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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
136/180

十一月の脇役 その三

 ぬるめのお湯で満たされた浴槽の中で、私はぐっと足を伸ばした。

 ジェットの噴射口に土踏まずをギリギリまでくっつける。くあぁ、このなんともいえないグリグリっとした痛痒い感触がたまらないっ! 同時に背中側のジェットが腰に当たるように身体をずらす。


 うにゃ~、極楽極楽。昼間から入るお風呂って、背徳の快感だよねぇ。

 バスオイルは柑橘系の香りを選んだ。なぜだか知らないけど、この香り嗅ぐと気持ち悪いのが収まるからである。人によっては(例えば従妹の絵実ちゃんなんかは)「香り」があるだけで気分悪くなるって聞くのに、ほんと、なんでだろ?


 えーと、まぁ、何をしてるかってーと、講義を一コマさぼって帰ってきちゃったんです、はい。おとーさま、おかーさま、親不孝な娘をお許しください。だって本当に気分が悪かったんです。英語は一コマくらいならそんなに響かないと思うし、代返も頼んできたので今回は許してください。

 ってゆーか、多分また事故だか事件だかが起きて、休講になったかもしれないし。うんうん、今日のところは帰って正解だったんじゃないかな!(と、正当化してみる)


「……はぁ」

 あーそれにしても酷い目に遭った。

 酷い目っていったら先月の方がアレだったんだけど、でもよくよく思い返せばほぼ寝てただけだし。今回のは本当に具合が悪くなってるわけだから、身体への負担は今の方が断然上だよなぁ。(それとも喉元過ぎただけ?)


 ジェットを止めてバスピローに頭を押し付ける。

 目を閉じて、温めたタオルを目の上に置いた。なるべくリラックスしながら先ほどの出来事を一つずつ思い出してゆく。せっかく時間ができたんだし、彼の能力(なのかなぁ?)について、いっちょ考察してみようじゃないか。


 まず私はあの時、吉田君に話しかけられてファミレスに誘われた。

 その後彼は謎の「発作」を起こして走って行った。うん、ここまでは間違いない。私は立ち去る彼に話しかけるべきかどうか迷ってたんだから。

 それなのに次の瞬間、どこかに走って行ったはずの彼が私の目の前に立っていて、少し前のセリフを繰り返したんだよね。そのとき確か、「30秒」云々とボヤいてた気がする。


 それから何度も眩暈がして、そのたびにだんだんと会話が遡って、彼が私に話しかける前、目が合う前、こちらにやってくる前、とまるでレコーダーの「○秒戻し」みたいな形で場面が過去に「跳んだ」ことからして、30秒というのはこの間隔を指すのではなかろーか。


 つまりあの時の彼は時間を連続で早戻ししていて、おそらくその間隔が30秒だったんじゃないかな、と。

 後半あまりにも気持ち悪くなったせいで正確な回数はつかめないけど、多分10回以上は眩暈が襲ってきたはずだから、30×10の300秒、つまり5分くらいをせっせと細切れに遡ってたわけだ。


 私が観察していた限り吉田君が「かくんっ」となったのは昨日までで計3回。

 その3回とも、私は眩暈なんか感じなかったし時間が「跳ぶ」こともなかった。今日だって最初の巻き戻りには気が付かなかった。それなのにどうしていきなり不具合が生じたんだろう?

 やっぱり、連続で戻したのは今日が初めてで、実は私以外のみんなも、この不可思議な現象を共有していたり……は、ないな。うん、ない。


 だって代返お願いした時の佐々木さん、すっごく通常運転だったもん。どんなに酔いにくい体質でも、細切れに時間が戻ったら異常に気付くはずだ。いっくらズレてて能天気な佐々木さんでも、気付くはず。(じゃなきゃ、友人として困る)


 校内で危険な事故が起こり始めたのは今月に入ってからで、それまでうちの大学は平和そのものだった。

 あ、新歓コンパで飲み過ぎて病院に運ばれた人がいたってのは聞いたな。そのサークルはしばらく活動停止になったみたいだけど、そんだけ。謎のヒーローが時間を遡って歴史を修正する必要なんて、これっぽっちもなかったはずなのに。


 それとも一連の事件の原因は彼の能力だったりするんだろうか。彼が人として禁忌の領域に近付き過ぎたために時空が歪んで、責任を感じた彼はその歪みを正そうと……くあぁ、ややこしい!

