作ったの?」

 彼女がカボチャに対して行った冒涜的行為については、一度聞かされたので知っている。最終的に「それはカボチャでなくてもよかったんじゃないの?」と言いたくなるくらい、完膚なきまでに原型も味も変えてしまったそのお菓子の出来は、まぁ、ふつーと言ったところでどうしてもレシピを覚えたいわけではないけれど。


 しかしですね! 今はなるべく一人になりたくないんだよ、私。

 だって吉田君が殺気立った目つきで睨んでるんだもん。

 どうせ吉田君が声を掛けてくるのは時間の問題だろうけど、まだ態度を決めかねてるから少しでも遅らせたいというのが本音だ。すっとぼけて記憶が抜け落ちたフリをすべきか、きちんと事情を聞くべきか。

「……で、同じ量のチョコレートを溶かして混ぜて……」

 そもそも私は巻き込まれただけの被害者だよ? なのになんであんなに睨まれなきゃいかんのか。


 十一月も半ば過ぎていたというのにも拘わらず、また一日からだよ?

 一日からってことは、フォレンディアのお姫さま達から「秘密の」パーティー(何のパーティーか書かずにだまし討ちしようとしているのが丸わかりだよね!)の招待状が毎日のように届いちゃって、倉石さんからはしつこく『月刊WITCHCR@FT』の宣伝をされて、貫井さんが入り浸って私の血を吸ったりからかったり例の組織との交渉をしたり、その様子を向原君が部屋の片隅で冷たい笑顔で見つめていたり。(ぞわっ)


 とにかくあのめんどくさくて憂鬱な日々が戻ってきちゃうわけよ! あ、だんだん腹が立ってきた。

「……で、抹茶風味のパウンドケーキでサンドしたんだけど、あの、もしかして抹茶に何か嫌な思い出があるの?」

「え、あ、いや、大丈夫。抹茶は好きだよ」

 どうやらレシピを聞きながら、だんだん難しい顔になっていたらしい。こっちから聞いておきながらほかのこと考えててごめんね、目白さん。


「じゃぁ、カスタード嫌いだった?」

「ううん、今の原材料で嫌いなものはないよ」

 それぞれが独立している方が好きだけどね、とは言えない言えない。

 笑顔を作って「ありがとう、今度作ってみるね」と社交辞令で締めようとした私に、しびれを切らしたらしい吉田君がとうとう声を掛けてきた。

「盛沢、ちょっと来い」

「……どなたですか?」


 吉田君さぁ、ちょっと頭使って考えようよ。今まで接点のなかった私に対してそんな態度で声掛けたら不自然だと思わない? まるで私が何かとんでもないことをしでかしたみたいじゃん、しつれーな!

「いいから、話があるんだよっ!」

 そう言って彼は私の腕を遠慮なくひっつかんだ。これには本気でムカっと来た!


 私は、礼にはできる限りの礼をもって返すけど、あまりに無礼な人に対しては相応のお返しをする主義だよ? 今はご機嫌斜めだし、なんなら戦うよ?

「やめてくださいっ、何なんですかあなたっ!」

「あ、あの、盛沢さんが嫌がってるから……」

 目白さんがおずおずと止めに入ってくれた。そういえば四月にもこんなことあったよね。立場は逆転してるけど。


 私が大声を出したのを聞きつけて、人が集まってきた。注目されるのは本意じゃないんだけどこの際仕方ないよね~。

「私はあなたを知りません。離してください」

 はっきりと、みんなに聞こえるように言って手を振り払う。これでも無理に私を連れて行こうとしたら、完全に悪者だからねっ! ふはは、どうだまいったか!


「そんな、まさか……」

 吉田君は愕然とした顔で立ちつくしている。よし、勝った!

