十一月の脇役 その二
ごぉぉぉぉぅん、と重苦しい音を立てて、倒れた支柱がテラスの床を打った。
支えを失ったオーニングがばさぁ、と垂れて、それを切っ掛けに泣き声と悲鳴が場を満たした。
「うああああああああん」
「「「「「きゃあああああああっ」」」」」
大声で泣いているのは助けられた子なんだけど、泣き方がすごく、こう、……子供みたいですな。まぁこんな怖い目に遭ったら退行起こしてもしょーがないか。
音と悲鳴と泣き声に、店員さんと店内の学生達が驚いて外に飛び出してくる。野次馬もうぞうぞ集まってくる。
さっきまで平和な秋の日差しにまどろんでいたカフェテラスが、あっという間に黒山の人だかりになってしまった。いつの間にか後ろに押しのけられてしまった私にはもう、背伸びしても中が窺えない状態になってるんだけどええいなんだこりゃ。一部始終の目撃者をなんと心得るっ!(ぴょこぴょこ)
しばらくとび跳ねたり背伸びをしてみたものの、早々に力尽きて諦めた。う~む、聞こえてくる会話から察するに、びっくりして転ぶなりなんなりで怪我をしたのが数名、ショックで気絶したのが一人ってとこかなぁ?
「うあああああん、あああああん」
一番危なかった子もあれだけ元気に泣けるならきっと大丈夫そうだし、彼のしていることもほぼわかったし、これ以上ここにいても新しい情報は手に入らなさそうだよね。
よし、帰ろ。
もうちょっとしたらきっとまた救急車と警察が来てうるさくなるんだろうし……。と、きびすを返そうとした私の耳に、聞き捨てならないセリフが飛び込んできた。
「うあああああん。よっちゃんがぁ。よっちゃんが突き飛ばしたぁ」
「なっ! ち、ちがうっ、あれはっ!」
ざわっ、と反応する野次馬達。泣きわめく人物と、事件の前後関係からしてどう考えても「よっちゃん」というのは彼の事だよなぁ。
「なんでよっちゃんはすぐいじわるするのぅっ? ひっ、ひどいよ、今のはひどいよぅ」
「あれはお前を助けようとしてっ!」
「うええええええん」
えー、ちょっとちょっとお嬢さん、そりゃないんじゃないかね? そのよっちゃん、確かにやり方はアレだったけどあんたを助けてくれたんだよ?(多分)
むしろ感謝しておやりよ。
「……そういえば、彼がその子の椅子を蹴り飛ばして、それで支柱が倒れたように見えた」
「え~、ひどっ」
「椅子が当たって倒れたとか?」
ひそひそひそひそひそ。瞬く間に、いかにもな仮説が広がってゆく。
あああいかん、いかんよ。これでは彼が悪者になってしまう! しかし、あぁ。傍目から見てたら確実に、支柱が倒れるより彼の行動の方が早かったからなぁ。……しかたない。
私はなんとか目の前の人の壁をかきわけ、前に出た。
い、言うぞ。言うぞ! 目立ちたくないけどここで彼を救えるのは私しかいないんだからっ!
「あ、あの、私見てたんだけど……」
テラスの花壇越しに、泣きじゃくる女の子に向かって声をかける。この場合、本人が聞いているかどうかは二の次で、噂を打ち消すのが目的なので、彼女が泣きやむのを待つ気はない。
「私、風でオーニングが揺れて、支柱がずれるの見たの。危ないって叫ぼうとした瞬間、彼があなたをかばうように転がったから、多分助けてくれたんじゃ、ないか、な……?」
後半から声が小さくなるのはまぁ、しかたない。だってこれってすごく目立つし、人によってはお節介って言われちゃうような行動かもしれない。
でもでも、善意の人が酷い目に遭うのを放っておけないのよ、人として! 基本的に嘘はなるべくつかないのがモットーだけど、嘘は嘘でも人を助ける嘘だしいいよね?
渦中の二人は突然の他人の乱入に驚いたのかぴたりと口をつぐんだ。あぁ、女の子のお目々が今にも零れ落ちそうだ。ずいぶん幼い印象の子だなぁ。
「ひっく、そ……なの? よっちゃん」
「ん、あ、あぁ。そうなんだ。その、いきなりでわるかったな」
「う、うぅん。ぅ、ひっく、わ。わたしこそ……」
とりあえず女の子の誤解が解けたのをみて、私は出来る限り足早にそこを立ち去った。逃げろ逃げろ。(脱兎)
翌日。
「盛沢、だよな?」
……うん。まぁね、予想もしてなかったわけじゃないよ? 同じ学部だし、同じ講義とってるわけだしね。
「ええと、なに?」
しかし、できることならスルーしててほしかったってゆーか?