 ぁ~もういい、疲れた。考えるのや~めたっ。引き続き、観察しつつ反対方向へ逃げる作戦で当面乗り切ろうっと。

 私はもう一度、ジェットバスのスイッチを入れた。


 翌日。

「あ、盛沢さ~ん」

 手を振りながら佐々木さんがこちらに走ってきた。少し離れたところに二人のSPさんがいて私に会釈をする。

 一見するとふつーの今風の女の子なのにSPだなんて、すごいよなぁ……。

 守られている当の本人である佐々木さんは、最近やたらと好奇心旺盛で(台本のネタ集め、らしい)そこらじゅうかけまわっては噂話に首を突っ込んでるもんだから、ついて回るだけでも相当大変だと思う。尊敬します。


「昨日は大丈夫やった? あんなぁ、盛沢さん知らんやろけど、昨日自転車置き場でなぁ」

 自転車置き場で信じられない規模のドミノ倒しが起こって、女の子が危うく下敷きになりかけた、という彼女の話を、私は大して驚くこともなく聞き流した。

 つまり、私が5分間細切れに戻されたのはその被害者を助ける時間のためだったわけね?


「なぁ、驚かんの?」

「え、いや、最近そういうの多くて怖いな~って」

「そうそう! しかも、ぜ~んぶ同じ人が巻き込まれそうになったとか、怖いなぁ」

「えっ?」

 それは初耳ですよ!

「同じって」

「あ、それは知らんかった?」

 佐々木さんの目がきら~ん、と光った。(いやマジで。奥の方で何か光った。こわい!)


「ふっふっふ。な~、おかしいやろ~? ミステリーの匂いがするやろ~? 興味深いよなぁ?」

 ミステリーなのかホラーなのかは知らんが、気になる情報なのは間違いない。

「え、えっと、その人って目がおっきくて、髪が肩くらいで、なんかほわほわした感じの?」

「そそ。モモンガちゃんって呼ばれてる人。知ってた?」

「いや、あだ名とかは知らない」


 まぁ、言われてみればモモンガっぽかった気がしなくもない。小動物っぽかったのは確かだ。そっか、あれはモモンガっぽかったのか、そうかそうか。

桃井雅ももいみやび、って名前で、うちらの1コ上の先輩。なんと、明日が二十歳の誕生日」

 先輩だったんだ! そんでもって見た目じゃなくて名前からついたあだ名か! そいつぁしつれーしました。

「カフェテリアでの事故は見てたから、もしかしたらって思って」

「うふふ。盛沢さん、目撃証言したらしいなぁ?」

 それもリサーチずみや、と迫られる。ひぃ、ヤブヘビっ?


「風のせいって言ったらしいけど、ほんとなん? 怪しい人影とか見ぃひんかった?」

「見てない見てない」

「おかしいなぁ。私は、何か作為的なものを感じるんやけどなぁ」

 まぁ、確かに同じ人物が連続して危険な目にあっているというのは不自然だし、特に佐々木さんのような生まれの人なら十分に警戒すべき事項であるからして、その考え方は間違っちゃいないが。


 しかし、時間が逆行するという異常事態とあわせると、何かもっとこう、超常現象的な要因の方を疑っちゃう私がいるんだよなぁ。思考回路が毒されてるよなぁ。

「なぁなぁ、そんでな。私らで桃井さんを狙ってるのが何者なのか、つきとめへん?」

「ぇ」

「二十歳の誕生日前に命を狙われだした不幸な少女。たまたま現場を目撃した美少女探偵が、なりゆきで事件を解決する! って台本になりそう」

 び、美少女探偵かぁ……。(照れっ)じゃなくて!


「いやいや、そういうのはもうこりごりだから。第一危ないよ。護衛さん達だって反対するでしょ」

「へーきへーき。二人とも、私がすることを絶対に止めないって契約なんよ。盛沢さんのことも守るように頼んでおくから」

 そんなこと頼まれたって彼女達のお仕事はあなたを守ることなんだから、どっちか片方、みたいな事態になったら迷わず私を切り捨てるだろーがよ。


「ないない。光山君ちとはこれからも仲ようやっていきたいから、いざとなったら盛沢さんの事も守って恩を売っておくようにって父が言ってるの聞いたし」

 ありがたいのかありがた迷惑なのか!

「せめて明日だけ! 明日だけ付きあって。な? 実は今スランプなんよ……。盛沢さんが付きあってくれたら、書けると思う!」


 自分の身がかわいければ、絶対頷いてはいけない。わかってる、わかってるけど……!

「な? 助けると思って! 今書けなくなったら、この先一生書けない気がする!」

 理由やきっかけはどうあれ、私をここまで頼ってくれる人などほかにいただろうか。いや、ない。佐々木さんが私の手を握って、すがるような眼で見つめてくる。

 だ、だめよ。だめよ、頷いちゃ……。ええいことわりにくいっ!

「お願いだから!」

「……か、考えとく」


 い、今こそ、時間よ戻れ!(10分くらい)

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