 でもまぁ、これで放置してしまうのも可哀想なので、少しフォローしておこうか。不審人物が構内に入り込んだと思われて警察沙汰になったら面倒だし。

「同じ講義をとっている人だというのは知っています。でも名前も知らないし、お話したこともないですよね?」

「あ……あぁ、ゴメン……」


 すっかり勢いをなくして、しょんぼりと謝る吉田君。……悪い人じゃないんだよね、きっと。

 だって彼は、なんだかよくわかんないけど桃井先輩を助けようとしてるみたいだし。いや、だからと言って私に失礼な態度をとっていい理由にはならないし、巻き込んでいいという事もないんだからね?

「でも、どうしても話があるんだ。あ、俺は吉田っていうんだ。頼む、5分でいいから」

 そう言っていきなり土下座をしだす吉田君。今度はガラっと変わって低姿勢で来たー!


 え、何この反撃。やめてよ! 土下座なんて見ててぜんっぜん気分のいいものじゃないじゃん。なんで自主的にそんなことしちゃう人がいるのかわかんないよっ!

 彼は「お願いします、お願いします!」と大声で繰り返す。うひぃぃ、わたしゃ悪代官か、人買いかっ!

「や、やめてくださいっ。そんなことされる理由がありませんっ」


 土下座の恐ろしいところは、周囲の人に「ここまでさせて許さないなんて、ヒドイ人間だ」と思わせるところにあるのではなかろうか。実際、ギャラリーが一斉に「話くらい聞いてやれよ」ムードになってきた。くそぅ、彼がまさかここまでするとは。

「わ、わかりました。お話は聞きますから立ってくださいっ!」

 気が付けば悲鳴交じりで叫んでいた。

 ……結局、また負けたわけで。


 ところ変わって学食の片隅で。私と吉田君は机越しに睨みあっていた。

 いや、私が彼を睨んで、彼は気まずいながらも探るような眼で私を見つめている。すっとぼけた事に関する罪悪感? 微塵もありませんがなにか。

「あのさ……。盛沢って、その……」

 私の記憶がない(ことになっている)以上、どう説明したらいいのかわからないのだろう。吉田君の話はあっちにいったりこっちに来たりしながら、5分どころではない長時間続いた。


「俺さ、県人会の学年代表なんだ。あ、集まりがない県もあるんだっけ? えーと、つまり同じ県の人間で集まって盛り上がろう、って会なんだけど、わかる?」

 先月の彼の誕生日、県人会を開いて盛大に祝ってもらうことになり(役職付きの人の個人行事を、会費でやろうって事かぁ?)、そこで桃井先輩と知り合った。

 彼女は吉田君の住む場所から一駅離れたところの出身ということで、お酒も入っていた彼らの話は大いに弾んだ。あ、吉田君は1浪で、二十歳の誕生日だったんだって。


 そこで、どうしてそんな話題になったのかは知らないけれど、ある都市伝説の話で盛り上がった。ほら、よくある「この言葉を二十歳までに忘れないと……」ってやつ。自身はその言葉を忘れていたことと、お酒ですっかり出来上がった吉田君は、学年は上でありながら自分より一月年下(って言っていいのか?)の桃井先輩をからかって、「危ないんじゃね~?」と恐怖心を煽った。


 ……お酒の席での事だしバカバカしい笑い話ですむと、彼は思っていたんだろうなぁ。

 それなのに。その日の夜から桃井先輩からたびたび「怖い」「どうしよう、忘れられない」と電話やメールが来るようになった、というのだから、なんかもー、うん。

 それで、めんどくさくなった彼は着信拒否設定をして放っておいたわけだけど、なんと桃井先輩は、彼女のお誕生日の前日、事故で帰らぬ人になってしまったのである。(え、つまりこの世界って私が気が付かないうちにすでに一回リセットされてたって事?)


 もしかしたら自分が不吉なことを言ったせいかもしれない。あぁ、無視なんかしないでもっと話を聞いてやればよかった、と罪悪感で打ちひしがれる彼の前に現れたのが……。

「それが、あの人だったんだ」


 ……白衣を着た、メタボ気味で頭頂部がやや寂しい残念なおっさんだったんですね、わかります。


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