昨日のうちに光山君から「人助けしたんだって?」なんてからかいのメールが届いたくらいだから、噂が広まっちゃってるのはわかってたんだけどね! 人助けってなんだろう。私が直接助けたことにでもなってるのか?
ちなみに、光山君のお蔭で彼の名前が判明した。彼は吉田輝明君というらしい。よっちゃんって、名字の方だったんだ……。
「いや、昨日の礼を言いたくてさ。助かった。サンキュ」
「たまたま見てたから。あれじゃあんまりだと思って」
「それでさ、お礼したいし。午後、時間あるか?」
「え、いや、いいよそんなっ!」
いやほんと、むしろ構わんでいただきたい! どんな仕組みだか知らないけど、一連の事件から鑑みるにあなた歩く死亡フラグ的な何かでしょーっ?
「っつーか、ちょっと相談っつーか聞きたいことっつーか。あー、俺、事情があって夕方まであんま遠くに行けないから、近場で悪いんだけど」
いらんっちゅーとるに。お礼よりも面倒事持ち込む気だろ、あんた。
「あ、それとも……光山にバレるとまずい? ほかの男と一緒にいると怒られるとか?」
「いいえ、喜んでお話聞かせていただきますっ!」
は! いけない、反射で反発してしまった!
ちがうんだこれは光山君が嫌いとかそういうのではなくてはっきりしていないまま曖昧にながされていつのまにかそういうことになっている事に対する反抗というか乙女心というかいやそもそもはっきりしないのは私が悪いのかもしれないんだけど初心者には色々難しくて複雑な状況だというのも理解していただきたくっ……!(ワンブレス)
「じゃ、あとでな~」
心の中でごちゃごちゃと言い訳をしている間に、吉田君は学校近くのファミレスの名前を告げ、背中を向けた。あ、時間聞いてないんだけど、いつでもいいのかな? 気は進まないけど、一応聞いておく?
と思ったら、吉田君はまた「かくんっ」となった。来たか!(何が?)
「遠いっ!」
だっ、と走り出す背中を見送るべくそっと手をふる。次の瞬間。
くらり。眩暈がした。
「あ、それとも……光山にバレると、うっ?」
一瞬の眩暈の後なぜか、向こうに走って行ったはずの吉田君が目の前に立っていて、また「かくんっ」をやっていた。え、なにこれ、この現象。
「くそっ、30秒くらいじゃ……!」
そう言ってもう一度走り出す。え、なに、これ。
そしてまた次の瞬間。
くらり。
「いや、昨日の礼を言いたく……、うっ」
やっぱり、吉田君が目の前にいてさっき聞いたセリフを繰り返そうとする。途中、途切れたかと思うとまた「かくん」とやりだした。
そんでもってもう一回、くらり。
あとはもう、できの悪いホラーか、そうでなきゃパラパラ漫画を逆再生しているような光景が続いた。
「盛沢、うっ」
声をかけてきたくせにそのままダッシュ。
次は、こっちに歩いてくる途中で「かくんっ」→ダッシュ。これが数回続いて、とうとうその場所が廊下の曲がり角まで後退して、見えなくなった。
……さすがにきもちわるくなって、私はお手洗いに駆け込んだ。
ふぅ。
ハンカチを濡らして、顔をそっと押さえて、それから冷たいミネラルウォーターをのんで一息。
あー、気持ち悪かった。なんかちょっと熱っぽい。困ったなぁ。
でもあの感覚、似てるの知ってるような気がするんだよね。この前フォレンディアに行った時も体験したってゆーか。
つまり、世界を「跳ぶ」時のアレにすごく似てた。
よくわかんないけど、彼は空間をどうこうしているんだとおもう。きっとなんか、すごく大変な使命を帯びてるんだろうね。がんばってください、できれば私のいないところで。
そういえば午後の約束はどうするんだろう。もう、会話の前後がぐちゃぐちゃで混乱してるんだけど、結局なかったことにしていいんだろうか。いいよね? ね?
よし、そうと決まればさっさと帰っちゃおうっと。可及的速やかに。吉田君に捕まる前に!
で、まぁそれはいいとして、だ。
な~んで私まで一緒に時間を逆行し始めちゃったのかなああああぁ~っ?(がくり)